弥生*椿と草真とのデート(ちょい真面目風)

心得その1

『自然体で』


心得その2

『ごめんなさいよりも、ありがとう』


心得その3

『あなたといられて楽しいを表すこと』


心得その4

『最後は「楽しかったです。また行きたいです。」と伝えること』


椿つばきは、どうしても固くなってしまう草真そうまとのデートの秘策を

藤臣ふじおみに尋ねたのだった

あおいといる時の藤臣は、いや、お互いにだが、春の陽気を思わせる暖かい雰囲気につつまれ、とても楽しそうなのだ


だから、椿も「わたしもそういうふうになりたい。」と懇願し相談を持ち掛けて

そして心得をいくつか教えてもらった


よし、今日は、いける。大丈夫。


キャラメル色のダッフルコートにひざ丈のスカート、焦げ茶色のロングブーツといった女の子らしい服装でデートに挑む

ちなみに洋服は柊哉しゅうやに草真が気に入りそうなものをと頼んだところ、職場で購入してきたと、仰々しいマークの付いた良品を気前よくくれたのだ


ちょっと、いいところ、あるじゃない。

なんだかんだで、草真との関係を後押ししてくれている柊哉には感謝しなければならないと思いつつ、なかなか素直になれない


不慣れなブーツに遊ばれながら、長い石段を下りていく

「あ、椿ちゃん。」

手を振る草真の笑顔がはじけた


3月。暦ではもう春だというのにいつまでも寒さは残ったまま、つぼみはしっかりと閉じられて冬眠から目を覚ます生き物たちの足音も聞こえない

冬用のコートがひゅっと吹き付ける礫のような冬の風からしっかりと身を守ってくれていても手は氷みたいに冷たかった


「寒いねぇ。」

草真は椿の手を取って、その冷たさに驚いたのか、草真の上着のポケットに自分の手と一緒につっこんだ

「あったかいでしょ。椿ちゃん、いつも手が冷たいからポケットにね、カイロぶっこんできたんだ。」

照れているのか、恥ずかしがっているのか、草間はにへらと笑う


「あ・・・、うん。」

なんて返したらいいんだろう。『嬉しい』を表現するのは難しい。先生の手の平にのっている小さな妖怪みたいに無邪気に笑えたら、いいのにな。

下手くそな心に嫌気がさして、また、自信を失くしていく。

こんなんじゃダメだ。せっかく好きになってもらえたのに、私は、彼になにもお返しできていない


すると、肩のあたりから何かの声が聞こえた

「いつも柊哉に、ふんっすんっけっ、ってしてる本性はどこへいったのだ。化け猫でもかぶってるのか、全くつまらぬぞ。」

「え・・・?」

姿こそ見えないが声ははっきりと聞こえる

先生の大事な小さな妖怪、葵の声だ


「藤臣が椿を心配してな、ついて行ってやってくれというから来てみたが、全く・・・予想は当たっておったな。」

葵がおおげさにため息をつきながらそう言った

「うるさい。」


わかってるよ、つまらない人間だなんて改めて言われなくたって、きちんと理解している


「藤臣からの心得はどうした。わらわと藤臣のように、溺れるほどの愛情を持った恋仲になりたいのではなかったのかのー。あーあー、それでは1000年経ったとてかわらぬわ。」


「うるさいっ‼」

あざ笑うような言葉を吐いた小童こわっぱが乗っているのであろう肩を手で強く振り払って叫んだ


図星だった。だからこそ余計に腹が立つ。なんだってあんたなんかに馬鹿にされないといけない

愛情なんてろくに知らない私が今どれだけ悩んでいるかなんて、先生に大事にされてるばっかりのあんたにわからないくせに。


「つ、椿ちゃん?どうした?」

私が急に叫んだものだから、草真は心配そうに、私の顔を覗きこんだ

「いや、なんでもない、ごめん。」


化け猫かぶってたっていいじゃない。好きって言ってくれる人がいるの。私の名前を呼んでくれて、私を見てくれる人がいるの。

それだけで十分だ


姿の見えない小さな妖怪は払ってもまだ肩のあたりにいるようで、諭すような口調で続ける

「椿は、今、楽しんでおるか?草真といられて、嬉しいな、楽しいな、がわらわには全く伝わって来ぬ。怖がってボロを出さぬようにしているばかりに見えるぞ。」


椿はもう一度「うるさい」と言いかけて口をつぐんだ

そして、今度は別の言葉を小声で紡ぐ

「じゃあ、どうしたらいいの。」


藤臣といる葵はいつも楽しそうだ。逆も然り、藤臣の笑顔もこぼれるようで美しい


「藤臣に自然体でと言われたであろう?あとは、そうだな。怖がらずに自分の欠点だと思うところも出してみると良い。わらわは藤臣に教えてもらわねばできぬことが多いが、それでも良しとしてくれておるぞ。」


