第2話 変わりゆく生活

 私はなんとか高校に進学が決まった頃、父は家族のために念願の一戸建てを購入して、新居に引っ越したが、すぐに永い単身赴任生活に突入してしまった。

(その後父は自分の建てた家に生きて戻ることは一度もなかった)

なんと!!!兄と母と私の三人暮らしが始まるわけだが・・・ありえない状況・・・

同じ屋根の下にいながら別居(もう家族とは呼べない)状態の中、お互いに神経がピリピリしていつもイライラした感じで、ちょっとした火種で大きな爆発が起きそうな、醸し出す些細な物音ひとつが気に障る空気感で生活する中で、兄はもう半分狂っている状態であった。私が部屋で物音をだしたり、母が一階で物音を出すだけで、兄が自分の二階の部屋から跳び出して、大声で怒鳴り散らすような緊迫した『地獄のような環境』の生活が続く。当然のように日々フラストレーションが積み重なっていくのである。

兄は自分だけストレス発散のために、エレキギターを狂ったように弾いていたみたいだが、私のいない時だけ弾いていた。私も何度か帰宅時に家から大音量で弾いているのを聞いた事があるが、私が帰宅するとピタッと止む。自分がいつも文句ばかり言っているので、私に文句を言われたくないのだろう。

そんな日々が半年程続いたある日、忘れもしない出来事が起きるーーー

私が学校が終わり家の近くまで行くと、二階からギターではなく兄の叫び声と共に破壊音(自分の部屋の壁を壊しまくる音)が聞こえ、私が帰宅すると玄関のドアの開閉する音が聞こえたのか、急にシーンとなった。

『とうとう完全に発狂しやがったな!』

私は知らないふりで、二階の自分の部屋に行き、いつものようにヘッドホンで音楽を聴こうとした時に、兄が部屋を出て下に行く音が聞こえた。

『何が原因で発狂してたんだ?まあ別にいいけど。いつもの事』

私は兄が一階に行った音を確認してから、ラジカセを聴こうとした時に誤ってラジカセを床に落としてしまい、

その時に「ドンっ!」とかなり大きめな音がしてしまった。『何か起きる予感・・』

被害妄想が異常な兄は、自分が発狂していたことに、私が嫌気をさしてわざと大きな音をたてたとでも思ったのか、その直後に下から兄がなにかを叩きつけ、二階(俺)に向かって何か大声で叫んだのが聞こえた!『ヤバっ!マジ狂ってる!』

そして兄が下のドアを蹴っ飛ばし、いつもより激しく二階に上ってくる足音が聞こえた!『これは喧嘩は避けられないかっ?!戦うしかないのかっ?!』

そう思って臨戦態勢で構えていた。と同時に下から

「ちょっとやめてーーっ!!」

「お願いだからやめてーーーっ!!!」母の叫び声が聞こえた!

