長月*もふもふうさぎさんとお月見うさぎさん(ラブコメ風)
爽やかとは言い切れない残暑際立つ9月
そして動物園の一角にある「ふれあい広場」に心奪われ、ちいさなもふもふさんたちとの触れ合いにいそしんでいる次第
藤臣はきゃっきゃっと弾ける葵を、仏様でも拝むかのような優し気な瞳で見守っていた
さながら我が子を見守るお父さん。いや、れっきとした彼氏である
「うさうささんだぁ。かあいいのー。ふわふわぁ、あったかいぞ。」
膝にのせたうさぎをなでなで
うさぎは葵の膝におとなしく収まったまま、小さな手に撫でられるのを良しとして佇んでいる
「なあ、藤臣もどうだ?」
「いや、わたしは、いいよ。ゆっくり楽しんでおいで。」
藤臣は低い柵の外で葵無邪気な姿を見つめた。
藤臣といると時がすぎるのがすごく早い
お昼前に出かけたというのに、もうすでに日は傾き、夕闇を引率する白い月がもう上空に姿を現している
動物園を一周し終わって売店へ立ち寄った
ぬいぐるみやらお菓子屋ら、衣服まで、動物が転写された多くの種類の商品が立ち並び目を奪われる
葵はひとつの商品が気になってそれを手に取った
白いふわふわの生地に、長い耳が生えた髪飾り
『うさ耳カチューシャ』と銘打たれたそれをぱくっと頭につけて藤臣に見せる
「見て見てー、藤臣ーっ。」
耳をぴょこぴょこ曲げたりのばしたりできる仕掛けらしい
「葵うささんだっ。」
「か、かわいい・・・・。」
「おそろいでつけよう。」
「え、それは、、勘弁してください。」
「なんでだ、ぺあるっくだぞ。双子こーでだぞ。」
「いやあ、それつけて街を歩くのは、ちょっと・・・・」
藤臣が苦笑したので仕方なく
『うさみみかちゅーしゃのぺあるっく』は諦めることにして
一緒につけてくれぬのならば良いと申したのにもかかわらず
「今夜はうさぎさんを襲いたい」だのなんだのわけのわからんことばかりつぶやいて藤臣は足早に会計へ向かっていった
そんなにうさぎが好きならさきほどの「ふれあい広場」で藤臣ももふもふすればよかったではないか
「わたしはいい」なんてかっこつけたわりに心残りだったのだろうな。うむ、きっとそうである。
売店を出たころにはずいぶん陽が落ちて、街灯がちらほらとつきはじめている
平安の世とは違って夜になっても街は明るい
行燈を持たずしても足元ははっきりと見え、往来は賑やかである
「そろそろ帰りますか?」
藤臣がそう言って、葵は急に寂しくなった
もうすぐ楽しい時間が終わってしまう、とそう感じたからだ
「やだ。まだ一緒にいたい。」
藤臣に手をひかれたまま葵はしょんぼりとうつむいた
どんなにわがままを言ったところで夜が来るのは必然的で、藤臣とのでえとの時間はそう猶予がないと本当は理解している。
でも、もう少し、少しでいいからと願う心が勝って、藤臣を困らせる
「また来ようね。そんな顔しなくてもこれからはずっと一緒にいられるんだから、ね?」
「うん、でも、」
今日の思い出は今日にしか紡げないのだ
同じように同じ動物園に来たって、見える景色も話す内容も、全部違う
だから、楽しい今日がなるべく長く続いてほしい
「じゃあお月見しようか。今日は十五夜だから。」
「うんっ。」
夜は深くなり、月はますます青白く天に浮かぶ
いつぞや、あれに帰ろうかと悩んだことがある
お前に会うのをあきらめて、違う道を進もうかと
でも藤臣以外の者と婚儀を結ぶのだと聞いたからその話は断った
わらわの想い人はどこにいたって藤臣ただひとりなのだから
黄金に輝く大きな月がふたりを優しい輝きで照らしている
「月のなかにうさぎさん、見える?」
「うん?うさぎさん?」
藤臣からの問いかけに葵は目を凝らして月を見たが、言われてみればまばゆいなかに少しだけ影があるなという程度にしか見えず到底うさぎの形とは思えない
「うさぎさんが餅つきしてる様子に、見えるっていわれてるんだけど。」
「餅、餅、餅つき・・・・」
葵は目を凝らした
が、しかし。
「冬見だいふくにしか見えん。今日のはみたらし味の輝きだな。食べたことあるか?もちに包まれたあいすくりいむでな、もちーんと伸びて冷やっこいのがたまらぬ、美味であるぞ。」
「こりゃだめだ・・・。」
藤臣は月より団子の葵に頭を抱え、首を振った
♪うーさぎうさぎっ、なにみてはねるっ、じゅうごやおーつきさーま、みてはーああねーるっ
ぴょーんぴょーこぴょーんっ
葵は頭にうさぎさんカチューシャを付けたまま、歌いながら跳ねてみた
また藤臣と月を見上げられるとはな
あのときあきらめなくてよかった
藤臣を想い続けてよかった
夜になってようやく涼しさを含んだ風が藤臣の服を撫でた
月光に照らされた儚くて美しい藤臣の後ろ姿
あの日と似ている
1000年前、藤臣と月を見上げていたあの頃に
藤臣は、月下の麗人、その言葉が似合う美しい人だ
と羨望のまなざしを投げかけていたら
藤臣はそれを見透かしたかのか、満月を見上げながら独り言のようにつぶやいた
「葵が
藤臣はゆっくり葵のほうを振り返って
「これからもわたしを照らす光であり続けてください。」
葵は返事の代わりに藤臣が差し出した手を取って、抱きついた
胸に顔をうずめると、腕が背中にしっかりと回されて寄せられる
藤臣の花のような香りが胸いっぱいに広がって心地よくて身が溶けていく感覚に襲われる
藤臣の薄い唇が、葵の唇へそっと、触れた
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます