〇五 頭目
あの日、抱えていた思いを、あの瞬間の景色を、自分ひとりだけが残された、世界の終わりにも似た光景を。
そのことばを言うたびに。
それは、思い出せない罪があるから。
そのぶんだけ、思い出せるものを、焼きつけておかなくてはならないと思うから。
「
囁の咎言、それは――
――ひとつの
賭場の地下、
わずかの間の夢のように、体を預ける足先を欠いた悪徒たちが倒れ込むよりも早く、炎は霧散した。それでも、石灰岩でできた床は熱され、そこに転がった者たちを焦がした。
「温泉ととうもろこしに感謝するんだね。うす汚れたままでここに来てたら、少なくとも腰までは黒焦げだったと思うよ」
もがき、呻き、あるいは這って逃げようとする悪徒たちに追撃を加えることはなく、囁はじっと立ち、ただ見下ろしながら言った。
囁の発する炎は、囁自身の感情に影響されるところがある。しかし、どんな気分でいても確かであるのは、その咎言に依る限り、焼くことより焼かないことのほうが難しいということ。
「動くな。悪ふざけが過ぎるぜ、嬢ちゃんよ」
奥の部屋への戸が開き、そこには、手足を縛られ、
男の体は鍛えられて引き締まり、戦う者の肉体をしている。いつだったか、囁が手配書で見た覚えのある顔だった。こういった組織の
「わざわざ連れてきてくれたんだ。それ、返してほしいんだけど」
求めを告げる囁に圧されるには至らず、男は下駄を鳴らし、半歩だけ歩み出た。肌に直接着た黒の
「そっちも商売なら、こっちも商売でね。はいどうぞってわけにはいかねぇ。いくら相手が
わずか、囁のまぶたが強張った。名乗るよりも早く、戦勝請負の名が出るとは思っていなかった。事前に襲撃が知れている手落ちなど、
「耳が早いね。誰から聞いたの?」
「誰からも確かな情報は得てねえ。近くで仕事をしてるって話は届いてたから、
六魂の
「お前が四人組のうちのひとりであることと、少なくとも、稀代の戦術家と名高い
「そんな手間かけなくても、聞いてくれれば名乗るのに。僕は
もとより、囁は自ら名乗るつもりだった。何の情報が誰をどう動かし、優勢と劣勢を形づくるのか、それを考えるのは囁の仕事ではない。名乗るなとは言われなかった。気をつけろと言われたのだ。
「それだ。そいつが大事なんだ。ここにお前しかいない以上、まだ交渉の余地がある」
頭目は腰もとに左手を伸ばし、
「これが何かわかるか?」
「
この国の戦場では、専用の矢を火薬で
「そう、鉄砲だ。西の海から渡ってきた短銃だよ。前もって六発も弾を込めておける優れ物で、持ち運びにも便利だ。威力はちょいと劣るが、人質の頭に弾をぶち込むくらいの仕事はしてくれるぜ」
「商売なんだろ。何をどう交渉したいの?」
勤労に誉れを感じることはなくとも、与えられた役目は果たさねばならない。人質が傷つけられれば、それは四人組の敗北であり、戦勝請負の名を負うにふさわしくない。通らぬものだとしても、敵の意図は確認しておきたかった。
「まともにやったら勝ち目はねえだろうが、お前の出す炎、融通が利かないとみた。俺のそばにこいつがいたら、一緒に焼いちまう。
「ま、実際、焼いちゃうね。間違いなく」
事実は事実。囁はそっけなく認めた。頭目は、冷や汗の滲む量がなお増していることを自覚していたが、それ以上に、口もとの笑みが深くなるのがわかった。
「取り引きをしようや。俺は撃たない。人質は無傷で返してやる。だが、俺が安全な場所に逃げるまで、解放は待ってもらう」
頭目は至極真剣でいたのであり、また、話がまとまったならば、その後に約束を反故にするつもりもなかった。取り引きが成立した後に人質を害することがあれば、四人組から報復を受けることは自明。それに抗いきれないこともまた自明。
「ふうん」
囁は損をした気分になった。万全を期するためとはいえ、結局は無駄になる
「腕に覚えがあったって、ひとりで来たのはいただけないぜ。咎言を宿した残りの三人はどうした? 焼くしか能がないとなりゃ、やりようもある」
意気に火が灯りつつあった頭目は、舌もうまく回り始めていた。囁はそんな頭目をまっすぐに見て、そして、ひどくつまらなそうに言った。
「撃っていいよ」
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