人生の天秤

 どこかの偉い人が言ってた気がする、幸福と不幸はバランスがとれていなければならない。さながら釣り合った両天秤のように。


授業終了のチャイムが鳴り昼ご飯を食べながら話す。

「あー、反抗期?思春期男子特有のあれだろ?日常が嫌でこの世の全てに反抗したい的な?女の私には分からんけどさ。」


 いや、俺はゴジラかなんかかよ


「いや、そんなんじゃなくてさ。なんかこうむずむず?っていうかもやもや?っていうかなんつーか壊したいんだけど壊したくない?みたいな」

「んー、全くもって分からんけどさ、壊したくないと少しでも思うならそのままの方がいいんじゃないかな?壊すのは簡単でもその後それを直すのは難しいって話じゃん?」

「それだと解決しないんだよなぁ....」

「難しいねぇ思春期男子」

「うっせ」


 そう、こんな毎日だ。こんな何気ない会話が楽しくて、そして一日が終わる。何かが違う。いや、違くはないんだけど理想通りではない。ただ何が違うのかは分からない、そんなもやもや。

「気づき始めちゃったか...」

「ん?なんか言った?」

「いーや、なんでも」


 そんなこんなで次の日も平然とやってくるわけだ。見知らぬ顔で、いつも通りを装って。そう、いつも通りを"装って"。


「うわ、あいつじゃん、いっつも独り言ぶつぶつ言ってる...」

「関わんない方がいいよ絶対...」

あぁ、なんでああいう奴らは集団になると陰口を叩きたがるんだろうな、直接言えばいいのに。まぁ俺には関係ないことだからいいのだけどさ...

「まーたなんか上から目線なこと考えてたでしょー。よくないよー、そーゆーの。きみ、友達少ないんだからもっと人と仲良くしなきゃ。」

「いいんだよ、あんな奴らとは仲良くもなりたくないし。ああいう奴らは仲のいい奴のことすらいない所で色々言うんだよ。」

「そんな穿った目でしか見てないから友達が出来ないんでしょ」

「うっせ」


いつも俺が最後に「うっせ」と蜘蛛の子を散らすように手を振ると彼女は決まったように舌を出してベーっと言って笑う。これもまたいつもの光景だ。

「今日一緒に帰れる日だっけ?」

「うん。今日は部活もないし授業が終わったら直帰だよー」

「ならこの前の格ゲーまたやんね?前負け越したのが悔しすぎて一生コソ連してたからさ」

「いいね、やろうか!その程度じゃ私は負けないから!」

授業開始のチャイムが鳴り彼女は前を向き椅子に座りなおす。俺はだるくて授業が終わるまでふて寝した。


「おっまたせー!」

「話長すぎ。そんなにあの男と話すの楽しかったか?」

「そんなんじゃないって。部活のことでちょっと話してただけだよ。身長も小さいし格ゲー負けて意地になるほど器も小さいときた。そんなんじゃモテないゾ?」

キレた。

こいつを無視して足早に帰宅路を辿る。

「ごめんって。さすがに言い過ぎたよ」

謝られても俺は無反応を貫き通す。

「ちょっと待ってってば!そんなに急ぐと危ないって!」

その時だった。俺はイラつきすぎた余り信号を見ずに横断歩道を渡っていたらしい。気づいたときには軽トラが真横にいた。

「やばっ」

駆けだそうとするももう遅い。覚悟を決めて身構えた瞬間俺の体は突き飛ばされた。最後に見た光景は彼女が俺を突き飛ばし彼女が轢かれる瞬間のはずだった。しかしトラックは何にぶつかることもなく急ブレーキの影響でスライドしながら止まった。

「・・・は?」

状況が一向に飲み込めず困惑する。

「どういうことだよ。お前は俺をかばって轢かれたはずだろ?どうして平然とそこに立ってんだよ!」

「どうしてって、なんだい?私は轢かれて死んでいて欲しかったのかい?」

「そういう事いってんじゃないだろ!」

「あーあ、もう言い逃れできないか・・・」

「人間には幸福の他にそれと全く同じ量の不幸が常に必要である。ドストエフスキーの言葉だけどさ、君はこれの逆なんだよ。」

「君は何にも悪いこともしてない。私も何も悪いことはしてない。それでも私は轢かれて死んだ。だから二人分の不幸と釣り合う幸福として君にだけは私がずっと視えるようになった。私も君とコミュニケーションが取れるようになった。それだけのことさ。」

「言ってることがわけわかんないんだよ!説明になってないんだよ!」

「まぁ、今君を救ったことでつり合いが取れちゃったみたいだけどね。」

そういう彼女は光に包まれて今にも消えそうになっていた。

「何がつり合いだよ!俺はまだ想いも伝えてないしお前に勝ち越してもいないだろ! 逃げんなよ!」

「想いなら十分伝わってたよ。君が私のことを好きだって。それでも私からは言えなかった。私はもうこの世にいない存在。君を縛ることはしたくないんだよ。」

「そんなこと知るかよ!俺にはお前しかいないんだ!だから・・だから・・・!」

彼女は満面の笑顔を浮かべながら消えていった。


あれから数年たった今でも俺は毎年この日にあいつの墓参りにきている。あいつはもう死んだけど俺はまだ生きている。あいつに生かされた命がある。だから精一杯神様とやらに中指立てながらあいつのために生きようと思う。



「もっとちゃんときれいにしてよー」

「うるせえよ、文句言うなら自分でやれ。」

「私もう触れないもーん」



じゃないと隣にいるこいつがうるさいからさ・・・

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徒然なるままな日常 久世音糸 @neitoo

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