鬼の軍勢の襲撃

藤臣が「牡丹様」と呼んだ人を椿が見て

「お母様・・・・。」

と呼んだ


お母様、とはつまり母親のことではないか

しかし、容姿は高校生の椿とそう変わらない若さが光っている

鬼たちは牡丹の後ろに控えて指示を落ち着かぬ素振りで待つ

牡丹は優雅に仰いでいた扇をばっと閉じて葵を指した

「ゆけっ」

するどい支持が桜並木に響いた


鬼たちが一斉に金棒を振り上げて地響きをたて、粉塵を舞わせながら一直線に葵を目指した

葵は地鳴りで体が上下に揺さぶられるのに耐え、藤臣は葵よりも少し前で立膝をついて桜の絨毯の上に手を置いた


椿は再度弓を実体化させて矢を装填する

椿の構えた矢に青紫色の炎が灯ったかと思うと、複製された矢が20ほど現れて横一線に宙へ浮いた状態で並び、本体の弓を椿が放つのと同時に鬼のほうを向いて飛翔した


矢が鬼に刺さるか、刺さらないか、確認するよりも先に、今度は藤臣が呪文を唱え緑色の太いつたを出現させる

蔓はひゅるりと空へ向かって伸び、それを皮切りに何百という蔓が地面から一斉に生えてきて絡み合い鬼と藤臣を遮る防御壁のごとく厚く高い障壁となって立ちふさがった


障壁が完全に目の前をふさぐのを待ってから藤臣は椿を呼んだ

「椿、こちらへ。あの数の鬼だ。おそらく時間稼ぎにしかならない。」

藤臣の言葉の通り、分厚い壁になっている蔓は根元のほうからぐらりぐらりと揺れ、ところどころすでに薄くなってきているのが見える


葵は自分が早く人界に戻ればこれが収まるのか、それとも対抗して灰にしてしまうべきか迷って立ちすくんでいた


「藤臣、わらわはどうすればよい。」

「このまま人界へ帰したとしてもあっちまで追いかけていきかねないしな。それにわたしが捕まってもう会えなくなってしまうだろうね。」

藤臣は眉間にしわを寄せ真剣な表情だ


「会えなくなるって、そんなの、嫌だ。」

「わたしだってそれだけは避けたい。でも、どうしたらいいか。」

「わらわが、消してしまえばよかろう?違うのか?」


「葵の能力で消し滅ぼしてしまったら、あの者たちの命も滅んでしまう。解呪して妖界に連れていってあげたいんだ。」

藤臣が策を見いだせないまま蔦の障壁はじわりじわりと削られて、ついに赤鬼の腕がそれを破った

蔦を通り抜けた一本の赤い腕がさらに穴を広げ、穴はすぐに鬼が一人通れるほどの大きさへ変わる


藤臣はすぐにもう一度障壁を作りなおそうと桜の絨毯に手をついた

そこへ、鬼が殴り掛からんと黒い大きな金棒を振りかざす


以前も見た光景だー


棒に打たれて弱っていく身体

そして、蝋人形のごとく動かない四肢

焦点の合わない双眸


過去の悲惨な情景がよみがえって血の気が引いていく

傷ついた藤臣を見るのはもう、嫌だ


葵は左手を天に向けて、鬼に狙いを定めると、一気に振り下ろした

指先から赤黒い液体が飛び出してどろりと周りを灰へ変えていく


藤臣を傷つけるものは、なにもいらないとあの日誓ったのだ

藤臣を失ったあの日

なにもしてあげられなくて、弱っていく藤臣に泣きつくしかなかった

君がいない世界なんて、いらない

全て灰に変わってしまえばいいと願い、あたりは全て灰に変わった

泣いて泣いて、温度を失っていく藤臣を抱きしめて

やがてすっかり冷たくなってしまっても諦められなかった


今、ようやく会えたのだ

また同じように失うのを黙って見ていろというのか。

そんなことできるはずがない


葵は腕に力を込めて赤黒い液体を撒いてゆく

触れた途端、瞬時にすべてを灰に変える赤黒い液体だ

赤黒い液体は鬼のほうへ波をあげて迫り寄る

まるでそれは噴火した溶液がどろりととけてすべてを焼き尽くしていく、まさにそのものだ

後に残るのは黒と化した生物の無いむき出しの大地


鬼の身体が赤黒い液体に触れた途端、触れた足先から少しずつ蒸気を放ちながら侵食され鬼は灰へ変わり春風に舞っていった

液体の侵食は止まらずに鬼を一歩一歩後退させていく

怒気に満ちていた鬼も前列が皆、桜色の絨毯だった地面が真っ黒に染まっていくのに恐怖をなしておののいた


鬼の行動に牡丹様は

「何をしているの!早く捕らえなさい。」

と叫び、胸元から呪符と筆を取り出して、何か書き足すと

鬼の身体はびくりと痙攣して目に色を失った

代わりに意思のない瞳で操られるように足を前に踏み出してくる

目の前で鬼が灰となって霧散しても恐れをなさず機械的に金棒を構えて前へ進み、歩みを止めようとしない


しかしどれだけ鬼が前進してこようと、葵たちに近づけることはなく、むしろ赤黒い侵食はゆっくりと域を広げて薄紅色の絨毯を灰色へ変えていった

赤黒い侵食に鬼を取り込むことなく、際の避けられる際のところで力を込めるのをやめていたが、恐れることなくどんどんこちらへ近づいてきたのでは灰の中へ取り込み滅ぼし消してしまうだろう


牡丹様は唇を噛んで葵をにらむと隣に立っていた桔梗に強い口調で言い放った

「藤臣の札を持ってきなさい。早く!」

桔梗は牡丹様の指示に拒否を示し首を振ったが、牡丹の鋭い目が桔梗に突き刺さる威圧感に押され、なにかを取りに家の中へ消えていった


鬼たちを前進させているばかりでは手駒を失うだけだと判断したのか牡丹様は呪符に何か書き足すのをやめて、姿勢を正した

鬼の目に光が戻ると桜色と灰色の境界線で進むのをためらって足踏みし出した

互いに顔を見合わせて恐怖に満ちた表情で一斉に後ろへ走り去っていく


牡丹様は、扇を口元で一気に開いて藤臣を見た

「藤臣、今こちらにそれを渡せばあなたを捕縛し、使役するのをやめてあげてもいいのよ。」

自信ありげにねっとりとした口調で続ける

「これまでにないくらい果てしない妖気。あぁ、ぞくぞくしちゃうわ。ねぇ、お嬢さん。こちらにいらして?」


牡丹様の目は三日月形に反って、笑っている


葵は牡丹様の狂った言動に恐怖さえ覚える

「やだ。わらわ、いかない。」

「あら、そう。じゃあ、仕方ないわね。来たくなるようにしてあげる。」

牡丹様は不敵な笑みを浮かべて続けた


「藤臣には何かあると思っていたけど、こんな獲物を連れてきてくれるなんてすばらしい行いね。」

藤臣は牡丹様をにらむ

「あなたに葵は渡しませんよ。」

「そんなこと言ってられるのも今のうちだけ。あなたには桔梗の治療で世話になっているから特別に待遇してあげてよ。」

牡丹様は扇で隠しきれないほど顔をゆがませて高らかに笑った


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