You don't need to remember

06、宝箱を埋めるなら

「ほほう、それで夢の中の女の子に自分の情熱全てをぶちまける赤裸々トークをしてきたと」

「お前な、もっと言い方他にあるだろ」


 翌日の昼過ぎ。イツキは友人の家に遊びにきていた。昨日のメッセージで「飲みに行こうぜ」と誘ってきた例の相手だ。名前は桜庭ジンという。

 朝起きてスマホを見るとジンからのメッセージが新しくもう一件届いており、そこには「女の子呼んで飲むのは諦めたから、せめてうちに来い! 遊ぼうぜ!」などと書かれていた。


 もう社会人になって一年以上経つような身で男二人が何をして遊ぶのか、と言いたいところではあるが、彼に限っては最初からそれが何なのかは読めていた。友達付き合いの手広さや事あるごとに出会いの場を設けようと予定できるくらいには豊富な人脈を見ていると少々意外なのだが、この友人の一番の趣味は自宅でゲームをすることなのだ。

 一緒に遊ぼうと思って昨日買って来たんだ、と見せられたのはシリーズ作品が長年続いている対戦ゲームだった。新作が出るたびにプレイに付き合わされていたので今回もそうだろう、とイツキが踏んでいた通りだ。


「いやぁ、でも間違いじゃないだろ」

「大まかにはあってても細かい所で語弊がありすぎるんだよ。情熱なんか一切なかったし赤裸々って程でもねえし、そもそも声がそれっぽかったってだけで口調はそのまま男だし。女って断言できるかよっ……と、はい俺の勝ち」

「うっそだろお前! 昨日買って一日練習してたんだぞ俺は!」

「残念だったな」


 画面にイツキの使っていたキャラクターがアップで映り、下半分に「YOU WIN」の文字が並ぶのをを見てジンが大げさに仰け反って叫んだ。実を言うと今日呼ばれた時点でゲームの予想を立てていたイツキも、家を出るまでに使いやすそうなキャラクターとその操作方法やコツを調べていたのだがそこは黙っておくことにする。


 ひとしきり悔しがった後、ジンは「それにしてもさぁ」と言いながらゲームのコントローラーを置いてイツキの方へ向き直った。

 短く刈り上げた黒い髪と実年齢より多少若く見える顔の各パーツが人懐っこさを感じさせて、また実際その印象をなお上回るような人懐っこい性格をしているのをイツキは知っている。


「変な店員さんに、変な夢。しかも遠出し過ぎて帰り道で苦労するとか、昨日随分大変だったんだなぁイツキ。そういう時は呼べよ。車で迎えにくらい行くぜ、暇だったし」

「いやいや、さすがに頼めるかよそんなの。迷子だったとかならともかく、帰り道は分かってたんだし」


 いつもジンとのゲームはその片手間に世間話がついてくる。ちょうど昨日が誕生日だったというのもあってか、今回は特にジンからイツキへの質問攻めが多かった。高校や大学の頃ならともかく、お互い社会人となると遊べるのは多くても週に一日程度になってくるので仕事場での愚痴や近況報告だけでも案外話題に事欠かない。


 そんな中でぽろっと口から零れたのが、昨日の夜になってから訪れた例のアンティークショップについてだった。普段の愚痴や近況報告と明らかに毛色の違うその話題にジンが強く食いつき、そこからはもう、質問攻めである。


 さすがに夕暮れ時の光景についてのことなどは喋っていないし、老人があまりにも怪しかった理由なども触れてはいない。

 多少のフィクションも織り交ぜてジンに伝えたのは「散歩して偶然見つけたアンティークショップの店員がちょっと不気味な爺さんだった、遠出し過ぎたせいで帰宅が遅くなって、安かったから気まぐれで買ったオルゴールを帰ってから聴いてみたら寝落ちして変な声とお喋りするを見た」程度だが、それでもジンは興味津々だった。


 昨日の夢の中で、イツキは結局姿の見えない声とそれなりに長話をした。内容はほぼ全て声がイツキに何かを尋ねて、イツキがそれに答えてを繰り返すようなものだったが、一つ答えるたびに声はその答えについて詳しい話を欲しがった。


 趣味とかあるのかい? と聞かれて、咄嗟に浮かばず唸ってから読書と答えれば、どんな作家やどんな本がお気に入りか、好みのジャンルは何かなど。

 食べ物だと何が好き? と尋ねられて、別に好き嫌いは無いと言うと、その中でも特によく食べるものはと食い下がられる。

 初恋の人は誰? という質問には――うまく答えられなかった。そういった方面に関して乾いていて、そのことに満足しているイツキだ。直球で「初恋なんかしたことない」と言ってしまえばそれで済むはずなのに、その時はなぜか「覚えてない」と口走ったのだ。その一瞬だけ、いつも記憶の断片に姿を見せる女の子が横切ったのはわざと気付かないふりである。

 他に関してはしつこく聞いてきたはずの声は、この時だけ「だと思った」と短く呟くだけで質問を別の物に切り替えた。


 質問された内容そのものはジンに伝えてはいないが、それでも質問攻めにされた事自体が夢としてはかなり特殊な形だろう。話ついでにイツキがそんな所感もつけ加えると、ジンは「それもあるけどさ」と言って素直にうなずくことはしなかった。


「それ、今朝起きるまでの夢だろ? うちに来てゲームしながらそんだけ細かく語れるくらい記憶に残ってるってすげぇ」


 ああ、確かにそれもある。ジンに指摘されてイツキもその事にようやく気がついた。いつもの世間話とお互いの雰囲気が全く変わらなかったので、あまり気にも留めていなかったのだ。普通は忘れてしまって「あれなんの夢だっけ」となるもので、それを明確に覚えているというのは冷静に考えれば若干作り話のような臭いがする。


