第一幕 凍罪の島
〇七 軍人
長方体の石材を巧みに積み上げて作る
その王城の上階、城下を一望できる一室に、四人組はいた。
「あっちゃん、その苺、全部僕にくれたら、ここ一週間の負け分、帳消しにしてもいいよ。好きなんだよね、苺」
「素敵なお洗濯
「よくもまあ、あれだけ見事に醤油をぶちまけられるもんだよ」
行は呆れ混じりに言った。飲食の際の不注意までは、いくら行だって読みきれない。
部屋の窓には何もはめこまれておらず、初夏の清風は遠慮なく室内に入り込み、特に、沈の長く真っ直ぐな髪を揺らした。まだ乾期の半ばにあり、今日の風はとりわけ涼やかだった。
美意識を優先して窓に
先日ここに来た時は、黒の大理石でつくられた円卓があり、調度品や飾りは銀で統一され、絨毯は
今はどうかと言えば、まず絨毯が
「さすが行殿、感服いたしました。あの砦は
お世辞でなく、むしろ賞賛の意が表しきれないでいるというように、行の隣に立つ軍籍にある女性は、いまだ十二分に若さの艶を残す頬を、高ぶりによって
その女性の服装は、動きやすいように仕立てた緋色の
行は眼前にある器から、すでにへたの取られた苺をふたつまとめてつまみ、用意された砂糖水に浸すことなく、口に放った。
「水源がこっちの領内だったからね」
川に阻まれて侵入の難しい砦に対し、行は川そのものを干してしまった。その流れは今や、敵方の領内に流れ込むことなく、自領に発して自領のみを巡るようになっている。
「ま、敵方にわざわざ水をくれてやる理由もないし、砦は奪っても利用価値なかったし。思わぬ公共事業で地元の偉い人も万々歳。六魂を叩いた一件もなあなあで済んだし。上出来でしょ」
さらに苺を三つまとめて掴んだ行を、沈は隣から覗き込み、すぐに視線を軍の女性に向けてから尋ねた。
「えっと、こちらの方は、どなたなのでしょうか」
自分以外の三人とは初対面であると知っていたが、面倒がった行は紹介をしなかった。ぶつかる視線のみで火花を散らしている囁と改には、もとから関心がなかった。遠慮がちな沈が尋ねることで、ようやく名乗る機会を得た女性は、いくらか緊張を滲ませた様子で口を開いた。
「列椿国軍、
囁ほどではないが、灰色の髪は短く切られ、軍衣と共にあれば、いかにも
「この若さで従七位となると、いわゆる
位階のことに疎い三人に向けて、行が補足を加えた。行は歳を知っていたが、睦を持ち上げる意味で、あえて言わなかった。睦には、ことさらに自分をよく見せるつもりはなかったが、行が補ったことは誤りとは言えず、何か差し挟むことは控えた。
視線のぶつけ合いに飽きた改が、諦めをどこか含む気配でようやく苺を手に取り、小鉢の中の砂糖水に浸けた。
「思ったより早く済んだわね。あれだけの大がかりな工事、もっとかかるものと思っていたのだけれど」
工事の間は、田舎で過ごす退屈な日々だった。川が干上がり、いざ改の出番となっても、それは半日足らずのことで、砦はすぐに落ちた。
「ああ、それね、人足集めは紫紺六魂組の全面協力だったんだよ。あの頭領、顔が広くてさ。その土地のことは地元の連中に任せとくのが一番って話」
「頭領、ねえ。本当に余計なことをしてくれたものよ」
囁が
「さっちゃん、あなたまさか、六魂のお
今度は囁が静止する番だった。苺を手に取ろうとした体勢のまま、鶏がたっぷり二回は鳴けるほどの間、じっと硬直してから、何も聞かなかったというふうに、無言で苺をひとつ取った。
「あーあ。完全に自白だったね。今の」
行は呆れ返って言うが、どうとも判じかねた。お粗末な話には違いなくとも、調子に乗って不正を続けた囁に呆れるべきなのか、それとも、今の今まで気づかなかった改に向かうべきか、あるいは両方か。
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