〇三 塵埃
戦闘に関することの全て、そして各自の小遣いを除く出費については、特別に裁量を与えられない限り、
「ほんと、壊さないにこしたことはないんだけどなぁ。次の作戦でおとなしくしててくれるなら、机三つまで。迷惑料も考えたら、そんなとこ」
店内の騒動をよそに行は食事を終え、手を合わせた。
「ごちそうさま」
行の様子をちらと見つつ、改はためらう。
「私に活躍の場が与えられる場合は?」
「
行にとってみれば、次の仕事では改に出番を与えたくはなかった。それまでに何かしらの出番を与えておきたかった。その出番として、次を我慢させる口実として、たまたま隣にいたごろつきは都合よく利用できた。
命をやり合う戦場ならどうとでも言えるし、いかなる指示でも改は遂行する。しかしこんな平和な農村では、事実、いくらでもやりようがあるのだ。行が
言えと頼めば、最初、改は断ってくれる。改がいざ言おうとする段に、何かが壊れていることを期待した。改の
改から反論の意志を削ぐための段取りだった。改に少しのためらいが生まれれば、即時の反発さえ防げば、きっとすぐに熱は冷めて、状況を呑むだろう。目の前の出番で我慢するだろう。
「……早く言いなさいよ。味方まで術中で踊らせるの、どうかと思うわ」
わざと。戦いたがる改の気性を収めるためのもの。のどかな村で、規律を思い出させたいという。気づくほどに、改は観念するよりなかった。
改が次の出番を諦めたのを見て取ると、行は立ち上がった。隣の卓、困惑を通り越し、涙さえ浮かべそうになっている少女の前へ歩み出て、誠実な
「さて、お嬢さん……ううん、
行は幼さの残る自分の顔立ちを、なるべく真剣に見えるように工夫した。顔と口が一致しなければ説得力は得られない。
「あたしたちが、
ただ、言うだけでいい。
「あたしたち四人組が持つ、四つの
ふさわしき咎を持つ者だけが口にできる、そのことばを。
――言えばいい。
ことばを発すれば、力が生まれる。
「
改は淡泊に言った。無論ながら、表の咎言でいい。奥の手を使う理由は何もない。
改の唇が動くのが、少女――縫には見えていた。けれど、耳に届くはずの言葉は、縫の中で形を成さなかった。何ら、音として聞こえなかった。そしてそれは、
発されたのは、改が犯した罪の証、改にのみ許された咎言。余人には、背負うことはおろか、言語として解することも望めない。聞こえず、書かれたとて認識できない。
改が掲げた右手に、鮮烈な彩光が収束していく。縫は、自分が夢物語の登場人物となった心持ちでいた。
光は滑らかに尺を増していき、輝きはそのままに、
改は冷淡な面持ちで矛を振り、近くの卓の、木製の机を軽く突いた。
あっ、と、縫が声を上げる間もなかった。奇術さながらに、ただ矛が触れたというだけのことで、机は弾け、まばたきのひとつも許さぬうちに、ただの
呻くことさえも忘れて恐怖に震える男を、改は見下ろす。改は落ち着いた顔立ちだが、その眼光にこもる
「改めまして、考えなしの素人さん、こんにちは。私が戦勝請負のうちのひとり、通称、矛の改。でも忘れていいわ。もう会いたくないもの」
男から返る言葉はない。ここで何かを喋れるほどの胆力などない。もとより、改は期待していない。
土壁の一角が切り取られ、窓となっている部分に、改は目をやる。くすむところのない
今夜の月は、二十三夜だっただろうか。そういえば、昨夜の花札では、月見酒の役をつくらなかった。矛を手にしながらも、そんなことばかりが改の頭を巡る。ここが
「あなたが風趣を解するかはわからないけれど、今日の夕暮れはきっときれいよ。それを見たければ帰りなさい。見たくない、粉微塵になりたいというなら、そうしてあげるけれど」
喋れずとも、立ち上がって逃げ去るだけの胆力はあるらしく、男は震える下肢を無理に押え込むようにしながら、戸のひとつもない食堂の入り口を抜けていった。
改は青空に気をとられたまま窓に歩み寄る。その途中、握ったままの矛で、ふたつの机を撫でた。矛で触れただけのことで、またも、机はすぐさま
行は呆れながら、改の皿に手を伸ばしつつ、所感を述べる。
「目的を達した後に帳尻を合わせるの、感心しないなぁ」
言いつつ、改が卓の方へ目を向けていないことを確認する。行は残っていた
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