欠点、かぁ。むしろ欠点だらけで、良いところのほうが少ない

受け入れてもらえるだろうかと不安で、肩が張ってしまっているのを先生にも見抜かれていたのかな


冷たい風を切りながら半歩前を歩く草真が椿のほうを向いて尋ねた

「今日はショッピングで良かった?」

「うん。お洋服とか、あんまり持ってなくて。だから、買いに行きたいなって。」

「そうなの?全然そんな風に見えないけど。今日の服も、か、可愛い、し。」

草真は椿の服を見て、顔を赤らめる

「これは、柊哉が、草真くんの好みそうなのを揃えてくれてただけで。」


肩のあたりでまた声がする

「馬鹿者。それは言わぬほうが良い。」


草真の横顔は少し怪訝だ

椿は何が急に彼の嫌悪を誘ったのか全く理解しないまま、うろたえる

「なんで俺じゃなくて、柊哉なの。」

草真の声色にほんの少しだが怒気が籠っている気がして、心が冷えた

「ごめんなさい。」


草真はポケットの中の椿の手をぎゅっと強く握って

「なんで謝るの。」

怒っている、いや、瞳の奥は哀しみに揺れていないか

「ごめんなさい。」


返す言葉が見つからないまま、口をついて出るのはすっかり言い慣れてしまった謝罪の言葉

怒らせるつもりじゃなかった。草真に喜んで欲しくて、彼の好みの洋服を揃えてもらっただけだ


「ごめんじゃなくて、俺は、なんで柊哉に聞くのって聞いてんの。椿ちゃんは俺とデートすんでしょ?じゃあ俺に聞けばいいじゃん。柊哉、柊哉って、なんであいつの名前ばっかり・・・」


草真は肩を落とす

どうして?私はあなたに喜んで欲しかっただけなのに、だから草真と仲の良い柊哉に聞いただけなのに


ポケットにいれられていた手が離されて、力を失くした

カイロで温かくなった手は外気に触れて、また氷のように冷めていく

悲し気な目で草真は椿を見て、何も言わず、唇を噛んでいる


呆然と立ち尽くす椿に、小さな声が冬の風に乗って流れる

「ちゃんと言わぬと伝わらぬぞ。あとな、むやみに男の名を出さぬことだ。草真は藤臣と同じように嫉妬深い。」


椿は小さくうなずくと、意を決し話し出した

「あのね・・・草真くんの好みがわからなかったから柊哉に聞いて、そしたら揃えてくれただけ。だから、今日は一緒に買い物に行って、それで、次はそれを着たいなって。」


椿はすうっと息を一息吸って続けた

「私は、草真くんが、好きです。不器用な私ですが、これからもお付き合いしていただけると嬉しいです。」


「ほんとに俺で後悔してない?」

不安げに聞く草真に、椿は大きく首を縦に振って答えた

「ほんとに?」

少しずつ、彼の目に光が戻る

椿はこくこくとうなずいた


「じゃあ、お買い物、いきましょうか。」

草真が手を差し出して、椿は握った

手の握り方すらわからなかったところからのスタートだったが、ようやくこれにも慣れてきてすんなり指を絡ませられるようになった


少しずつ、少しずつではあるけれど、新しい幸せを見つけて前に進めているだろうか


「この世で一番お前が好きだ。」


風に乗って、耳に届く、いたずら好きな小童の声


草真はその声に反応して椿を振り返った

あ、いまのはわたしじゃない

否定しかけたが、草真があまりにも嬉しそうに笑うものだから、言いそびれてしまった


「俺も、椿ちゃんがこの世で一番好き。」


ポケットの中の手がカイロで温められて、

心までもぽかぽかと、小春日和の陽気はもうすぐそこで待っている







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