破滅神の伝承

「それ」と椿が見つめる先にいるのは今は大きくなった葵である


身体のサイズこそ人間と変わらないものにはなっているが容姿は同じ、小さかった頃のままだ

向日葵色の着物に身を包み、長く黒い髪を垂らしている

残念ながら体型にも変化はなく幼子のようにあらゆるところが平坦なままだがそれはそれで可愛らしく一部のコアな層にはむしろ喜ばしいものかもしれない


大きな深い青の瞳が椿を捕らえ、葵は身構えた


椿はブレザーの内ポケットから呪符を一枚取り出して呪文を唱えると、呪符がふわりと舞って紙吹雪のように四散する。舞い降りてきた紙屑が一か所に集まって形を作っていく

紙屑の塊ははやがて何度か見た愛用の弓を実体化させた

瞬く間に矢も従えて、弦をいっぱいに引いていく


葵が左手を掲げるよりも先に藤臣が前に立って遮った


「先生、そこのいて。私はそれを射止めたいの。」

しかし、藤臣は動かずに葵を背にかばったまま首を横に振る


「どうしてよ。先生が一番知ってるでしょ、私の気持ち。もう時間がないの。たぶんこれが最後のチャンスなの。今、ここでそれを射止められなかったら私はいつまでも『いらない子』のままなの。だからお願い、先生そこをのいて。」


椿の弓を弾く手が強くなって、弦がぎゅっと鳴った

矢の先に白い炎が上がり出して揺れている

いうことを聞いてくれないのなら、藤臣ごと打ってやろうかという気迫さえ感じる

それでも藤臣は葵の前を動こうとしなかった


「椿はいらない子なんかじゃないって何度も・・・」

「じゃあ誰が必要としてくれてるっていうの?私はひとりじゃ何もできないんだよ。弓だって桔梗の札があるから実体化できるの。みんな桔梗、桔梗って、私の名前すら呼んでくれない!」

椿の瞳に涙と決意が浮かぶ

「だから私はそれを射止める。今度こそ椿って呼んでもらうの。」


椿は弓を構え、藤臣がかばう先の葵に照準を定めた

呼吸を整えて機をうかがう

矢の先の炎は小さく揺らめいて出陣の時を待っている


藤臣は

「葵はわたしの大事な人なんだ。たとえ椿のお願いでも、葵を差し出すことはできないよ。」


「大事な人」と聞いて椿の瞳が揺れた

先生がいつも遠くのほうを見つめて悲し気に語っていた「大事な人」がこれだというのか


「うそ、でしょ。だってそれ、都をすべて灰に化した大妖怪でしょ。」

「いや、あの事件の妖怪はわたしということになってるんだけどな。」

藤臣は「あれ、おかしいな」と頭を掻いている


葵は藤臣の背中に投げかけた

「どういうことだ、藤臣。お前があれを成したなどと、そんなことあるはずなかろう。あれはわらわが勝手に起こしたものである。断じてお前のせいではないぞ。」

「えぇー、うん、まぁ、わたしのわがままだよ。」

藤臣は笑ってやりすごそうとしたが葵の言及は止まらない


「悪いのはわらわである。藤臣が痛めつけられたのにカッとなって、あたり一面灰に変えてしまったのはわらわの責任ぞ。それがどうして藤臣の処遇になるのだ。」

「好きな人の前で、かっこつけたかった。じゃ、だめ?」

葵は怒りに満ちた形相で藤臣をにらんだ


「先生、どういうこと。」

椿の弓を持つ手に先ほどの勢いはない

話の全容が見えないと怪訝な表情で葵と藤臣を交互に見ていた


藤臣は「うーん」とひとつうなったが、やがて観念したように話し出した


事情を聴くために一時的に半妖にさせられて、本当はあのとき死ぬつもりだったのだが葵ともう一度出会える可能性にかけて、そのまま生きることを選んだのだ

そして犯人をわたしということにしてもらい500年の封印に身を投じたのだと


「だから、書面上はわたしがやったということになってるはずだったんだけどな。ばれてたかなぁ。」


葵は藤臣に噛みついた

「どうして藤臣が罰を受ける。わらわがやったのだ。悪いのはわらわであろう。どうして藤臣が500年も封印されなければならない。そんなの、あんまりだ。」

「だから、かっこつけだって。ようやく会えた。500年封印されて、1000年待ったかいがあった。」

藤臣は愛おしい人を見てにっこりと笑う


葵は

「でも・・・」

と悲し気眉尻を下げて言ったが

「そんな顔しないでよ。わたしが自分で決めたことだ。葵に会えて本当によかったよ。」

藤臣は清々しい表情で笑っている


藤臣は椿へ

「と、いうわけだから、葵を捕らえるのは、やめてもらえないかな。わたしが身代わりになった意味がなくなってしまうし、さっきもう一度、恋仲になったとこなんだ。」


椿の心は揺れた

ここであきらめていいのだろうかと

言いくるめられてしまったら、もう『いらない子』を払拭するチャンスはないのではないだろうか

でも、


先生のあんな笑顔見たことない

好きな人を見て笑う顔

草真くんが私に向けてくれるものと似ている気がする

新しい居場所をよりどころにして生きていこうと決めたんだった

いつまでもこんなところで立ち止まっている場合ではないと知ったのではなかっただろうか

手を取ってくれる人が、私のことを必要としてくれる人がいるんだった

過去に囚われているばかりでは、前に進めないのではないだろうか

以前は「好き」がよくわからなかったが

自分にも好きな人ができてみてようやくわかった

失いたくない気持ちも、傍にいたい気持ちも、命をなげうってでも守りたい気持ちも

少しは理解できる気がする


先生の好きな人を奪ったら、先生は悲しむだろう

私は先生のことが好きだ

草真くんに寄せる感情とは違うが、小さいころから私に寄り添って話を聞いてくれて、今でも心のよりどころになってくれる

先生がいたから私はくじけずにいられたんだ

恩人のような、敬愛のような

深い愛情を寄せる相手を傷つけることができるだろうか

ここでの居場所を獲得できても、先生を失ったら、私はきっと折れてしまうだろう

支えを失って簡単にぽっきりと倒れてしまうことだろう


椿はため息を漏らすと弓を静かに下げた

「私がいらない子じゃないってちゃんと証明してよ。先生が言ったんだからね。」

「椿はいらない子なんかじゃないよ。優しくて努力家で、芯の強い素敵な人だよ。素敵な出会いだってしたでしょう?」

藤臣が椿をまっすぐ見てそう伝える

「うん。でも・・・」

「お母さまに認められたかった?」

「うん・・・そう・・・。」

小さいころから努力してきた目的は、他でもない母親に認められたかったからだ

椿という名前に恥ぬよう、銀世界で立派に輝く紅い花になれるようにと冬の寒さにも耐えられる強さを身に着けてきたつもりだ


うつむく椿に藤臣は優しく諭す

「わたしもね、父に認めてもらえなかった。まつりごとの才がまるでなくて、それに馬にすら満足に乗れなくて、離宮に追いやられて最後は・・・もういいって言われてしまった。」

藤臣は少し悲し気にはははと笑いを漏らした


「でもね、葵は違った。家系も身分もまるで気にせずにありのままの藤臣を受け入れて、なにも持ち合わせていないわたしを好きだって言ってくれた。それが嬉しくてね。夢中で愛して、壊さないように大切に大切にそばにいてもらった。」


「頑張って、張りぼての自分を好きになってもらうよりも、ありのままの自分を好きになってくれた人のほうが、わたしは大切だと思うよ。」


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