如月*草真の憂鬱(ちょいシリアス風)

草真そうまは冷たい空気を肩で切りながら、白い息を大きく吐いて駆け足で西園寺家の神社までやってきた


制服の上に着込んだ冬用の厚手のコートの中は汗で濡れているものの、脱いでいる時間さえ惜しいと、はやる気持ちで足を前に進めた

椿つばきと一緒に登下校をしたくて毎日送り迎えをしているのだが、今日はいつもの時間よりも5分ほど遅れて到着となってしまったのだ


『ごめん、ちょっと遅れる』とメッセージを遅れたらいいのだが

あいにく椿は携帯を持っていないので、心の中に申し訳なさを積み上げながらもただただ走るよりほかにない


最後に鳥居へ続く長い階段を、一気に駆け上がって、目的の彼女を探す

同じ学校の制服を着た少女が長い黒髪を冷たい風になびかせながら、首にはマフラーをきつく巻いて手水場の傍でぽつんと立っている


草真は想い人を見つけた瞬間

「ごめん、椿ちゃん」

と言いかけたが、彼女の背後からふわっと現れた麗人に見とれて言の葉を飲み込んだ


儚くて淡い雰囲気を保った和装の男性が椿の傍に立って、ふたりは仲睦まじい様子で談笑をしている

椿の頬はほのかに赤みがさしていて、そして笑い方がとても自然でまぶしくて、草真は愕然と立つ尽くす


俺といるときの椿ちゃんはもう少し硬い。

ずいぶんと彼女を知ったつもりでいたのに、完敗の札を叩きつけられたようで心がチクンと痛んだ


まだお付き合いを始めたばかり、知らないところがたくさんあって当然で、これから深く知って受け入れていけばいい

そう言い聞かせ、自分の身体を奮い立たせてみたが、彼らの暖かい雰囲気に気圧されて草真はただそこに立ち尽くす

自分といる時よりも明らかに柔らかく笑う椿を遠くからぼんやりと見つめていた


椿と話し込む男性が、椿よりも先に草真の到着に気が付いたらしい

「彼くん、来たみたいだよ。気を付けてね、椿。いってらっしゃい。」

「あ、うん。じゃあね、先生。いってきます。」

男性は大人びた余裕のある笑みを浮かべて椿に手を振っている


椿も彼に手を振り返してから、草真の隣へやってきた

「ごめん、草真くん。来てくれてたのに、気が付かなかった。」

「い、いや、違う、俺のほうこそ遅れてごめん。寒いのに待たせちゃった。寝ぐせ直してたら遅れちゃって、せっかくセットしてきたのに慌てて走って来たから、余計におかしな髪形になっちゃった、かも。」


