五章 あばかれる魔術 3—2


 えッ、聞いたの? 兄ちゃん。怖いもの知らずだなあ。


「蘭がさらわれた、あの日のことだ。桜井さんは、こう証言した。十一時二十分すぎまで、二条の友達と会っていた、と」

「きのさき3号だよね。八波と井上さんが乗っていった」

「うん。きのさき3号は十一時二十五分に京都駅を出発する」

「じゃあ、犯行はムリじゃないか。列車もだけどさ。五条のマンションに八波が押しかけてきたのは、もっと前の時間だったよ」

「マンションに来て、蘭をさらったのは、園山だよ。井上と二人でやったんだ」

「ああ……そうかも」


 たしかに、マンションに来た八波は、ヘタレだったもんな。

 蘭さんに、あっけなく返り討ちにあってた。


「だろ? つまり、京都駅でタクシーを下車した八波は、園山だ。そこまでのアリバイは、あんまり重要じゃない」

「でも、どっちにしても、十一時二十分まで二条にいたんじゃ、きのさき3号には乗れないよ。二条から四、五分で京都駅まで来れないし……」


 言いながら、僕は何かが、ひっかかった。

 なんか、ものすごく重要なことを思いつきそうになったのに。なんだったかな。あとちょっとで出てきそうな、もやもやした感じ。


「ええと……現地の人が、きのさき3号で到着した、井上さんと八波を見てるんだよね。だから、僕に電話のかかってきた二時には、たしかに城崎に、八波はいたんだ。でも、京都駅を出発するときには、犯人にはアリバイがある。ということは、きのさき3号に京都駅から乗車したのは、園山さん」


「ご明察」と、猛は言った。

 からかってるようにしか聞こえないけどね。


「じゃあ、そのあと、現地で園山さんと犯人が入れかわったってことか。でも、待ってよ。あの時間の城崎行きの特急は、二時間に一本だよね。次の『きのさき5号』で追いかけるんじゃ、ぜんぜん、まにあわないし……」


 僕が考えてると、猛が助け舟をだした。

 やっぱり、これが僕の脳ミソを低下させてる原因な気がする。


「きのさき5号の城崎への到着時間は、十五時四十九分。おまえが警察車両で到着したのと、ほぼ同時。そんなんじゃ、警察より早く、園山や井上と合流したり、殺人現場に移動したりできないだろ。ましてや、犯行におよぶなんて不可能だ」

「まあ、そうだよね。じゃあ、自家用車かな。十一時二十分すぎに友達と別れて、そのあと車をとばせば……」


 猛は首をふった。


「それはない。近所の人の話では、一日じゅう、その人の車は動いてない。まあ、おれは独自に車は使われてない証拠をにぎってるけどな」


 念写か。なら、確実。


「第一、現地入れかわり説だと、見ために特徴のある園山が、京都に帰るのが難しい。駅か検問で絶対ひっかかるだろ?」

「それもそうか……」


 すると、猛は肩をすくめた。

 そんなの、ぜんぜん、たいした問題じゃないんだよと言わんばかりに。


「思いだしてみろよ。桜井さんは、こう言ったんだ。『二条の友達に会ってた』と。二条だぞ。かーくん。天橋立に遊びに行ったとき、『はしだて』だって、停まったじゃないか。二条駅」


 ああッ、これかァ!

