ヘタンマアン?

snowdrop

レクレク

「レクレク ヘマンタ アン?」


 出題者の軽やかな声が教室内に響き渡る。

 横に並びの席に座る三人は、軽く手をたたきながら互いの顔を見合った。

 笑みを浮かべているものの、眉間にシワが寄っている。

 いつものように机上には、早押し機が三台、用意されていた。


「本日は、みなさんご存知の『レクレク ヘマンタ アン?』をしていきたいと思います。全部で五問用意いたしましたので、わかった人から早押しで答えてください。一問正解すれば一ポイント、正解数が多い人が勝利となります。誤答しても減点はありませんので、どんどん押してください」


「あー、へマンタアンね。よく知ってるよ」

 部長が涼し気に答える。

「フランスのブルターニュ地方における伝統的なお菓子ですね」


「クイニーアマンではないです」

 速攻、出題者からツッコミされる。


「イルニヤ パ ドゥ クワ」


 部長が流暢に答えた。

 隣の席に座る副部長が「フランス語?」とつぶやく。

 うなずく部長。

「どういたしまして、と言ってみた」


「ですから、フランス語ではありません」

 出題者の言葉に「違ったか」と笑いつつ、部長は口を閉じる。


「じゃあ、じゃあさ、擬声語ですね。レクレクという鳴き声の生物がいるんですよ」

 副部長がしゃくりながら答える。

「クロツヤコウロギ、あるいはクチキコオロギは似た声で鳴きますね」


「虫の鳴き声ではないです」

 またも出題者からツッコまれる。


「その前に、ご存知じゃねぇーし」

 書紀が鼻で笑う。

「ぼくだけが知らんのかと思ったけど、みんな知らないじゃん。結局なんなの?」


「ご存知ない? 数多の例会に参加してきたクイズプレイヤーであるみなさんが、ご存知ないのですか?」


 含み笑いをする出題者を前に、部長、副部長、書紀は顔を見合わせては首をひねった。


「レクレクとはアイヌ語で、『なぞなぞを出す』という意味です。ちなみに、ウレクレクは『お互いになぞなぞを出し合う』という意味があります。ヘマンタアン?は『これ、な~んだ?』と意味で、問題を出したあとに使われる言葉です」


「アイヌ語なんだ。へえ、おもしろい」

 部長がうなずき、

「動詞として、言葉があるのは興味深いですね」

 副部長が感心し、

「ぼくたちは、これからアイヌのなぞなぞをするんだ」

 書紀は口元に手を当てた。

 そんな書紀を一瞥した部長は、

「アイヌのなぞなぞがどういうものなのか、何事も傾向と対策が大事だから、最初は様子見ですね」

 副部長にも目を向けた。


「ルールの説明をします。これからアイヌ語でなぞなぞを出題します。わかった人は早押しボタンを押して、答えてください。クイズプレイヤーのみなさんには必要ないかもしれませんが、アイヌ語でなぞなぞを出したあと、日本語でも読み上げます。わかった人は早押しボタンを押してください。では早速はじめたいと思います」


 出題者の説明の後、三人は目の前に用意された早押し機を手に持ち、ボタンに指をかける。


「問題。レタラセタ ウコイキプ ヘマンタアン?」


 いつもは問題文が読み終わる前にボタンを押す三人の指が、ピクリとも動かない。


「分からね~」

 苦笑しながら書紀が首をひねる。


「最後の『ヘマンタアン?』しかわからない。これ、な~んだって聞いてるんだけど、なにをきいてるのやらさっぱりですね」

 部長は息を吐く。


「日本語を聞いてみないと答えられない、というのが傾向をみてわかりました」

 副部長は出題者をまっすぐ見ていた。


「では日本語で読みます。問題。白い犬が喧嘩しているものはなあに?」


 日本語で読み上げられても、三人の指が動かなかった。


「なんだ……普通にわからんぞ」

 書紀は鼻で笑う。


「レタラセタが白い犬で、ウコイキプが喧嘩しているなのかな。まったくわからない」

 部長は下唇を噛む。


 呆気にとられている二人の横で、口を半開きにしながら副部長が早押しボタンを押した。


「歯、かな」

「正解です」


 ピコピコピコーンと正解音が鳴り響く。


「問題文を聞いていたとき、歯をむき出しにしている犬が浮かんで、歯だと思いました。それに白い犬というのがヒントになっているんですね。黒い犬でもいいはずなのに白としているのは、歯が白いからなのかと」


