第25話 電車

「僕が人に席を譲ることは無いと思う」

 ある電車内での出来事だと云う。


 都心部に近い駅を通り過ぎ、電車内の乗客がまばらになった頃でしたね。一人、髪の毛の長い女性の方が乗車してきたんです。

 私の目の前の座席に座って、ずっと頭を垂れていました。黒くて艶のある髪の毛だったのを覚えています。

 私がスマホを片手に頭を上げると丁度目の前にその女性がいるんですが、なぜか目が離せないんですよね。

 微動だにしないんです。体だけじゃない。髪の毛も服も何もかも。


(変わった人だな……)

 とか思いながらも、電車が動き出し始めるとまたスマホの画面を眺め始めたんです。


 駅を二つ三つ通り過ぎた頃、気づいたんですよね。

 駅のホームから電車が出発する時って、車内が少し揺れるでしょ? それに限らず、電車の中ってある程度揺れるじゃないですか。


 彼女だけ揺れないんですよね。全く。


 そんなことがあってからこの話を語ってくれた彼は、電車内の人が極力視界に入らないようにしているらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る