終章 夢みるカマキリ 2


 赤城さんは感動してる。

 僕には微妙にクギさしてるようにも聞こえたけど。


 蘭さんは強いよね。つらいことも悲しいことも、糧にして生きていける。

 蘭さんが輝いてるのは、その内面の強さのせいだと、僕は思う。


 すると、今度は川西さんが、園山さんに謝罪を始めた。

「園山くん。ごめん……ほんまに、ごめんな。君が苦しんどるとき、なんの力にもなれへんで。昔も、今も」


 園山さんは首をふった。

「そんなことない。川西くんのおかげなんだ。川西くんは僕のことなんか、とっくに忘れてると思ってた。でも、川西くんは、おぼえててくれた。たった一人でも、僕のこと、ずっと忘れずにいてくれた人がいたんだと知って、すごく嬉しかった。あのおかげで、僕は目がさめた」


 もしかして、あのときのことか。

 蘭さんと入れかわった園山さんが、退院してマンションに帰ってきた日。猛が勝手に川西さんを呼びだしてた。


 そういえば、あの日は、いやに猛が無神経なことばかりすると思ってたけど。

 あれって、川西さんの気持ちを園山さんに伝えさせようっていう、猛の思いやりだったのか。

 猛って、ほんと……カッコイイよ。

 兄ちゃんでなければ、惚れてた。


「園山さん。形成手術、あさってからですね」


 僕が言うと、園山さんはモジモジした。蘭さんのマネをやめた園山さんは、いつも、こんな感じ。


「今は形成の技術が発達してるから、きっと、よくなりますよ」

「ありがとう。でも……」


 園山さんは、えんりょがちに語る。


「でも、いいんです。結果が、どうであれ。僕は気づきました。僕が蘭……さんになりたかったのは、蘭さんのように美しくなりたかったわけではないんだと。僕は蘭さんのように、みんなに愛されたかった。

 入れかわっていたあいだの二週間、蘭さんとしてだけど、みんなが、とても優しくしてくれた。今度は僕のままで、こんなふうに友達になれたら……。そう思えたのは、川西くんのおかげです。

 今さら、こんなこと言うの、すごく図々しいんですが……もし、みんなが許してくれるなら、その……友達に……」


 モジモジしてる園山さんの肩を三村くんが、たたく。


「なに言うとるんや。ほんま、今さらやで。オッケー、オッケーや。なあ?」


 三村くん、酔ってるなあ。

 猛も笑った。


「いいんじゃないか。こっちは最初から、蘭だからってわけで、やさしくしてたわけじゃないし。でも、ストーキングは、もうなしな」

「ストーキング……してるつもりは、なかったんですが」

「笑かすぅ。ギャグかいな。あんだけサイコに追いまわしといて」


 もちろん、これは三村くん。


「す、すみません……僕だって、本気で、もう一人の蘭……さんだとか、思ってたわけじゃないです。そうだったらよかったのになっていう、ただの願望で……」


「まあまあ、その話は、そのくらいにしときましょうよ。本人が目がさめたって言ってるんですから、大丈夫ですよ」


 と言って、蘭さんはキャベツの芯を猛の皿に入れた。


「ストーカーっていうのは、自分の欲望を一方的に押しつけてくる身勝手なやつのことです。園山さんは僕のかわりに、自分の身を犠牲にしてくれた。他人の痛みを肩代わりできる人は、ストーカーではありませんよ」


 よし。僕も助太刀だ。


「そうだよ。園山さんは、もう僕らの友達だよ。だから、別の人になったりしなくてもいいんだ。園山さんのままで」

「かーくん」


 園山さんの医療器具をつけた両眼から、ぽろぽろ涙がこぼれてくる。

「ありがとう。本当に、ありがとう」

 園山さんは、あふれる涙をぬぐおうともしない。


「ハナカマキリを知ってますか? 僕は、それなんですよ。生まれつき全身が白いカマキリなんですけどね。花のふりして、花の香りを発し、蝶やミツバチを待ちぶせするんです。もちろん、虫を捕食するための擬態ですが。

 たぶん、僕はハナカマキリのなかでは落ちこぼれなんでしょう。本気で花になりたいと願ってしまった。なれるわけないのに。夢見ていれば、いつかなれるんじゃないかと思い続けていた。仲間が次々、脱皮して、茶色く変色した大人のカマキリになるのを、ただ、ながめていた。花でもない、カマキリでもない。何者でもないまま」


 夢見ていれば、いつか違う自分になれる。いつか、その日が来るのを、じっと待ち続ける。つらい現実から目をそらして……。


 その姿は、ふと、僕に井上さんを思いださせた。


 井上さんも、そうだったのかもしれない。自分では、どうしようもないから、誰かが助けだしてくれるのを待っていた。ぬけだせない泥沼のなかから、つれだしてくれる人を。

 それが、奥瀬さんだったのだ。


 彼女は花になれたんだろうか。

 きっと、なれたんだろうと僕は考える。彼女のあのやすらかな死顔が、そう語っている。蘭さんみたいな華麗な花じゃないかもしれない。けど、彼女は、きっと白い花。はかなげで、かれんなシラサギ草あたりかな。


「さ、飲もうぜ」と、猛が言った。

「そうだね。今日はもう、パアッと飲んじゃお」


 飲み始めると、井上さんは、また遠くなる。

 こうして兄ちゃんや、蘭さんや、みんなと毎日をすごしてるうちに、僕は井上さんを思いだすことも、少なくなっていくんだろう。


 だけど……。


(僕は忘れないよ。君のこと)


 道ばたで、まちかどで、花屋で。

 白い花を見るたびに、僕は思いだす。

 彼女の遺した、あの笑みを。

 ほのかに甘い、夢見るような、あの……。




 シリーズ第三話へ

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東堂兄弟の探偵録〜第二話 夢みるカマキリ〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo

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