第4話
「グレートリソシテーション!」
見覚えのある光景。
ただ白く、白く、白いだけの宇宙。
ここは……生死の狭間?
「あれ……?記憶があるんですか、勇者様」
「いやなかったさ。ただな……思い出したんだ」
何故俺は、こんな大切なことを忘れてしまっていたのだろう。
「勇者様は、あらゆる可能性を秘めている存在……。死を深く理解する素質も持ち合わせているということでしょうか」
「そんなことは、あとでいいさ。それよりも、ご来客だ」
覚えているぞ、前回の逢瀬も君に邪魔されたんだったな。
死神よ。
舞台はもちろん、役者も同じ。
なれど、違う点が一つだけ。
今日の死神は、未だ声を一言も発していない。
そして、大鎌も持って来てはいないようだ。
「今回は、覚悟を決めてきているようだな。覚悟を決めた奴は強い、気をつけろよ僧侶」
ふと彼女を見上げる。
おかしい、何かがおかしい。
そこには確かに違和感がある、以前に見た彼女には無かった何かが。
鍛錬の成果か、更に美しく成った芸術的肉体。
俺に向けられている優しい眼差し。
そして
その手に握られた圧倒的存在感。
違和感の正体はこれだ、彼女が握っている異物。
長く、太く。
黒く、突起が無数についたそれは。
「鬼の金棒……?」
「……上級蘇生魔法ですから」
え?上級と下級の違いってそこなのか。
成功率が比較的に上昇って、つまりそういうことなのか!?
「ちょっと待てやあああ!!!ちょっと待てやあああああああああああ!!!」
「もう……うるさいですね」
死神は、明らかに平静を失っている。
「前回と言ってること違くないですか!」
「持っちゃってるじゃん!やばい武器持ってきちゃってるじゃん!素手でって話だったじゃん」
「ずるい!ずる過ぎる!見損なったぞ!僧侶さん!」
心の底から、死神に同意してしまっている自分がそこにた。
死神の言い分は、最もなものであった。
というか、僧侶さん?って言わなかったかアイツ
「 黙 れ ! 小 童 っ ! 」
僧侶の怒気に満ちた声が、空間全体を揺さぶる。
「 世界の平和が!何より勇者様の生き死にが掛かってるんだ!卑怯も糞もあるかっ!!! 」
物言い通らず。
「おら!こっちは急いでるんだ!さっさと掛かってこいや!!!」
「う……うわああああああんん!!!!!」
------
「お待たせしました。勇者様……」
「ああ」
今日の僧侶の顔には、いつもの輝きはなかった。
あるのは羞恥の心。それが、本来の彼女が持ち得ている輝きに陰りを与えているのだ。
膨大な魔力を消費することによって、技術の介在しない、絶対的な力を行使してしまったことへの恥。
まるで武闘家が、素手の相手を道具をもってしてボコボコに打ちのめしてしまったというものに近いものがある。
というか、そのものか。
疑いようもなく、俺の言葉のせいだった。
彼女に、上級蘇生魔法を使うことを強制したが故に。俺は、彼女の戦いを汚してしまった。
「では、そろそろ戻りましょうか」
「僧侶」
俺は、決意する。
伝えなくてはならない。
俺の全身全霊をもって、彼女に言わなければならない。
全身に力を込める。
体は動かない。
だがそれでも、力を込め続ける。
足が、ほんの僅かであるがピクリと震えた。
イメージしろ、ここは生と死の狭間。俺の肉体が、ここにあるわけではない。
動かすのは、腕ではない、足ではない、筋肉ではない。
俺が動かすべきなのは、心の筋肉だ!
俺は、立ち上がる。
彼女が驚愕の表情で俺を見ている。
一歩、そしてまた一歩とまるで生まれたての小鹿のようにゆっくりと足を進める。
彼女の、目の前までたどり着いた俺は。
彼女を強く抱きしめる。
「俺は君が好きだ」
自身に満ち溢れ、神との戦いに心躍らしていた君の笑顔が。
俺は好きなんだ。
だから、そんな顔はもうするな。
いや、もうさせない。
成功率が100%ではない?
変動要素を減らしたい?
世界の平和のため?
そんなことは知ったことか。
俺は、世界の平和より愛する君の笑顔の方が大切だ。
それこそが俺の宝。
俺が、全力をもって守るべき宝物なんだ。
「だからもう!上級蘇生魔法は今後一切使わなくていい!」
「 はいっ! 」
現世に帰ったら、この俺の決意も忘れてしまうかもしれない…
だが、この誓いだけは。
必ず、必ず持って帰ってみせる。
二度と彼女に、あんな表情をさせるわけには行かないんだ!
――――――
「ふはははははは、こんなものか勇者一行!容易い!容易いぞおおおおおお!」
「あ!戦士さんっ!危ないっ!!!」
「ぐああああああああああ!!!」
「勇者!戦士が!戦士が死んじゃった!」
「勇者様!」
「わかっている!僧侶!」
「 リソシテーションを使え! 」
「 はいっ! 」
おわり
僧侶の憂鬱 ~蘇生魔法と筋肉の因果関係についての考察~ ふっくん◆CItYBDS.l2 @hukkunn
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます