桃太郎 ~愛憎の果て~

回道巡

むかし・・・、むかし・・・・・・

 むかし、むかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。


 ある日、おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に出かけていきました。


 おばあさんが、川辺でせっせと洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れてくるではありませんか。


 驚いたおばあさんはその桃を拾い上げると、家へと持って帰ることにしました。


 その日の夜、おじいさんとおばあさんが桃を切り分けると、なんと中から可愛らしい男の赤ん坊が出てきたではありませんか。


「なんと、驚いた。この子は桃太郎と名付けて立派に育てよう!」


 子どものなかったおじいさんとおばあさんは、そう決めるとこの日から桃太郎を息子として大事に育て始めたのでした。




 月日は流れ、桃太郎はそれは立派な、正義感あふれる武芸達者な青年へと成長していました。


「おじいさん、おばあさん、今日まで育ててくれてありがとうございました。しかし私は旅立たないといけません。この地を冷酷非道な鬼が苦しめていると聞いたのです」

「桃太郎や、そんなこと、お前がしなくてもよいではないか。ずっとここにいて儂らと一緒に暮らしておくれ」


 桃太郎は決意を語りましたが、名残を惜しむおじいさんは引き留めようとしたのでした。その時、ふすまを開けて出てきたおばあさんは手に何かが入った袋を持っていました。


「おばあさん、それは?」


 桃太郎が聞くと、おばあさんは悲しそうで、辛そうな表情で教えてくれました。


「これはキビ団子だよ。旅に出るなら持っておいき。おじいさん、桃太郎は立派になったんだ、独り立ちするのを引き留めてはいけないよ」


 そうおばあさんが沈鬱にいうと、おじいさんも頷き、若いころに使っていたという具足と刀を身につけさせてくれたのでした。


「それでは、行ってまいります。けれどこれでお別れではありません。私はきっと生きてここへ帰ってきますから」


 そう、桃太郎が言うと、おじいさんとおばあさんは目に涙を浮かべながら送り出してくれたのでした。




「まずは鬼の詳しい話を調べなければ。もし、そこの去っていくお方、話を聞いてください、去るお方、おいサル!」


 そそくさと離れていこうとする小柄な村人は、桃太郎が丁寧かつ執拗に声をかけると、振り向いてくれました。


「へぇ、お屋敷のおぼっちゃんが何のご用でしょう?」


 おじいさんとおばあさんの住む立派な家は、この村ではお屋敷と呼ばれており、桃太郎はそこの跡取りと認識されておりました。


「鬼の話を聞かせてくれ」

「は!? いえ、そんな、アッシの口からは、ちょっと・・・」


 口ごもる小柄な村人、もといサルでしたが、桃太郎がキビ団子を口に押し込むと、様子が変わりました。


「はぇー、おにですかあ? そりゃあ、ぼっちゃんがいちばんごぞんじでしょー?」


 サルは従順ではあっても、呂律が回らなくなってしまい、これでは何を言いたいのか分かりません。


「しかたない、別の・・・、この家の者に聞くか」


 桃太郎は近くにあった、みすぼらしい民家の戸を叩き、声を掛けました。


「もし、どなたか、いるのは気配で分かっているのです。聞きたいことがあるので、話だけでも。あの・・・、居留守、居ぬ振りですか? おい、出てこいイヌ!」


 桃太郎が怒鳴り散らすと、中から恐る恐る背の高い男が顔を出しました。


「へぇ、その・・・、なんでしょ?」


 小声でぼそぼそと話す長身の男、もといイヌでしたが、早くもいらっとした桃太郎にキビ団子を押し込まれると、顔を真っ赤にして怒り始めてしまいました。


「て、て、てめぇらが! てめぇらみたいなお、お、おにがいるからぁ!! おにの、おにのいちぞくのぉ!!!」

「やめて父ちゃん! どうしたの、みんな殺されちゃうよ!!」


 イヌが訳の分からぬことを喚き散らすと、中から出てきた幼い娘が必死で抱き着き、中へと引きずり込んでしまったのでした。


「わからない、何も情報が集まらないな。やはり村人ではなく、村へ来ている行商の者にでも聞いてみるか」


 そういうと、桃太郎はみすぼらしい村の端で、得体のしれない布切れを売る商人を見つけ、声を掛けました。


「商人の方、少しよいだろうか? 私は鬼の噂を調べているのですが、何か・・・。あの、返事くらい・・・、聞こえているだろう? おい、この布、いや生地売りの、キジ!」

「・・・・・・・・・」


 しかし、いくら凄んでも怒鳴っても商人はただ茫洋と桃太郎を見つめるだけで何も言いません。そこで、桃太郎はキビ団子を取り出し、ろくに反応を示さない商人の口へと押し込みました。


