睦月*藤臣と葵の初詣(ラブコメ風)

藤臣ふじおみあおいは互いに向き合って正座をし、背筋をピンと伸ばす

どちらからともなく畳の上に三つ指をついて深々と頭を下げた


藤臣といるときの葵の大きさは普通の人間と変わらない大きさへ変えてもらっている


居眠りしたりして気を抜いたとき、そしてびっくり仰天したり感情の起伏が大きいと人間の大きさが保てなくなって、元の手のひらサイズへと戻ってしまうのだが


話したり、肩を並べて歩いたり、抱きしめたりは小さいままだと、少し不便。

とまではいかずとも、人間と同じ大きさのほうが視線が合わせやすくて助かるのだ


1点だけ、難点をあげるとすれば他の人に見えてしまうことだが、それは平安の時代でのこと。1000年の悠久の時の末にはそれは障害では無くなった


「新年あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」

互いの声が重なり合って、1月の冷たい朝の空気にふたりの和音が共鳴している


ゆっくりと同時に顔をあげたふたりは1秒、2秒・・と見つめ合って、そしてにっこり笑った


藤臣は葵にそっと手を差し出す

「初詣、行こうか。」

「うん。」

葵の小さな手が藤臣の細くて長い手に触れて、藤臣はきゅっと葵の手を包んだ


妖界から人界へ、藤臣の部屋の掛け軸の裏を伝って一歩外へ踏み出すと普段は落ち着いた雰囲気の西園寺家の神社には初詣の人だかりができている

人々はみな厚手のコートやダウンジャケットを着こみながら今年はじめての神様への挨拶にと列をつくり、ひとりまたひとりと神殿に礼をささげる

まだ初日の出が昇ったばかりの早い時間だというのに、さすが1月1日と言わんばかりの盛況ぶりだ


社務所の奥で静かに座っている桔梗ききょうに藤臣は声をかけた

「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。体調はどう?大丈夫?」

「あ、先生。明けましておめでとう。今年もよろしくです。おかげさまですごく元気。」


色素の薄い桔梗の顔は、赤みがさしているのが良く分かる

「みんなに三が日頑張ってもらわなくっちゃだから、私も頑張るよ。」

桔梗はこぶしをぎゅっと握って、にこりと笑った


普段は何人かの従業員で回している西園寺家の神社だが、正月とあってはそうはいかない従業員総出でおみくじの受け渡しや御守りの販売でてんてこ舞いだ

さて、その従業員というのが、、、


「あー、わしゃぁもう疲れた。」

若くて美しい女の巫女様の口から、じじいの声で、じじいの口調が飛び出す

「もうちょっと頑張って。化け狸さん。いや、きょうはたぬ子さんかな。」


腰をとんとんと叩きながら勝手に奥へ引っ込もうとする化け狸、あらため、たぬ子巫女様を桔梗が押しとどめる


「だめだめ。まだ交代の時間じゃないよ。あー、勝手に耳出さない。」

たぬ子さんの黒い艶髪からにょきっと茶色のかわいらしいもふもふ耳が飛び出している


「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから、ね。お客さんがほら、おみくじもって待ってるから、持ち場に戻ってください。」