私は部屋で待ち構えていたら、以外にも兄は自分の部屋のドアを蹴っ飛ばし部屋の中に入っていき、と同時に部屋越しに私に向かって

「うるせぇーんだ!てめぇーーーっ!!!」大声で叫んでいた。『もうキチガイ!』

私はいつ襲ってくるかわからないのでそのまま構えていたら、母が二階に駆け足で上ってくる音が聞こえ、そのまま兄の部屋の前で大声で泣きじゃくりながら

「うわぁーーーん!・・わぁーーーっ!・・もうやめてーーーっ!・・・」

必死に声を出していた。

ちょっと間があり、母が私の部屋をノックした。私はまだ臨戦態勢だったので襲われないように素早くドアを開けた。

兄の部屋のドアは開いたままだが兄の姿は見えない。

母は大声で泣きながら座り込み、ドアの外から兄弟ふたりに向かって話しはじめた、

「ウゥッ・・・お母さんが悪かったから・・・お母さんの育て方が悪かったから・・・もうこんな生活するの止めようよ・・・ウゥッ・・・お願い・・・」

『なにを今さらっ!やっとかよっ!!!』

今度は兄が部屋の中から叫ぶように話した

「元はといえば俺をこんな状態にしたのはてめぇら親のせいだろうがっ!!!オヤジがダメ人間だからだろうがっ!!!」

「悪かったから・・・本当に悪かったから・・・だから・・許して・・ウゥッ・・お願い・・」母は泣いたまま、声を絞るように話した

「・・ユウジ(私の名前)はどうなの・・?」『何が?』

「俺はただ普通の生活がしたいだけだよ」『本音である』

「・・お兄ちゃんとはどうしたいの?」『どおって・・そんなこと聞くなよっ!』

「もういいよ今更・・お兄ちゃんもわかってるんじゃないのっ!?」

『何年ぶりにお兄ちゃんって言っただろう』私は少し落ち着いていた

「てめえはうるせぇんだよ!いいよもうっ!俺こんな家出て行くからさっ!受験勉強もしたいんだよっ!」最終的に兄は語った。

しばらくハァハァ肩で息をしていた兄は爆発して発散したのか、この後は落ち着いて、私を襲うことは無かった。

「わかった・・じゃあ、そうしようね・・グスッ・・」母はそう話すと、私たちが部屋のドアをそれぞれ閉めるのを確認してから下にゆっくり降りて行った。

今までの生活の全てのフラストレーションが一気に爆発した瞬間であった。

私は『まぁ、なるようになるさっ』としか思わず、本当は私が出て行くつもりでいたが、家を破壊しまくり、ギターの大音量で近所迷惑ばかりの兄を、親は住まわせたくないと思っていたらしい。兄も大学受験を控えていて、あとはたぶん思いっきりギターが弾きたかっただろうから、出て行きたかったらしい。

この出来事がきっかけで、結局一ヵ月後くらいに兄は家を出た。

そして母と二人暮らし・・のはずはなく母は精神的に疲れ父の単身赴任先に行った。

父はこれまでの出来事は知っていたらしいが、両親共に子育てに失敗した事を反省していたのか、兄と私の学費だけは支払ってくれていた。だが生活費は自分でバイトして賄うことになる。

こうして実家の一戸建てに私のひとり暮らしが始まる。齢16歳の時だ。

 過酷な現実を突きつけられ、普通なら『何で?自分はこんな状況に?』って思う事も多々あるだろうが、【楽しい事】を基本幼い頃から考え続けていた私にとっては、現実を直視しても、『想定内』の出来事でしかない。過酷な事が楽しい事??って思われるかもしれないが、考え方は逆で『最悪な事』を想定しておいて、その状況を回避できれば楽しい事に繋がる。という発想。今回の場合は、喧嘩にならなかった事。そして、あえて想定外といえば、兄が出ていった事。

私が生きていられるのは、幼い頃からいつ精神的にも肉体的にも壊れても、おかしくない状況の中で生活していて、でも『生きている』。この【事実】。現実を逃避し続け、妄想の中で生活を続ける考え方が二通りあり、[現実を回避した場合]と[現実から遠ざかる事]。後者は幼い頃に多く、知恵や経験が増えると前者が多い。誰でも本音を語ればキリが無いが、現実に直視しすぎると、私の場合ほとんどがマイナスになる。現実がマイナスでも、その穴埋めを【妄想の世界】で、できるかは一般的に疑問だが、諦めたら何もできない。

プラス思考の話なのか、逆にマイナス思考なのか曖昧である。

想定内でほとんどの事が収まれば、悲観的にもならない。でも現実には悲しく苦しい状況は変わらないかもしれない。『だから何?』でも、生きてんじゃん!!!

架空の妄想の中では【一般的な家庭】の中で家族仲睦まじく生活はしています。だったらその事に近づくために努力すればいいじゃん!!と思うけど、それは大人ならばね。周りに味方がたくさんいればね。誰が信じます?今までの有り得ない生活を。私はこの頃は普通ではない生活を経験している事は理解していたので、周りにはほとんど語らず、自分の中で、妄想の中で常に解決していくようになっていた。

 学校生活は、みんな勉強が好きな連中ばかりで『楽しい事』がなんなのか将来どうしたいのかはっきりしない、一般的な家庭に育ったまだ精神的に子供ばかり。一生懸命将来を考えているのだろうけど、自分自身の路線なのか親に言われた路線なのか、どっちにせよ人生を謳歌している感じの輩は周りにほとんどいなかった。捻くれた考えかもしれないが、私も当然世間から見ればまだまだ子供であるが、普通ではない発想や経験があると自負していた。気が合う友達も学校に数人いたが、バイト禁止の学校だったので、学校にバレたら退学になるのは必須であったが、気の合う連中は知っていて、中には同じく内緒でバイトしているか、家の商売を手伝っている仲間であった。