「・・・っ、・・・ふ、・・・ふふ、ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」


 ただただ笑い続けるキジから情報を得ることを桃太郎が諦めたその時、ぴたりと笑いを止めたキジが、急激に焦点の合う目で桃太郎を見つめ、厳かに告げたのでした。


「っぐ、げほっ。これはキビ、鬼肥キビ団子か、鬼が肥え、人は狂うという。少年よ、聞け。これを食べた以上私はもう長くない。よいか、少年の探す鬼、情深い其方にとって最も倒しがたい相手だ・・・それは、っぐ、げはぁ」


 そういうとキジは動かなくなってしまいました。しかし、それで桃太郎には十分だったのです。




 育った家へと帰り着いた桃太郎は、意を決して扉をあけ放ちました。


「ここへ、戻ったということは、もう鬼を・・・、見出したということじゃな?」

「はい、いや、ああ。そうだ、見つけたぞ、この、この鬼めぇ! よくもこの私を騙して育てたなあああああああ!」


 そう、そこにいたのは育ての親のおじいさんであり、この村に君臨する鬼の片割れ、怨爺惨だったのです。


 桃太郎は、怨爺惨から今朝渡された刀を複雑な思いを振り払うようにして抜き放ちました。


「一撃できめてやるぅぅうう! 斬鬼一閃、やあああああ!!!」

 どばっ、があああああんん!


 大音声を響かせて、桃太郎の放った横一閃の斬撃波は室内の調度品を破壊しつくし、その中心に立つ怨爺惨を壁まで吹き飛ばしました。


 しかし、しかしなんということでしょう! 怨爺惨はすぐに、何事もなかったようにすっくと立ちあがったのです。


「ふは、ふふは、ふはははははははははは! 甘いぞ桃太郎よ。儂の教えた技だぞ。それは本当はこういう技だ。斬人一閃!」


 怨爺惨がそのどす黒く、丸太のように太い腕を振るうと、横なぎの漆黒の衝撃波が桃太郎へと牙を剥きました。


「それは、人に対して絶大な威力を誇る鬼の秘技じゃあ! 桃から生まれたとて人族であるお前は・・・、てなぁにい!?」


 言葉の途中で、怨爺惨は目を剥き、驚愕に打ち震えました。


 そこには無傷の桃太郎が立っていたのです。


「どういうことだ。私は、人ではないというのか!」

「そうなのです、黙っていてごめんなさい」


 いつから居たのか、部屋の端には鬼のもう一体、かつてのおばあさんである、怨婆惨がいたのでした。


「なんじゃあ! 何を言ってぇおるう!」

「ごめんなさい、怨爺惨。あの桃はフェイク。あなたを欺くための欺瞞工作だったのです。本当はそこの桃太郎は、このわたし、怨婆惨と天界の神族との子ども・・・、だったのです」


 あまりの真実に、誰も何も言葉を発することができません。


 しかし、しばしの静寂の後、響いたのは怨爺惨の血を吐くような哄笑でした。


「ひはぁ、ふひはははははは! なんと、なんと滑稽な事か! 欺かれたは儂であったか! この、このくそ婆ぁがああああ!!」

「はぐっ、も、桃太郎よ、この悲しい鬼の一族を・・・、お、わらせ、・・・て」


 怨爺惨の腕に腹を貫かれた怨婆惨は、抵抗らしい抵抗もみせず、ただ桃太郎へと言葉を託して、一粒の涙と共に落命したのでした。


「こん・・・な。こんなことぉ、もおやめてくれえええ!」

「なんじゃ! なんじゃこの光はあああ!」


 その時、怒りと悲しみによって育ての親への愛も憎しみも超えた桃太郎は、鬼族と神族の血がその身の内で共鳴し、それらを超越した存在“鬼神・桃太郎”へと覚醒したのでした。


「もう、終わりにしよう、怨爺惨、いや、おじいさん。これがぁぁ! さいごのぉおぉぉ! いちげきいいいいぃぃぃっぃぃっぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

「この、ひかりはぁぁぁ、あた、あたたかいいいいいいいいいいひいいいいい!!!」


 鬼神・桃太郎の放った全力の一撃、桃魂奉刀ピーチコンポートによる眩い光の斬撃の中で、おじいさんは確かな温かみに包まれ、穏やかな顔つきで消滅していったのでした。


 めでたし、めでたし

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