〇四 賽子



悉知しっち

 四人組は、ぬいとともに、浴衣のまま敵の根城のそばまでやって来て、はす向かいの路地から様子をうかがっていた。何気なく発された咎言は、しずの持つそれだった。これもまた、縫には、あるいはささやあらたゆくにも、言葉として認識することはできなかった。

 浴衣でしゃがむ姿も、それが沈ならば上品に映る。沈は地面に敷いた安価な漉返すきかえかみに目を落とし、細長くした黒鉛に布を巻いただけの鉛筆で、淀みなく、多くの記号が散らばった見取り図を作成していった。

 戦場の情報を随意に取得することができる、それが沈の持つ咎言の力であると、ぬいは聞かされた。六魂りくたまが根城にしている建物の作り、人員配置、武器や食料、沈は咎言を通して読み取ったことを、止まることなく書き続ける。

 縫は目を見張る。先に、改の矛を目の当たりにして、これも奇跡の続きなのだと疑わない。

 きっと、あの人は無事に帰ってくる、縫は、それもまた疑わない。人質に取られた縫の許嫁いいなずけとは、ともに戦争で家族を失い、互いを唯一の拠りどころとしてきた。代価が何であったとしても、その命が無事であることを望む。

「賭場の地下に秘密基地って、まあいい線かな。武器を持った男が出入りしても、用心棒って言えばいいし。役人に賄賂を掴ませておけば、摘発も避けられるだろうね」

 沈が作業を進める間、行はさして感心するふうでもなく言い、紫紺六魂組が拠点にしているという石造りの建物をのんきに眺めていた。もう、物事の筋道は通っている。考えを巡らせることなど何もありはしない。賽子さいころで七の目が出ることは決してない。そして、一から六までの目が出る限りは、こちらの勝ちなのだ。

「ねえ、ゆっち、結局どうしてこんな小口の依頼を?」

 手持ち無沙汰にしていた改が、行に尋ねた。改に告げられたのは、本営で待機、それだけだった。四人組の場合、本営とはいついかなる時も、行のいる場所を指す。

「小口でいいからお金が欲しいんだよ。次の作戦の仕込みのためにさ。でもこの村、銀行ないし、先日もらった報酬は例の割賦かっぷの払いで消えたし。仕込みの費用の全額、先方に陸輸してもらってるけど、ここに頭金だけでもあれば、早く話を進められるから」

 もともと、四人組がこの村へ来たのは、次に請け負う仕事のためだった。そこへ、行が今回の件をねじ込んだのだ。

「六魂が人質をとってるって情報が入ってね、ちょうどいいやって。六魂が要求する金の四半くらいもらっておけば、みんな勝ちでしょ。六魂以外は。あ、さっちゃん、救援は呼ばせない方向でひとつよろしく」

 気軽に伝えられた要望は難に思うものではなかったが、それでも囁は、気乗りのしない表情でいた。勤労に励んで誉れを感じるたちではない。久しぶりの人里、すぐそこに畳と布団があるのだとなれば、なおのこと意欲が失せる。

「それはいいけど、屋内戦なら僕よりあっちゃんのほうが向いてるんじゃないの。やりたがってるみたいだし」

「それね、実のところ、主に経費もしくは手間の問題。あっちゃんさ、戦うたびに返り血浴びるから、服がだめになるんだよ。浴衣を弁償することになるか、着替えて戦ったって、あたしとしずっちがそれ洗濯するんだからさ、たまには気を遣ってよって話」

 沈が滑らせる鉛筆の音が止まった。誰が合図をするでなく、沈が作成した見取り図を見下ろす形で、全員が集まる。仔細に書き込まれた図を一瞥して、行が少し困ったふうに言った。 

「ありゃ、頭領が滞在してるってのに、ずいぶん無防備だね、これは。安心しきってる。役人やら地元の名士やらと蜜月なんだろうなぁ」

 作成された図は、賭場の地下、その奥の部屋に、紫紺六魂組の頭目がいることを示していた。しかし、頭目がいることが問題なのではない。

「さっちゃん、火力調節できそう?」

 行が確認する。無論、勝ちは揺るぎない、しかし、ずいぶん悪い目が出たものだと、行は億劫に思う。これでは仕事が増えてしまう。

「湯浴みして、おいしいもの食べて、人心地がついたところだから、だいぶにできると思うよ。逆に焼き尽くせって言われるとちょっと面倒。できるけど」

「焼き尽くされたらあたしも面倒なんだよ。できるけどさ。これ間接的に、賄賂もらってる役人に喧嘩ふっかけることになるから、人道的配慮ってやつ、全力で尊重しといて」

 との関係が濃いというのなら、ここで六魂を叩くことは、そのの不利益につながる。上納金が減る、というだけの問題では済まないだろう。それは六魂というを失うことなのだ。自分の牙を奪われること、生類であれば、それを黙って許すはずがない。

「政治的配慮は、あたしが中央を通してやっとくけど、言い訳のひとつくらいできたほうが、まあ、角は立たない」

 上の抵抗を黙らせるとなれば、から働きかけることになる。国府にはまだずいぶん貸しがある。それがひとつ減るくらい何でもない。あるいはうまく運べば、減りさえしないかもしれない。とは言え、億劫な仕事であるには違いない。

「ああ、そうそう、頭領ってんなら、あたしたちのこと、ちょっとは知ってるかもね。さっちゃん、そこんとこ気をつけてよ」

 言葉とは裏腹に、行はいたずらっぽい笑みを浮かべている。なるほど、と、気の乗らない仕事ゆえにあえて口にはしなかったが、囁はひとつ納得した。改ではなく自分が現場へ向かう理由は、経費や手間のこと以外にもあるのだと。

 そうとなれば、もはや代わってもらうことは望めない。さっさと仕事を終えてしまったほうが畳と布団が近づくと、囁はひとつ気を締めた。

「しずっち、ここの扉って、燃えるやつ? 溶かすやつ?」

 囁は見取り図をひと通り確認してから、地下の広間に繋がる扉の記号を指し、沈に尋ねた。

「燃えます」

 端的な回答を受け、囁は少しばかり浴衣の帯を整えてから、行を向いた。

「ゆっち、作戦開始時刻は?」

「今。行ってらっしゃい」




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