「なるほど。アイヌのなぞなぞだからといって、わからないことはないね」


 副部長の解説を聞きながら、部長と書紀はうなずく。


「つぎの問題。アトゥイカ タ タム スイエプ ヘマンタアン?」


 問題文が読み終わっても、三人の指は動かない。


「押したくても押せんだろ。意味がわからない」

 苦笑しながら書紀が首をひねる。

 部長と副部長も、日本語で読み上げるのをいまや遅しと待っていた。


「では日本語で読みます。問題。海の上で刀を振るものはなあに?」


 ピポピポーンと音が鳴り響く。

 問題文を聞いて早押しに競り勝ったのは、部長。


「海賊」

「違います」


 ブブーと不正解の音が鳴る。

 その隣でボタンを押したのは、書紀。


「武士じゃないのかな」

「違います」


 ブブブーと不正解の音が鳴る。

 最後にボタンを押したのは副部長だった。


「流れ星かな」

「違います」


 ブブブブーとむなしく不正解の音が鳴った。


「隕石から刀を作った流星刀が浮かんだけど、違うんだ」


 副部長の言葉を聞いて、「ルパンに出てくる石川五エ門の斬鉄剣か」と、書紀がつぶやく。


「でも違ったんだろ。答えはなんだろう」


 部長が出題者に尋ねる。


「答えは稲妻です。暗雲立ち込める海の上から落ちる稲妻を、光の刀剣のようだからのようです」


 告げられた回答を聞いて、「ほお」と三人は声を漏らす。


「アイヌの知識はもちろんのこと、かなりの想像力や発想力が必要みたいですね」


 副部長の言葉に、書紀は顔をしかめる。

「傾向はわかってきたけど、アイヌの知識がないから、対策の立てようがない」


「では次の問題を出します。ケシト ケシト セトゥル セセッカ ワ アン ペ ヘマンタアン?」


 出題者が問題を読み上げても、誰もボタンを押さない。

 それをみて、書紀は右手を小さく上げる。


「アイヌ語で言われてもわからないから、はじめから日本語で出したほうがいいんでないかい?」


 部長と副部長も、書紀の申し出に「いいんじゃないの」とうなずく。


「では問題。毎日毎日、背中あぶりをしているものはなあに?」


 日本語で問題を読み上げ、書紀が早押しボタンを押した。


「分かんね~、丸焼きチキンかケバブしか思い浮かばんぞ」


 書紀は苦笑した。


「違います」

 出題者は、ブブーと不正解の音が鳴らした。


 薄ら笑いを浮かべながら、副部長が早押しボタンを押す。

「干物」

「違います」


 ブブーと不正解の音が鳴り響く。

「でも、そういう感じのことですね」


 出題者の言葉を聞いて、部長が早押しボタンを押した。

「炉縁」

「正解です」


 ピポピポピポーンと高らかに音が鳴り響く。

 部長は思わず、「よっしゃー」と声を上げて拳を握った。


「アイヌの生活には囲炉裏が欠かせないと思ったとき、炉縁が思い浮かびました。副部長の干物がいいヒントになりました。それにしても、ムズいですね」


 部長の正解に、副部長と書紀は手をたたいた。


「では次の問題。口もなく、手もなく、足もなく、お腹が膨れているものはなあに?」


 早押しボタンを最初に押したのは副部長だった。


「お化け」

「違います」


 吹き出しながら、出題者は不正解音を鳴らす。


「ねえねえ、ヒントはないの~」

 たまりかねて書紀が弱気な声を出す。


「ほしいですか?」


 出題者が尋ねるや、「うん」と書紀はうなずく。

 部長は「欲しいです!」大きな声を出した。


「ヒントは、食べ物ですね」


 それを聞くやいなや、部長が早押しボタンを押した。


「卵」

「正解です」


 出題者は嬉しそうにピコピコピコピコーンと、正解音を長めに鳴らした。


「副部長がお化けといったとき、俺もそうかと思ったけど、ヒントの食べ物が加わって、卵が出てきました」


 部長の説明を聞きながら、なるほどねとうなずく副部長と書紀。


「卵か~。ぼくは、ゴールデンカムイに出てきたカネ餅が浮かんできた」

「あー、谷垣ニシパがマタギだったときに隠し味にクルミを入れたっていう、アレね」

 

 書紀の言葉に副部長は思い出して、何度もうなずく。


「次が最後です。問題。大きな湖の両側にわかれていて、木の棒を持って互いに突きあって戦っていますが、どうして戦っているのかはわかりません。互いが親戚なのか他人なのかもわかりません。毎日、目が覚めている間じゅう戦っています。これはなあに?」


 早押しボタンを最初に押したのは副部長だった。


「まばたき、かな」

「違います。でも惜しい」


 不正解の音が鳴り終わった瞬間、部長と書紀がほぼ同時に早押しボタンを押した。

 押し勝ったのは、書紀だった。


「まぶた」

「正解です」


 ピコピコーンと軽快な正解音が鳴り響いた。


「最後のは、なぞなぞらしいなぞなぞだったね。最後の『毎日、目が覚めている間じゅう戦っています』というのがヒントだったけど、副部長の誤答がなかったら思いつかなかった。アイヌの問題は、わかりそうなのもあるけど、ヒントないと本当にわからないよ」


 ふう、と書紀は笑顔で息を吐いた。


「今回の勝者は、二ポイント獲得した部長です」


 出題者から宣言されると、部長は両手をつきあげる。

「よっしゃー、今日から俺はレクレク王だ」


「その称号は、あまり羨ましくない」

 書紀と副部長は、苦笑いを浮かべながら称賛の拍手を送る。


「花はアイヌ語でなんというか、みたいなレベルのを予想してただけに、アイヌのクイズも侮れないなと思いました」


 副部長の感想に部長はうなずく。


「そうですね。クイズプレイヤーとしては押さえておくべき問題かもしれないので、アイヌ語も知識として勉強したいと思いますね。このメンツでなんとか勝利できたのはよかったです」


 もう一度副部長と書紀は部長に賛辞の拍手を送る。


「イルニヤ パ ドゥ クワ」


 部長が流暢に答えると、「それはフランス語です」と出題者からツッコまれた。

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