「俺の作り話だと思うか?」


 頷かれてしまったらその時は「気付いてたなら早く突っ込めよ」などと茶を濁してしまおう。そう考えながら牽制を投げたのだがジンは一瞬も迷うことなく首を横に振った。


「いや、イツキそういう適当言うやつじゃないし。普通に面白いしすげーって思いながら聞いてた。え、これ作り話なの?」


 聞きようによっては嫌味にも思えそうな言葉だが、ジンはこれを一切の毒気が無い口調でさらりと言う。他に類を見ないほどの人懐っこさのなせる業だよなぁと改めて感心しながら、曖昧に首を横に振るしかできないイツキだった。


「そんなことより、俺は今普通に嬉しいよ」


 迷いもためらいもない直球の信頼にむしろイツキが気圧されている目の前で、ジンはお構いなしに話題を切り替えた。

 嬉しいって何がだ、と視線で疑問を投げると、目元に自身の腕を押し当てて大げさに肩を震わせる。ご丁寧に鼻水をすするような仕草まで織り交ぜた、随分な男泣き――の演技だ。


「わざとらしいからやめろ。そこまで大袈裟に何が嬉しいんだ」

「女の子と仲良くお喋りする夢をイツキが見るようになったことがだよ。高校で仲良くなってから苦節十年、隙を見ては縁結びに貢献してやろうとした俺の努力は無駄じゃなかったんだと思うと、やっぱりなぁ」

「別にそういうのじゃないだろ」

「いやいや、夢ってその人の深層心理が出るとか出ないとかよく言うだろ。いまいち表に出てこないだけで、心の底から興味ゼロってわけじゃないのが分かっただけでも俺からすれば喜ばしいって」

「そんなの分かったって別に嬉しくないし、誰の得にもならないだろ」

「何言ってんだお前。高校の時とかお前気付いてなかっただろうけど、どうすればイツキ君と仲良くなれるか、って女の子に相談された事もあるぞ俺は」


 確かに初耳ではあるのだが、だからといってどう反応すればいいのかがイツキには今一つわからない。すっかり床に放置していたコントローラーをもう一度手に取り、もう一戦やろうぜと話題を流すつもりで口を開いて――ふと、記憶の隅で何かが引っかかった。

 何だっただろうか、と少しだけ考え込んで、記憶の糸はすぐに掴むことができた。


「なあ、ジン」

「どしたー。コントローラー握ったってことは俺にリベンジするんじゃないのかー」

「いや、負けたのお前だし。それよりちょっと聞きたいことあるんだけどさ」


 おう、と返ってきた言葉に一度だけ「大したことじゃないんだけど」と前置きしてから。


「例えばの話なんだけど、宝箱を埋めるならどこにする?」


 ジンは笑いこそしなかったが、一度だけ小さく首を傾げた。


「なんだ、それも夢の中で女の子と話したのか?」

「まあ、そんなところだ。今思い出して、ちょっと気になって」


 目を覚ますほんの少し前のやり取りだった、と思う。少なくともイツキ自身にとってはそのあと意識が遠のいてから目を覚ますまではほんの一瞬の間でしかなかったし、例の声も「そろそろ起きると思うから、最後にひとつだけ」という前置きの後ろに尋ねてきた。

 その質問を聞いたのとほぼ同時に、ゆっくりとイツキの意識は薄れていったので答えることはできずじまいだ。もう一度意識がはっきりした時には自室のベッドの上だった。


 それまでの質問が殆どイツキ自身の趣味や身の回りについての事だったのに、唐突に他とは雰囲気の違う質問を投げられたので夢の中でも少しだけ違和感を覚えたものだ。直前まで浮かんでこなかったのは、他にも話の種になるものが多くて埋もれていたせいである。


「なんだよー、随分面白そうな夢見やがって。俺もそんな風に可愛い女の子と楽しくおしゃべりする夢が見たいよ」

「だから、声しか聞こえてないのに可愛いも何も無いって」


 既に何度か繰り返した訂正をよそに、ジンはゲームのコントローラーを置いて本格的に思案する顔だ。

 小さな声でぶつぶつと、おそらくは自分がその立場だったらを大真面目にシミュレーションしているのだろう。そこまで本気で考えなくても、と控えめに止めようとしたタイミングで、うつむき気味になっていたジンの顔がこちらを向いた。


「子供の頃にやった経験だけど、やっぱり大きな木の根元とかかなぁ」

「宝を埋めた経験があるのか、子供の頃に」

「やー、ほら。小学校の卒業式で経験ない? タイムカプセルを作って埋めましょう、とかさ」


 言われてイツキもああ、と頷いた。自分の通っていた小学校ではそのイベントは無かったが、他の学校でやっていた、という例は稀に聞く。


「まあ、俺の学年が埋めたやつは結局大人になって掘り返しに行った時、根本のどの辺りかを全然覚えてなくて見つからずじまいだったんだけどな。でもメジャーなパターンはやっぱりそういう場所だろ」


 照れくさそうにそう笑うジンを見て、イツキはもう一度同意の意を込めて頷いた。頷いてから、あれ、と首を傾げる。

 胸の内のどこかで、小さく声が聞こえたような気がしたのだ。いやいや違うよ、そんな場所じゃないって、と。


 けれどイツキにはそんな声に突っ込まれるような心当たりはどこにもない。小学校のイベントでタイムカプセルを埋めた経験は無いはずだ。

 もう少しだけ考えていたいところだったが、既に興味がもう一度ゲームの方へ移ったジンに早くやろうぜと急かされて、イツキはその考えを一度棚に上げることにした。

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