 さっきから気になってた、もやもや。


「わかったよ。猛。現地で入れかわったんじゃないんだ。列車のなかで……」


 猛は、うなずいた。

「京都駅から十一時二十五分はムリでも、二条駅から十一時三十分なら乗れるんだよ。きのさき3号は十一時三十分に二条駅に停車する」


「つまり、京都駅で乗りこんだ『八波』と、城崎駅で降りた『八波』は、別人なんだね」


 ここでも、二人の八波が、うまく使われてたのだ。


「京都駅で、わざと人目をひくことを、園山は指示されてたんだろ? 八波が京都駅から乗りこんだことが、警察に伝わるように。そうすれば、八波が一人であるうちは、アリバイが完ぺきに成立するからな」


 蘭さんが首をかしげる。


「じゃあ、ホテルで僕を浴室に入れて放置したあと、園山さんは、きのさき3号に乗ったんですか? 車内で、すぐ入れかわったにしては、長い時間、ほっとかれたんだけど。あのとき、僕は耳をすましてた。園山さんが犯人と二人で帰ってくるまで、ドアをあける音はしなかったですよ?」


「蘭はマンションから、つれだされるとき気を失った。自分が、どのくらいのあいだ失神してたか、おぼえがないんだろ?」

「そう言われれば、そうですね。気づいたら、ホテルの一室だった」

「蘭がホテルで意識をとりもどしたときには、園山は二条駅で降りて帰ってきたあとだったんだ。外出したように見せかけといて、じつは同じ室内で、ずっと、もう一人の八波の帰りを待ってたんだろ?」


 園山さんの頭の動きが、猛の推理を肯定する。


 猛は続けた。


「二条駅で、きのさき3号に乗りこんだ『八波』は、そのまま井上と城崎へ。城崎から井上が電話かけたのは、もちろん、アリバイ作りの最後の仕上げさ。まるで、同一人物みたいに聞こえるだろ。井上といっしょに列車内にいたのが、最初から最後まで」


 そうだったのか。

 脅迫されて、アリバイ作りに利用されて。役めが終わったら、あっけなく殺されて……。

 井上さんの人生は、なんだったんだろう。


「ひどい。そんなに悪いこと、井上さんがした? そりゃ、沙姫さんが自殺したのは悲しいことだと思うよ。だけど、そのこと、井上さんは、あんなに悔いてた。なのに、利用するだけ利用して、殺すなんて。ひどすぎるよ」

「それは……ちがうぞ。薫」


 意外なことに、猛は犯人をかばった。

 思わず、僕は逆上した。


「だって、そうじゃないか! 城崎まで、つれてかれたのは、アリバイ作りのためだけなんだろ? 殺されるために、つれていかれたようなものじゃないか。それを彼女自身が手伝わされてたなんて、かわいそうすぎるよ。そんなに、井上さんが憎かったんですか? 桜井さん。あなたって人は——」


 なぜか猛は絶句した。

 一発ギャグが強烈にスベったときみたいな、このふんいき……なんだっていうんだ?

 しばらくして、猛は気をとりなおした。


「いや、まあ……しょうがないか。おれも、けっこう最近まで、そうだと思ってたからな。蘭を正雲につれていったのは、桜井さん。蘭が一人だったってことは、同じ時間の桜井さんのアリバイもない。殺害動機も、きわめて濃厚。さっきの、きのさき3号のトリックは、桜井さんにも可能だ。それに、桜井さんの身長は、百七十センチ前後。細身。遠目にロングコート着た姿なら、第二の『八波』を演じることはできる」


 だよね。だったら、何が、おかしいっていうのか。

 見つめてると、猛は苦笑した。


「でもな、桜井さんにはムリなんだよ。あの人じゃ、おれたちと、ぐうぜんを装って、居酒屋で出会うことはできない」


 猛は、あの日のことを言ってるんだろうか?


 居酒屋『洛遊』——

 三村くんが帰ってきたお祝いに集まって、飲んだ。赤城さんや馬淵さんも、東京から来てくれた。

 井上さんと初めて会ったのも、あの日だ。


「だけど、現に会ったじゃん。そのせいで、蘭さんは沙姫さんのお墓参りすることになって」

「おれたちが、あの店に決めたの、なんでだっけ?」

「ええと……赤城さんや馬淵さんが迷わないように、京都駅の近くにしようって話したんだよね。それで、誰かに教えてもらったんだ。あの店が、おいしいって」


 あれ? 誰に聞いたんだっけ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る