落語調異世界奇譚「机上の空論」

ふっくん◆CItYBDS.l2

第1話


勇者「だんなぁ~、国王の旦那~。お呼びだと聞いて参りやした~」



国王「おいおい、国王を旦那呼ばわりする奴があるかい。本当にお前は仕方ない奴だね」



勇者「へぇ、どうもアッシは学がねぇもんですから。それじゃあ、何とお呼びすればよろしいんで?」



国王「そうだねえ。かたっ苦しく呼ぶなら『国王陛下』だが」



国王「まあ儂とお前の間柄だ、『王様』とでも呼んでくれりゃあいいよ」



勇者「へえ、ではそうさせてもらいやす」



勇者「それで『王様』の旦那、いったい何の用ですかい?」



国王「違う違う!そうじゃあないよ。人の話をちゃんと聞きなさい」



勇者「ありゃりゃ、こりゃまた失礼しやした……ええっと、王様……旦那……ああ、『大旦那様』?」



国王「何でそうなるんだい!……全く、もういいよ。お前の好きにお呼びなさいな」



国王「ああそうそう、お前さんを呼んだ理由だったね」



国王「聞くに勇者よ、お前さん、魔王討伐の任を受けてからも自宅に引きこもり、ろくにレベル上げもしていないそうじゃないか」



国王「試しに、呼びつけてみたらホンの四半刻ほどで登城してきおって」



国王「どうやら王都を離れていないというのは事実らしいの」



勇者「まあ、その通りでございやす」



国王「悪びれもせずよく言うたもんじゃの」



国王「まさか、魔王に臆したわけではあるまいな?」



勇者「おいおいおい、旦那ぁ、それを言っちゃあ御仕舞えよ。アッシは、仮にも勇者ですぜ」



勇者「仮に魔王が天を裂き、地を揺らす神々に等しい存在だろうと、アッシが恐れることなどありましょうや」



国王「頼もしいことを言ってくれるじゃあないか。では、旅立たぬのには他に理由があるということだな?」



勇者「その通りでごぜえやす」



国王「いったい、部屋に引きこもって何をしているというのだ」



勇者「へへっ、聞いて驚かないでくださいや。実は、低レベルでも魔王を倒しうる方法を考えていたんですぜ」



国王「低レベルで魔王を倒す方法じゃと?」



勇者「そうでございます。そこで旦那、せっかくこうして参ったのですから。魔王討伐後の報奨金についてお話しておきたいんですが」



国王「おいおいおい、その言い様だと、策は既に整っているというなのかい」



勇者「へぇ、その通りで。それで報奨金についてなんですが、ウナギを腹いっぱい食えるだけの……」



国王「うん……?ウナギ……?報奨金の話にしては、随分ちっぽけな話だねえ」



国王「しかし、まあ待ちなさい勇者。世の中にはね、『取らぬ狸の皮算用』なんて言葉もあるんだ」



国王「まずは、お前さんの考えた策とやらを聞かせてもらおうじゃないか」



勇者「いえ、旦那。狸じゃございやせん。アッシはウナギが……」



国王「ああもう!うるさい奴だねえ」



国王「『取らぬ狸の皮算用』ってのは、未だ旅にも出てないのに報奨金の話をする、お前さんの様な阿呆を例えたことわざだよ」



勇者「ははぁ、そんなことわざがあるんですかい。へへっ、こいつはおもしれえや」



勇者「アッシに置き換えれば『取らぬ魔王のウナギ算用』ってとこですかね」



国王「ああもうそれでいいから、早く策ってのを教えておくれ」



勇者「へえ、サクサクっと策を、お教えいたしましょう」



国王「余計なことを言ってるんじゃないよ。ったく」



勇者「まず一つ目の策にございますが、これは初級水魔法のウォーターを使いやす」



国王「ほぅ、レベル1でも使える『ウォーター』だけでか?」



勇者「そうそこが肝でございやして、アッシの策は全て低レベルでも達成可能なんです」



勇者「つまり、魔王城にたどり着けさえできるなら明日にでも魔王の首を取ってこれるんでさあ」



国王「それで、『ウォーター』だけで、どうするって言うんだい」



勇者「それはですね。本来の『ウォーター』は、掌から水を出す魔法なんですが、これをチョイといじくるんでさあ」



国王「つまり?」



勇者「つまり、水の発生場所を掌からではなく魔王の口の中に指定することで、魔王の野郎を地上でドザえもんにしちまうって寸法でさあ」



