霜月*柊哉と柚月の色(ちょい真面目風)

11月下旬。勤労感謝の日だというのに今日も柊哉は勤労に励んでいた


柚月ゆづきさん、今日の撮影は以上になります。ありがとうございました。」


柚月とは柊哉しゅうやの芸名である

右も左もわからない子役タレント時代から今に至るまで、敏腕マネージャーのおかげで次から次へと仕事をもらい、嬉しい悲鳴を上げている


柚月は何人かのスタッフに頭を下げてスタジオを後にして楽屋へ向かった

今日は雑誌の撮影。昨日はグルメ系の外ロケだった。

男なのか女なのかわからない中性的なキャラで売ってきたが、「男の娘を欲しがってるところはたくさんあるのよ」というマネージャーの言葉通り

おやすみをもらう以前にも増した盛況ぶりだ


豪華な小道具で彩られた撮影スタジオとは逆に、楽屋へ続く殺風景な廊下をひとりで歩いていると後ろからマネージャーの声が響いた


ゆずちゃん。お疲れ様。最近、たくさんお仕事いれちゃってるけど、大丈夫?」

「あ、はい、大丈夫です。」


すらりと背が高い、赤い長髪を流した風貌は昔から変わらない

手や腕の線は骨がしっかりとしていて力強いが一人称が「あたし」なものだから年齢・性別ともに不詳。

聞いたところで「ヒ・ミ・ツ」と言われてしまうんだから長い付き合いとはいえ謎が多い

関係者カードに書かれている名前も常に『あざみ』の三文字だけ。不思議な雰囲気を持った人だ


「柚ちゃんが芸能界に帰ってきてくれて、あたしほんとに嬉しいわ。」

マネージャーは仕事の資料だろうか、たくさんのファイルを抱えたまま、柊哉の隣を歩いた


「それに、柚ちゃんが楽しそうにお仕事してくれるようになった。前の柚ちゃんは、そうね、聞き分けの良いお人形さんみたいで、あたしも見ていて辛かったのよ。だから、もう帰って来ないだろうなと思っていたけど、おやすみの間にいいことでもあった?」

「いいこと、ですか。まぁ、いい人と出会いましたね。」

柊哉は友人たちの顔を思い浮かべた


「いい人っ‼あらやだ、そういうことは早く教えてちょうだい。週刊誌に抜かれない方法を教えてあげる、それと、もし撮られたときの根回しをしておくわ。」


柊哉は慌てて否定した

「いい人って、そういう意味じゃなくて、ただの友人ですよ。高校で俺を柊哉として見てくれるきっかけになった人がいて、柊哉でいられる時間が長くなりました。それで、肩の荷が下りたというか、いい息抜きになってます。」


樹と草真。ふたりには感謝してもしきれない。

そして、葵も


「ずっと好きな人を想って待ってる子がいて、待ってる理由、なんだと思います?」


マネージャーは首をかしげて

「よりを戻したいとか、そういうこと?」

柊哉は静かに首を横に振った

「会って直接謝りたい。って、それだけです。」

「ふうん。なんか訳ありみたいね。」


柊哉は続けた

「よくその好きな人の話をしてくれるんですよ。優しくて、大事に想ってくれてたんだって。本気で、心の底から好きっていうのはこういうことなんだなって、彼女から教わりました。」


マネージャーは神妙な面持ちで頷き、次の言葉を静かに待つ


「芸能界って嘘と建前ばっかじゃないですか。俺だって、作ったキャラクターで出させてもらってるわけで、柚月は実際に存在する人じゃありません。でも、彼女を見てたら、本物の他人を想う気持ちというのを知って、ツクリモノばかりではないと思ったんですよ。」


柊哉は爽やかに笑った

友人たちと出会い、葵に出会わなかったら、きっとこの世界には帰って来なかっただろう


作ったキャラクターではなく、本物の自分を見て欲しい

仕事とプライベートの切り替えができなくなって、オンとオフのスイッチの場所を見失ってしまった

柚月に染まっていく自分が怖くなった

いつか無くなってしまうのではないだろうか、と。


マネージャーは声を潜めて柊哉に尋ねる

「で、その子は想い人とどうなったのよ。」

「あぁ、無事に再会して、毎日いちゃいちゃしてます。そりゃあもう、うざいぐらいに。」

柊哉が笑ったのにつられて、マネージャーも安堵した表情を浮かべた

「あら、そうなの。よかったわね。」


「柚ちゃんは白色。しゅうちゃんは黒色ね。」

「は?」

突然わけのわからないたとえをされて、柊哉は戸惑った

「柚ちゃんは何色にも染まる。柊ちゃんは何色にも染まらない。だけどどちらも色彩を持ってない。ね?」

ね?と言われても、と柊哉は困り顔を浮かべた


「はじめて柊ちゃんを見たとき、あたし、ビビっときたのよ。この子は絶対売れる!って。まだマネージャーとして駆け出しだったから、頼み込んでね、あの子の担当にさせてください!って。あたしの目は間違いじゃなかった。柚ちゃんはね、言われた通り、プロデューサーの思い通りの色に染められる。本当にすごい子だわ。」


「そう、ですか。俺は言われた通りに動いただけですよ。」


すごいのだろうか、ただ人形のように操られるまま動いていただけだ


「でも、だからこそ辛い思いをさせてしまったわね。どんどん柚ちゃんの色が無くなっていくのあたし気が付いてたのに、おやすみする?って聞いてあげられなかった。手塩にかけてきた柚ちゃんを失うのが、怖かったのよ。ごめんなさいね。」


「いえ。おかげさまで、おやすみを頂けて、その上復帰してからも仕事をもらえているのはマネージャーのおかげです。これからも、頑張ります。」


頑張ります。その言葉が出た瞬間、マネージャーはにこりと怖いくらいの満面の笑みを浮かべた


「じゃあこれからは、俳優さんの道もどう?演技の勉強をして、柚ちゃんならきっといい俳優さんになれるわよ!

それとも歌手になる?アイドルは・・・ちょっと始動が遅いけど、まあ柚ちゃんは頑張り屋さんだから大丈夫ね。ダンスのレッスンも入れておこうかしら。

あとは、バラエティー?それと、個人での動画活動と・・・」


マネージャーの熱量は留まることを知らない

次から次へと、まぁ・・・途中から苦笑を浮かべて聞き流しておいたが

まんまとしてやられたかもしれない。

これは今後も多忙になりそう

侮れない人だ。恐ろしい・・・


柊哉は逃げるように荷物をまとめてスタジオを後にしたのだった

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