親にも学校にも内緒にしていたが、仕事は水商売をして、年齢を5歳くらい偽り、お酒も飲んでいた。まぁ一般的に許されない事だが、早く大人びたかっただけである。接客業だったので年齢がバレたらマズイから、誤魔化して高校生ではなくフリーターとして通っていた。どんな生活でも仕事でも大丈夫と勝手に思い込んでいた。

当時はやはり『大人』と付き合いがあるほうが、数倍楽しかった。だって知らない世界ばかりだったから。人道からは外れていたとしても、自分の考え方を語れる大人との会話は自分の人生勉強になっていて、何もかもが新鮮で、私からすれば、子供の頃に思い描いていた『自由な考え方』が存在していた。

そりゃあもう学校より仕事している方が楽しくなるのは私にとって必然であった。

道を外した事を言い訳にしているわけではないが、集団生活だけを知り、『一般的』な枠に収まる事がステータスに感じる事に、どれだけの楽しみと夢があるのか?

個人差があるのは『生活環境』と『個人の思考』であろう。

道を外さない事が前提で世の中には収まるし、他人に迷惑を掛けたり犯罪を犯した訳ではなければ、自由では?

こうして一般的な方向性とは違うかもしれないが、自分だけが思っていただけの大人の階段を昇り始め、結局『普通の生活』を知らずに、自由を求めただけの世界に入っていく。つまり【裏の世界】にはまっていくようになるが、その頃は人生の折れ線グラフでやっと”0”を超えてプラスの楽しい世界を歩んでいくと信じて止まなかった。

高3頃には、学校の仲間は大学受験のために付き合いはほぼ無くなっていて、学校での自由時間も増え、仕事の時間も収入もかなり増えていき、職場の知り合いと飲みに行く機会も増えていき、いろんな大人の遊び場に連れていかれたりした。友達の知り合いとか紹介されることが多く、友達が増えていくのは楽しかったが、知らない世界を知るようになったり、楽しみだけ優先するような行動が、しばらく抜けきることができない人生の暗闇のトンネルに突入していってしまう。

普通に考えて常識があれば、まして大人びた考えがあるのならば、気付く筈だと思われますが、ここら辺の心情は理解されるのが難しい。

今までの人生の優先順位の問題で、楽しさを小さい頃から知っていれば、周りに教えてくれる人間がいっぱいいて、さらに上の段階を進み、嫌なことは避ける事ができるから、選択肢の数が多い中から進むことになるだろう。しかし、妄想の中だけの喜びと、現実に起きてる悦びは当たり前のように違い、現実の楽しさを知っている数が極端に少ないと、選択肢がほぼ無いので、目の前の【楽しい事】に飛びついてしまい、先のことはあまり考えず瞬間的でも優先的に快楽に走ってしまう。

『楽しい事』の先には『もっと楽しい事』があるはずと、短絡的に考えて、とにかく一所懸命に仕事して、収入を得て、友達を増やして、思い描いていた自由ではなく、現実だけを見て、【自由】と勘違いして楽しんでいた。

やがて高校は卒業して、大学にも進む事になるが、親と関わるのはここまでと決めていた。大学が楽しくなければ退学すると宣言していたので、授業料は最初から自ら支払い、その後は自分で決めさせてもらっていた。独立した生活を望むようになっていた私は、大学で知り合った友達とルームシェアすることになり、実家も捨てて家を出た。

18歳の時であった。

・・・そして私は一般的な社会の表舞台から姿を消すことになる。

幼い頃の【妄想】が現実になったと勘違いして、裏社会の入り口で自由を手に入れた私は、【いつか人生の希望通りの春が来る】と思い続け、すべてのそれまでの信じられない苦しい生活から解き放たれた開放感で、妄想の世界をほぼ忘れ、現実的な世界に『逃げ道』を知るようになり、ついでに人の道もどんどんと踏み外して、想像がつかないとても信じられない人生のどん底を歩みだすことになる。




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