終章 夢みるカマキリ 1



 僕たちの日常が帰ってきた。


 奥瀬さんが自首し、事件は落着した。

 園山さんも、いったんは自首したんだが、とりあえず保釈されている。

 奥瀬さんが、園山さんは、だまして利用しただけだと自供してくれた。きっと裁判でも有罪にはならないだろう。


 さて、今日は蘭さんのお帰りパーティー。

 マンションに集まったのは、僕、猛、蘭さん、三村くん、赤城さん、川西さん、蘭さんパパ。

 さすがに、兄は来ない。もうあきらめて、来ちゃえばいいのに。

 それに、園山さんだ。


「おめっとさん! よかった。よかった。事件も解決したし、蘭も、ぶじやったしな」


 カンパイしたあと、いきなり三村くんは、とばしてる。

 でも、蘭さんは、憂うつそうだ。


「僕は手放しで喜んでばかりもいられないんですよね。この事件のせいで、締め切り落としちゃいましたよ。僕の信用が……」


「ええやんか。命さえあれば、とりもどせへんもんなんかない。また頑張ればええんや」


 たまには、いいこと言うなあ。三村くん。


「そうだよ。蘭さん。僕、ほんとに、どうしようかと思ったんだよ。蘭さんがヤケドしたと思ったとき」


 九重さんが、うなずくのはわかるけど、赤城さんまで涙ぐんでる。赤城さん、ほぼ下戸なんだよね。


「ご心配かけて、ごめんなさい。これからは気をつけます」と、蘭さん。


 気をつけるって……僕にかなあ。良心が痛い。

 申しわけないんで、せっせと肉を焼く僕だった。


 今日は焼肉パーティーね。高級肉、蘭さんが用意してくれたんで、猛もミャーコも大喜び。


 ミャーコなんか、蘭さんが帰ってきてから、ストーカーなみに蘭さんにつきまとってる。しかし、ミャーコのストーキングには、蘭さんも笑顔で応えるのだった。ミャーコは蘭さんと園山さんが入れかわってることに気づいてたのかもなあ。


「それにしても、僕、一つだけ、わからないことがあるんだよね」


 猛がトイレに立ったんで、僕は後を追って、たずねた。


「川西さんの死に顔写真。あれは、なんでだったのかな? だって、川西さんは、イジメとは無関係じゃないか。瑛二くんの悪口、言ったわけでもないし」


「ああ、あれな。あのとき、あの場を回避したら、翌朝には未来が変わってた。てことは、あの夜、一人で帰してたら、見ちゃいけないものを見てしまったってことなんだろうな。たぶん、奥瀬さんが、桜井さんから翌日の墓参りのことを根掘り葉掘り聞きだしてるとことか」


「あっ、そうか」


「川西も中二のとき、蘭と同じクラスだったろ。奥瀬さんが奥瀬瑛二の兄だと知ってるだろうし。うっかり、奥瀬さんに声でも、かけたら、奥瀬さんは警戒する。これから、復讐の最終段階にかかろうとしてるんだ。川西に真相を気づかれたかもしれないと思えば……まあ、殺すしかないだろうな」


「あれ? でも、あの夜、奥瀬さん、洛遊に来てたっけ?」

「うちのメンバーじゃないよ。おれが清算して出てくとき、桜井さんたちのなかに、まじってたんだ」


 そう言われると、僕の淡い記憶のなかに、誰かが奥瀬さんの名前、呼んでたような……。


「あのとき、奥瀬さんが、おれたちに気づかなかったとは思えない。おまえたちは店さきで、おれを待ってた。それに、蘭がマスクやメガネ外して、桜井さんと話してた。いやでも、気づくだろ? なのに、なんで、おれたちに、ひとことも声をかけなかったのか。あの人が、おれたちや桜井さん、両方と親しくしてることを、知られたくなかったからとしか思えない。変だな、とは思ったよ」


「だから、そういうことは、弟の僕には言っといてよね」


「だって、あの時点では、奥瀬さんが、蘭の言う『瑛二』の兄だと知らなかった。おれが知ったのは、蘭の兄貴から名簿、もらったときだからな。気のせいかと思ったんだよ。見間違いかなと」


 まあ、猛だって、全知全能ってわけじゃないからね。念写が撮れること以外は、ただのスゴイ人だ。


 僕が宴会場(リビング)に戻ると、すっかり酔っぱらった赤城さんが大声をだしていた。


「蘭。君が好きだ。結婚しよう!」


 あーあ、言っちゃった。

 蘭さんは即答。


「できません」

「あっ、そうか。日本じゃムリか。じゃあ、つきあってください!」

「だから、イヤですってば」


 赤城さん、撃沈。カーペットに両手をついた。まあ、当然の結果だ。


 蘭さんは、ほほえんで、赤城さんの手をとった。

「友達のままでいましょうよ。僕、友人としてのあなたはキライじゃないですよ。赤城さん」


 あ、速い。赤城さん、復活した。


「蘭! ありがとう」


 抱きしめようとするので、蘭さんは片手で押しのける。

「ただし、セクハラはなしね」


 九重さんは心配顔だ。

「蘭。ほんまに、この人、大丈夫なんか? またあとで、えらいめにあうんちゃうか?」


 そりゃ心配するよね。僕でも心配。


「赤城さんは大人だし、紳士だから、僕が嫌がることはしないよ。ね? 赤城さん」

「しません。誓います」


 蘭さんは、ちょっと遠い目をする。

「瑛二にも、友達ならいいよって、言ってやるんだったかなあ。たしかに、さんざん甘えて、たよってたのは、こっちだし。ふりまわしちゃったのかな。奥瀬さんが、どう思ったのか知らないけど、僕は本当に瑛二のこと好きだった。今の猛さんみたいな存在」


 あ、赤城さんのジェラシーの目が、猛に……。


「瑛二にも、沙姫にも、もう一度だけでいいから、会えたらいいのにね。死んだ人には、あやまれない」


 でも、蘭さんは笑った。

「あんな後悔はしたくないんです。だから、赤城さん。あなたのことも受け入れますよ。これまでどおり、友達でいてください」

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