五章 あばかれる魔術 3—3
「そうさ。桜井さんは、あの店で会う前、おれたちと接触はなかった。したがって、おれたちに店をすすめることはできない」
うん。まあ、そうだ。
「それに店に電話かけて確認した。桜井さんたちの団体のほうが、おれたちよりさきに予約入れてるんだ。おれたちが、あの店に行くことを知って、犯人が追ってきたわけじゃない」
「そこは、まったくのぐうぜんだったんじゃない? たまには、そんなこともあるよ」
「そうかな? このとき犯人は女三人、殺してるんだぞ。おれたちは気づいてなかっただけで、すでに事件の渦中にいたんだ。そんなとき、最大の標的との再会を、ぐうぜん任せにすると思うか?」
それは……考えにくいなあ。
「それに、あの日のぐうぜんは変だった。まあ、蘭と桜井さんが、たまたま顔をあわせることくらいは、あるだろう。同じ京都市内に住んでれば、いつかはな。
でも、あの日は、ぐうぜんが多すぎたよ。蘭、桜井さん、それに井上まで、あの店にいて。さらに、もう一人、おれたちの知ってる人が、あの店にいたとしたら? そんなの、ぐうぜんとは呼べないだろ?
誰かが作為的に集めたんだ。あそこで井上が働いてることを知ってたから。おれたちや桜井さんを行くように仕向けた。
そんなことができるのは誰だ? 桜井さんか? いや、違う。おれたちとも、桜井さんとも、井上とも、個人的につながりのある人だよ。おれたちの自宅に違和感なく出入りし、桜井さんの友人でもある」
たたみかけるように、猛は言う。
「そうですよね? 桜井さんが言ってた二条の友達。それは、あなたですね?」
猛の手が、その人のマスクをむしりとった。
その人の顔を見て、僕は驚愕した。
そんな、ばかな。
だって、この人は、蘭さんと良好だったはずだ。蘭さんを苦しめてから殺すのが目的だなんて。そんな恐ろしいこと、ほんとに、この人が考えるのか?
でも、そうだ。この人がそうなら、蘭さんの買ったネクタイだって、その場で見てたはず。蘭さんのクセやしぐさを観察する機会は、いくらでもあった。正雲の予約は桜井さんから聞きだしたんだろうし。
それに、八波の予言の日記に書かれてた内容も説明がつく。蘭さんと沙姫さんしか知らないことが、八波の日記には書かれてた。でも、それは、沙姫さんの日記を盗み読みするチャンスがあれば、知ることができる。桜井さんの友達なら、家をたずねたときにでも、こっそり。
そういえば、あの月の砂漠の歌詞、ほんとの歌詞と少し違ってたような。
あれって、沙姫さんが間違って日記に書いたものを、そのまま書き写したからなんじゃ?
僕の頭はフル回転で、その人が犯人である可能性を次々、見つけていく。
猛は言った。
「蘭が園山と入れかわったあと、拘束されていたマンション。それは、あなたが経営する二条駅前のマンションでした。ずっと空室になっていた部屋にね。あの部屋のカギを持ってるのは、オーナーのあなただけですよね?」
猛は静かな声で、その人の名を呼ぶ。
「そうですよね? 奥瀬さん」
奥瀬さんは無言で顔をそむけた。
思わず、僕はつぶやく。
「そんな……奥瀬さんは、蘭さんの親友なんでしょ? なんで……」
すると、奥瀬さんの顔が皮肉にゆがんだ。
「親友……? 親友ね」
「ちがうんですか?」
蘭さんが、ため息をついた。
「ちがうんですよ。奥瀬さんは友人は友人でも、もとを正せば、友人のお兄さんなんです。親友だったのは、彼の弟のほうです」
親友? 蘭さんの親友といえば、思いだすのは……。
「そうです。親友の名前は、瑛二。奥瀬瑛二です。奥瀬さんは、高校のとき、僕に失恋して自殺した瑛二の、じつのお兄さんなんだ」
ええッー?
ちょっとビックリしすぎて、僕は目が点になってたと思う。
蘭さんの常識をうたがってしまった。
いくらなんでも、それは遺族の気持ち、考えようよ。
「……よく、そんな人と友達になれたね」
蘭さんは悲しげに目をふせる。
「瑛二を死なせてしまったこと、僕だって悔いましたよ。恋愛って意味ではムリだけど、友人としては好きでしたから。ことわるにしても、もっと別の言いかたがあったかなって。
それで、葬式に行って……でも、家族は誰も、なんで瑛二が死んだのか、理由がわからない。
僕は泣きながら奥瀬さん——雄一さんにだけ打ち明けました。雄一さんは『それは君だって悩むやろう。弟がこうなったのは悲しいが、君のせいじゃない。弟も君が泣いてくれるだけで、きっと喜んでるよ』と言ってくれました。僕は雄一さんが許してくれたんだと思ってた。でも、そうじゃなかったんだな。ほんとは、ずっと、僕のこと憎んでたんだ」
奥瀬さんは、ようやく、口をひらいた。
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