国王「ははあ、無理やり水を飲ませ続けるってわけだね」



国王「お前さん、以外にえげつない事を考えるねえ……しかし、これはなかなか。うん、いい考えじゃあないか」



勇者「他にもありやして。魔王の体の中に、初級火魔法の『ファイアー』をぶち込むとか」



勇者「魔王の立っている場所に、初級移動魔法の『テレポート』で飛ぶことで、アッシの体を無理やり魔王の内側にねじこませ破裂させるとか」



勇者「こんな感じで百通りぐらいの策を用意してありやす」



国王「ふうむ、学が無いなんて言って悪かったねえ」



国王「とても勇者の考える作戦とは思えないが、お前なりに考え抜いたのだろうね」



勇者「へへへ、ありがとうございやす」



国王「しかし、魔王ほどの男をそんなに容易く倒せるもんだろうかねえ」



勇者「はあ~旦那もそう思いやすか?」



国王「するってえと、お前さんも?」



勇者「へえ。例えば、魔王がクジラ並みに息が続くとなるとアッシの作戦は意味が無くなってしまいやす」



勇者「他にも魔王の強靭な肉体を、仮に内側からだとしても焼きあげることができるかも不安でさあ」



国王「うんうん」



勇者「それに、もし奴の胃袋が異次元空間につながってるとしたら」



勇者「アッシが奴の体内にテレポートした瞬間に、どこぞと知れぬ世界へ飛ばされてしまうかもしれやせん」



国王「ははは、そんな馬鹿な話があろうものか。いや、すまないな。どうやら儂の言葉で少しお前さんの不安を煽ってしまったようだ」



国王「なあに、心配することは無い。お前さんは魔王を倒す策を百通りも考えたんだ。どれか一つは必ず効くことだろうよ」



勇者「しかし、旦那ぁ……」



国王「お前さん『杞憂』という言葉を知っているかい?」



勇者「『きゆう』ですかい?いや初めて聞く名前ですが、旦那の女の名前ですか?」



国王「馬鹿言っちゃいけねえよ!儂は愛妻家で通っているんだ、誤解を招くようなことを言わんでくれ」



国王「杞憂ってのは、空が落ちてくることを心配した男の寓話から出来た言葉でね」



勇者「へ、そ、空が落ちてくるんですかい?」



国王「ははは、そうじゃないさ。要は、落ちてくるはずもない空を見上げ無駄に心配している男のように」



国王「魔王の胃袋が異次元につながっていたらどうしようと宣う、今のお前さんを表す言葉さ」



国王「つまり、取り越し苦労ってわけだよ」



勇者「じゃあ、空が落ちてくるってのは……?」



国王「もちろん、空は落ちてこねえし、魔王の胃袋が異次元につながってることもあるまいよ」



国王「お前さんは、心配せず魔王の首をとっておいで。ほれ、籠を呼んであげるから早速魔王城に行っておいで」



国王「長い間引きこもっていた分を、一気に取り返してくるといい」



勇者「いや、旦那。ちょっとお待ち下せえ」



国王「ん?なにか問題があるのかい?」



勇者「へえ、実は、魔法の発生場所をチョチョイといじるとは申しましたものの」



勇者「それが、アッシの魔法レベルではちいっと難しくてですね」



国王「ふむ」



勇者「王立魔道学院の偉い先生に伺ったところ、それを実現するには魔法レベル80ぐらいは必要だって言われちまいまして」



国王「つまり?」



勇者「つまり、魔王城に行く前にレベル上げをしようかなと」



国王「……それなら、素直に最初からレベル上げをしておけば良かったんじゃないか!」



勇者「計算上は完璧だと思ったんですがねえ」



国王「あのねえ……そういう、頭の中で考えただけの役に立たない考えを『机上の空論』って言うんだよ。覚えておきなさい」



勇者「はあ、またことわざですかい」



国王「……まあ、この話はもういいよ」



勇者「へえ、どうもすいやせん」



国王「まったく、お前さんと話していると先が思いやられるよ……」



勇者「そういえば、風のうわさに魔王の野郎もその『机上の空論』に凝ってるって聞いたことがありやすね」



勇者「噂を聞いたときは、意味が分かりやせんでしたが、なるほど、魔王もアッシと似たことをやってるんですね」