口からついて出てくるのは、他愛のない話ばかり

「さっきの人誰?」と一言、椿に尋ねたいのに勇気が出せず、心はどんよりと重くじっとりと積もる雪を降らせる冬の厚い雲に覆われたままだ


お兄さんというわけではなさそうな気がするし、父親にしてはいささか若すぎる

先生って呼んでいたけど、『好きな人』だろうか。


気まぐれでも、とうていレベル違いの俺なんかと付き合ってくれたことに心の底から感謝をし、人生すべてをささげても良いくらいには入れ込んでいるのだが

本当はああいう大人で落ち着きのある人がタイプだったのだろうか

それならば俺なんてどんな努力をしようとも御門違いにもほどがある


結局、登校時間に謎の男性についてなにひとつ聞き出せないまま、教室に着いた

どういうわけか椿と妙に仲の良い柊哉しゅうやの隣に「おはよう」と声をかけて座り、尋ねてみることにする


「なぁ、椿ちゃん家に綺麗な男の人いるの知ってる?」

「綺麗な男の人?」

「うん。なんかかっこいいっていうよりは綺麗って感じの、わりと細身で髪長くて、平安時代から飛び出してきましたって服装してる人。」


柊哉はその容姿で思い当たる人物がいたのだろう、「あぁ、あの人ね」という風に大きくうなずいた


「やっぱ、知ってる?」

「あぁ、知ってるよ。」

「誰?あの人。もしかして、椿ちゃんの、好きな・・・ひと、とか、だったり、」


自分で話題を振ったのに、思い出して、そして改めて口に出して萎えてしまった

あの人が椿ちゃんの好きな人なら、俺にはどうしたって敵わない。


しょんぼりとうつむく草真を見て、柊哉はぷっと吹き出した

「無い無い。あの人ね、すんごいゾッコンの彼女いるから。なんせ1000年待っちゃくらい。」

「せんっ?1000年?は?なにそれ。」

「いや、ごめん、こっちの話。まぁ、たとえ話みたいなもんだと思っといて。」


そうか、彼女持ちなのか、と草真は少しだけ安堵する

「でも、あの人と椿ちゃんがしゃべってるときの雰囲気、すげえ和やかで、羨ましかった。」

草真はぎゅっとこぶしを握って、唇を噛む


椿ちゃんの理想は、俺じゃないんだろうな。


「お前と椿も十分、新婚ほやほやみたいな雰囲気してるって。」

「ほんとに?」

「自覚ねぇの?今度動画撮っといてやろうか?もう、周りがあきれ返るぐらいあつあつですけど。」


そう、なんだろうか。仲が良い気がするけど、なんかこう、見えない壁というか寄り付き難い感じにひよって、なかなか先へ進めていない


「自信持てって。椿が好きなのはお前、草真だよ。間違いない。だから、そんな不安そうな顔すんな。」

「でも・・・」


以前も同じように、椿の好きな人は柊哉なのではないかと悩んだ末に玉砕覚悟で告白し、今こうして付き合えているんだ

今回も思い過ごしだ。きっと、大丈夫

「わかった。本人に聞いて確かめてみる。」


そしてその日の帰り道、意を決して椿に

「朝話してた人って、その・・・。椿ちゃんは、そういう人がタイプだったり、する、のかな。俺、寄せてったほうがいい?」


椿は驚いて目を丸くする

「いやいやいや、全然、恋愛感情の好きじゃないよ。確かに先生のことは好きだけど、憧れみたいな感じで、頼りになる相談相手っていうのかな。付き合いたいとかじゃなくて、むしろ、今は、草真くんといられるほうが、うれしいっていうか・・・。」

尻すぼみになってりんごのように紅くなった顔をマフラーに埋めた


日中、草真の心の中にしんしんと降り積もっていた雪の中に一輪の花が咲く

一面まっさらな純白の雪が大地を覆ったその中で輝くような深紅の椿

凍える寒さのなかであっても堂々とした大輪を白い世界に咲かせ、草真のほうを向いて笑っている


「そっか、よかった。俺も、椿ちゃんといられて嬉しい。」


少しの風で揺れてすぐに折れてしまいそうになる、草だけれど、

雪にも冬の寒さにも勝てず椿の花とは到底並べるはずもない、弱弱しい草だけれど

いくら踏まれようと、何度刈られようと、根がある限り必ず新緑の葉を伸ばす

草真の根は椿の傍に、まっすぐな葉を生やして同じ雨に濡れ、同じ風に揺れていよう


「彼氏、先生じゃなくて、草真くんでよかった。」

「え、なんで?」

あの人に比べたら俺に勝ち目なんてどこを探そうとないはずなのに


「だってね、先生ってば、久しぶりに大事な人に会えたからってみんながいるのに、べったべった触るし、きっ、きすっとか、するし、それで、ただの愛情表現だよってけろっとした顔してんの。なんかイメージ崩れちゃった。」


あー、先が思いやられるぞーこりゃあ

俺は健全な男子高校生だぞーい

とりあえず、人前でキスは無し。とメモメモ・・・

え、べたべた触るのも?ハグもダメか?

どっかで爆発したら、ごめんなさい


手をつなぐからその先へはまだ、まだまだ、まだまだまだ、当分進めそうにない







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