「はぁい・・・。」

たぬ子さんはしぶしぶといった様子で先ほどまで座っていた窓口にどっこらせと座り直した


社務所の中でぱたぱたと走りまわっている椿つばき以外の従業員は全て、桔梗の呪符で人間化させた妖怪たちである


藤臣はせわしない社務所を見渡して苦笑いを浮かべた

「忙し・・・そうだね。」

「うん、先生も手伝ってくれる?」


桔梗はすかさず巫女装束の袖から呪符を2枚さっと取り出して掲げた

「いや、ちょっと、わたしは今から葵と初詣だから。」

「大丈夫。ふたり一緒だよ、先生と、葵ちゃんの分。巫女さんに、すぐ、なってもらえるよ。」


屈託のない笑顔の裏に、立ってるものは親でも使ってやらんとする桔梗の意気込みたるや、1000年以上を生きてきている妖怪たちですら空恐ろしい

「あ、、いやぁ、その・・・。い、行こうか、葵。桔梗も平気そうだし。」


藤臣は慌てた様子でつないでいた葵の手をひく

「ん?手伝ってやらなくて良いのか?わらわは藤臣といられれば、初詣でなくともよいのだぞ?」


葵が清い目で藤臣を見上げるものだから、藤臣は苦虫をかみつぶしたような顔になる


「こら、いらんこと言わんでよろしい。じゃあそういうことだから、また後で。少しでも体調が悪くなったらすぐにわたしに連絡してね。」

「はーい。先生、デート楽しんでね。先生のシフトは明日と明後日の朝、7時15時です。よろしくお願いしまーす。葵ちゃんと一緒でもいいよー。」


爽やかな笑顔で藤臣と葵の後ろ姿に手を振る桔梗。藤臣は明日の勤務計画のことを思い出してどっと疲れが押し寄せた


境内の喧騒の中を葵と藤臣はゆっくりと歩き出した

「なんだ、藤臣も巫女さんになるのか。」

「あ・・・うん。今日は葵といたくておやすみをもらったんだけどね、明日と明後日は桔梗主任のお許しが出なかったんだよ。」

本当はずっと葵といたいのに。と藤臣はため息をついた


境内の人だかりにもみくちゃにされないようにと藤臣は葵を人ごみからなるべく守るようにして歩く


話すときに吐く葵の息が白い

寒くないだろうか。人込みに慣れていないから疲れてはいないだろうか。

じっくり一挙手一投足に気を遣いながら、隣を歩く可愛らしい横顔に、目じりが下がった


参拝の長い列を他愛ない会話を交わしながら、ゆっくり待つ

1月の気温は刺すように冷たく、風がひゅっと頬へ吹き付けていくたび両肩をあげて身震いしているというのに

心はぽかぽかと温かい


ついに、順が回ってきて、大きな鐘をじゃらじゃらと鳴らした

二礼二拍手一礼。

手のひらを合わせ、藤臣は神様へ祈る


「ずっと葵と一緒にいられますように。」


胸の中でしっかりと祈りと願望をささげた

奇跡のような再会をさせてもらったのに、ちょっと欲深いかな。


ちらりと横目で葵を見やると、葵もぶつぶつと何か願い事を唱えている


「ずっと藤臣と一緒にいられますように。ずっと藤臣と一緒にいられますように。ずっと藤臣と一緒にいられますように。」


流れ星じゃないんだよ。早口で3回唱えたっていっしょだよ・・・

だけど、気持ちが同じで嬉しい。神様にお祈りしなくても、十分すぎるぐらいに叶いそうだな


「あと、藤臣がもう二度と傷つきませんように。藤臣が幸せでいられますように。藤臣のお願い事が叶いますように。」


自分のことよりも、わたしのことばっかり。こんな素敵な恋人の隣にいるわたしは、なんて幸せ者だろうか


「それと、それと、藤臣と美味しいご飯が食べられますように。藤臣といろんなところに行けますように。藤臣に毎日お名前呼んでもらって、毎日隣で寝て、毎日ぎゅってしてもらって、毎日口づけしてもらって、毎日・・・」


こらこら、欲深いにもほどがあります。いい加減にしなさい。


「それは、神様じゃなくて、わたしに直接言えば叶うんじゃない?」

「あ・・・そっか。」

葵は藤臣の提案に、ふへへと顔をゆがめた


毎日一緒ね。

藤臣はある考えを葵に提案する


「葵も明日と明後日、巫女さんのお仕事する?ずっと一緒にいられるよ。1時間団子3本で、7時から15時の休憩1時間だから、8時間で・・・一日で合計24本!」

「いっしょ?団子?うんっやるっ。わらわ、巫女さんやるー‼」

葵はふたつ返事で快く安時給のお仕事を承諾した


よっしっ

これで葵の巫女さん姿を拝み放題だ‼

がぜんやる気が出てきたぞ。


契約された時給が安すぎるとべそをかかれて、あれやこれやと正月の屋台巡りをさせられるのは、また後のお話である。

「次、わたあめーっ。次、ちょこばななーっ。」

「はいっ。はいはいっ。」



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