五章 あばかれる魔術 3—4
「ずっとじゃない。あのときは本当に君に同情した。男友達に好きだと迫られて、『はい。いいですよ』と言える男のほうが、少数派やろ」
それは、そうですよね。僕だって、イヤだ。
「だから、不幸なことだが、しかたないと思ってた。今年の夏までは」
夏といえば、蘭さんが帰ってきたあとだ。それに、蘭さんの自伝が発売されたのも、そのころだったかな。
僕の読みは的中した。
「自伝だよ。あんなん出さんかったら、よかったんや。おれも読んでみた。そのときは、とくに、なんも思わんかった。けど、そのあとだ。あの女たちと、ぐうぜん、会ったのは」
猛が問う。
「山崎、須永、橋田、八木、渡辺の五人ですね?」
「ああ。たまたま行ったバーで、彼女たちは騒いでた。あの自伝の話で盛りあがってたんだ。会話の内容から、瑛二の以前のクラスメートで、熱烈な蘭くんのファンだとわかった。そこで、あの女たちは侮辱したんだ。瑛二を……」
奥瀬さんの話によると、こんな感じだったらしい。
『知っとる? 蘭くん、京都に帰ってきとるらしいで』
『ほんま? 会いたいわあ。どこに住んどるんやろ』
『そこまでは知らんけど、男の人といっしょらしいってウワサやで』
『いやや。また、おそわれたら、どないすんのん。自伝、読んだやろ? 高校んときの親友って、奥瀬やんな? また、あんなんなったら』
『あいつ、おかしい思ってたんや。いっつも蘭くんのあと追いまわしてなあ』
『あたし、奥瀬が体操着に頬ずりしてんの、見たことある』
『いややァ。きしょい』
『死んで正解やわ』
——と、まあ、こんな感じだ。
奥瀬さんは続ける。
「もういいだろう。とにかく、遺族として、絶対に許せない暴言を、とめどなく吐いてた。許せなかった。
でも、本当に怒りを抑えきれなくなったのは、蘭くん、君に再会したときや。おれは君が泣いて暮らしてれば、ゆるせたのかもしれないな。でも、会ったとき、君は新しい友達を作って、楽しそうにやっていた。ばかりか、よりによって女装して、幸せそうに男と手を組んでるじゃないか。
じゃあ、なんで瑛二は死ななあかんかったんかなって思ったよ。悪いのは瑛二やなかった。こんなふうにして瑛二をたぶらかした、君が悪いかったんやって。なのに、瑛二は死んでまで、あんな下品な女たちに笑い者にされて。そう思うと、急に君が憎くなった」
違う。蘭さんだって苦しんだ。そんなの、逆恨みだ。
「そのころだよ。園山くんと、井上さんに出会ったのは。この二人を使えば、復讐できると、ふと思った。蘭くんも、あの女たちも、まとめて殺してしまえると。そうしなければ、瑛二の名誉は回復されないような気がした」
猛は言った。
「それだけじゃないですよね? 奥瀬さん。あなたが殺意を決定的にしたのには、井上さんの存在も関係してるんでしょう? 彼女を共犯にしたという意味じゃないですよ。もっと、精神的な意味で」
奥瀬さんは、だまりこんだ。しかし、やがて細く息を吐きながら告白する。
「中学のとき、おれも同じ学校やった。ちょっといいなと思ってた。居酒屋で働く彼女と再会したとき、あの人の、さみしげな横顔に、ひかれた。つきあってくれと言ったけど、あかんかったな。あの人は自分が幸せになることは罪だとしか考えられなくなってた。
『わたし、もう死にたいんです』
あの人は、そう言った。
理不尽だと思った。
誰よりも悔いてる人が、今もこれほど苦しんでる。
なのに、彼女にイジメを強要した女たちは、ゲラゲラ笑って、蘭くんに会いたいなんて、平気でほざいとる。井上さんを死ぬことにしか意義を感じられなくした、あの女たち。責任をとらすしかないと思った。殺すしかないと。蘭くん、君もふくめてね」
蘭さんは、いつものしぐさで前髪を耳にかけた。
「はしゃいでるように見えましたか? わざとじゃないんですけどね。僕は甘えん坊らしいから、甘えすぎてしまうんでしょうね。いろんな人に」
「君は存在そのものが、あかんよ。綺麗すぎる」
それはまあ……否定できない。
僕の怒りも、悲しみに変わる。
「じゃあ、井上さんを殺したのは……」
「彼女が死をのぞんでたからだよ」と、奥瀬さんは、つぶやく。
「おれが胸を刺したとき、あの人は、ほほえんだ。ありがとうと言って」
ありがとう……悲しい人生を終わりにしてくれて、ありがとう。
苦しみを終わりにしてくれて——ということか……。
(そうか。彼女の望みだったのか。それで、あんな、やすらかな顔してた。それなら、少しは救われる。井上さんに生きてほしかったと思うのは、僕のエゴ。最期に笑うことができて、井上さんは感謝してたのかもしれない)
「奥瀬さん。自首してくれますよね?」
僕の問いに、奥瀬さんは、だまって、うなずいた。
僕たちは、ひとかたまりになって、稲荷山をおりた。
厄除けのお守りが、きいたのかな。
少し、ほろにがいけど、でも、いやな気分じゃなかった。
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