国王「ほう、魔王が『机上の空論』にねえ……奴がなかなか攻めてこないのもそのせいかもしれんなあ」



国王「そういえば、先日の茶会で奴におうた時も」



国王「勇者であるお前さんを倒す前からアソコの領土が欲しいだの、新しい国歌を作るだのと皮算用をしておったなあ」



国王「勇者と魔王。共に神に選ばれた身、どこか似るところがあるのかもしれんなあ」



勇者「……ところで、旦那」



国王「どうした?」



勇者「なんか、地面が揺れてやせんか?」



国王「む、確かに……地揺れか?珍しい」



どんがらがっしゃーん



勇者「う、うわあ!空が落ちてきやがった!『杞憂』だなんて嘘じゃないかっ!?」



国王「ばか!落ちてきたのは天井だよ!空が落ちてくるわけないだろ!」



国王「ほら!あそこの机を使おう!」



勇者「へ!?あの机を使って、アッシに『机上の空論』を考えろってんですか!?こんな極限状態で良い考えなんて思いつきやせんぜ!?」



国王「机の下に隠れようって言ってんだよ!ほら、急ぎなさい!」



~~~それからしばらくして



勇者「はあ~、なんとか生き残りやしたね。旦那ぁ」



国王「あらまあ、すっかり天井が崩れちゃって。見てみろ、城の中なのに空が見えるぞ」



勇者「一体何だったんでしょうねえ、……ん?旦那、空を見てください!」



勇者「ほらあそこ、空が裂けて魔王の姿が見えやすぜ!」



魔王「ははははは、ついに成し遂げたぞ!どうだ国王、参ったか!」



国王「空に姿を投影しているのか?魔王、アンタいったい、何をした!?」



魔王「ふはははは、私が長年研究していた新しい魔法さ!」



魔王「魔王城で最も大きい円卓と、王国各地の空をゲートでつなぎ、魔王城に居ながら各地に隕石魔法を降らせたまでよ!」



国王「な、なんともまあ大それたことを」



勇者「旦那!だから言ったじゃないですか、奴は机上の空論に凝ってるって!」



国王「な、なんと!?魔王城の机と、王国各地の空で『机上の空』論ってことだったのかい」



魔王「ほほう、流石は勇者。私の目論見を既に知っていたとはな」



魔王「それじゃあ、ご褒美に、私が考えたこの国の新しい国歌を聞かせてやろうではないか!」



魔王「あーーたーーーらしいーーーあーさがきたー♪」



国王「馬鹿を言いなさんな!魔王よ、たかが王城の天井を破ったぐらいで、もう勝利したつもりかい!?」



魔王「馬鹿を言っているのは国王、貴様自身よ。ゲートは王国各地の空とつながっていると申したろう?」



国王「ま、まさか!?」



魔王「そのまさかよ!この国の軍事拠点はとっくに制圧しておるわ。あ、そうそう先日言っていた領地はもう貰っておいたぞ」



魔王「おっと、そろそろゲートが閉じてしまう。勇者よ、新しい国歌を聞かせてやれなくてすまなかったね」



魔王「続きは、魔王城で聞かせてあげるから、何かお茶菓子をもって来るがよい!歓迎するぞ!」



魔王「私の胃袋は底なしだ!たくさん持ってこいよ!はははははは!」



魔王「ははは……」プツン



国王「……ああ、消えちまった」



国王「勇者よ、もう一刻の猶予もないぞ!早速、魔王城へ向かい魔王の首を打ち落としてくるがよい!」



勇者「へ、へえ……」



国王「どうにも歯切れが悪いねえ。まさか魔王に臆したわけでもあるまい?」



国王「天を裂き、地を揺らす神々に等しい存在でも恐れないと言ったのは、お前さん自身じゃあないか」



勇者「い、いえねえ旦那。確かに、そう言いましたが……」



国王「なら、なにを迷っているんだい」



勇者「ど、どれだけの茶菓子を持っていけばいいのやら……アッシの懐じゃあ、ちょいと不安が」



国王「茶菓子など、包みをひとつ持っていけば充分であろう!」



勇者「し、しかし旦那ぁ。奴は、『取らぬ狸の皮算用』も『机上の空論』も現実にやりとげちまった」



国王「なんだいなんだい。次は、空が落ちてくるなんて言うんじゃないよ?」



勇者「いえ……」



勇者「きっと、奴の胃袋は異次元につながってるに違えねえ」




おわり。

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