約束のとき
柊哉は葵の頼みを聞いて
「神社?18時ごろに寄ればいいの?」
葵は大きくうなずく
「もしも柊哉が用事があるとか行くのが嫌だとか言うのであれば、わらわひとりで行ってくる。」
まだ朝早い。約束の
「いや、いいよ。別に今日は特になにもないし。行きたいなら俺も行くよ。」
「頼んだ。頼んだぞ、柊哉。決して忘れるでないぞ。」
さきほどのしつこい睡魔の誘いはどこへやら
目はむしろ飛び出さん勢いで開かれ、柊哉の目前で葵は必死の形相だ
「どうしたの。急に神社行きたいなんて。なんかあるの?今日。」
「藤臣からの逢瀬のお誘いかもしれぬ。」
「はん?」
予想のはるか上空を飛翔する返答だったために柊哉の返事は「え?」でも、「は?」でも、「うん?」でもなく、変な声が漏れてしまった
「逢瀬のお誘い?どういうことそれ。」
「椿の御守り、桜の香りがしたであろう。香りは場所を指しておる。それと鳥の絵。十二支は時を示しておるのだ。」
「えぇぇと、
「だから、桜の場所で
柊哉の疑問符のついたしわはさらに深まっていくばかりだ
「で、神社?」
「そうだ、あそこにはずっと桜が咲いておるであろう。」
「あー、理解。それでとりの何とかが18時なの?」
葵は首を縦に振って首肯する
柊哉は葵の考えに賛同し放課後に神社へ向かうと約束してくれた
しかし、すぐにもの言いたげな表情を浮かべ、少し考えたあと切り出した
「でもね、葵。そのー、」
柊哉は言いかけて言葉に詰まった
「わかっておる。藤臣はおらぬと言いたいのであろう。」
「いや、いないというか。うーん、ね。あのー、気持ちはすごくわかるんだけど、あんまり期待しすぎるとしんどい時もあるよって思ってね。」
それは他人の気持ちが自分の思うようにはいかないと、柊哉の経験談から出だ言葉である
「うん。承知の上だ。期待はしておるが、でも、思うようにならなくても柊哉がけえきを買ってくれるであろう?」
葵の目に曇りはない。もし期待通りに行かなくても受け入れる準備はできている
今と何も変わりないだけ、ただそれだけだ
「うん、じゃあ、学校が終わったら一緒に行こうね。」
1時間目、2時間目、お昼休みと普段は午前中の授業のほとんどを子守歌にしている葵であったが、今日はそわそわ机の上を飛んでみたり、カバンの中でもぞもぞ動いてみたりと気ぜわしい時を過ごした
午後になるとさらにそれは増して、地に足がつかぬほどである
ようやく日は赤みを増して水平線へ向かおうとしていた
終業の鐘と共に、三々五々散っていく生徒たちの間を抜けて葵と柊哉は神社へ向かった
葵はもう祈るよりほかないとお気に入りの健康促進御守を抱きしめて、柊哉のカバンの中で揺られた
柊哉は以前そっと椿の跡をつけてきたときとは違い、しっかりと意思のある歩調で坦々と前に進んでいる
時々気を使って葵に話しかけてくれたが、うわの空で抑揚のない返事ばかりするのでついに革靴が単調にアスファルトを蹴る音しかしなくなった
柊哉は長い石段の前まで来ると、すっと目的地を見上げて石段を上がる覚悟を決めようとしたが、
「あれ?」
と声を上げた
見上げた先にこの前まであったものがない
神社にある特徴的な大きな朱色の鳥居
石段の下からでは上の様子は確認できないが、ここからでも鳥居だけはしっかり見えていたはずだ
「これは、」
期待してもいいのだろうか
また、椿の思惑にまんまとはまっているだけなのだろうか
柊哉がポケットからスマホを出して傾けると、動きを感知して液晶画面に待ち受け画像が光った
画像と共に液晶に表示されている白い数字は「17:14」
「約束には少し早いけど、どうする?」
と尋ねられて
葵は
「早く行って待ってる」
と答えた
柊哉はうなずいて一気に石段を駆けあがる
階段を上がった先に見える景色は荘厳で粛々とした普通の神社ではなく、寒さが染みてきだした11月とは正反対の桜の世界である
見渡す限りの薄紅色の世界には満開の桜がびっしりとはえて花弁を揺らし春の暖かい風が吹く
むっと甘酸っぱい香りが胸いっぱいに広がって春を思い出させた
しかし、桜の木が立ち並ぶばかりで人影はない
少し早かっただけだろうか
待っていたら来てくれるだろうか
それともー
葵は神妙な面持ちで桜並木を見渡していた
葵の胸は緊張と不安で高鳴っている
耳のそばで脈打っているのではないかと思うほど早く強く打つ心臓が今にも飛び出してきそうだ
希望を持って会いに来たというのに、足も手もがくがく震えて指先は氷のように冷たい
会いたい
会って気持ちを直接伝えたい
あのとき伝えられなかった「ありがとう」と「ごめんなさい」を藤臣に届けたい
どうか、お願いです。神様。
あとはどうなっても構いません。どんな罪だって受けます。どんな罰だって受けます。ですから、ひとつだけ、お願いを叶えてもらえませんか
葵は、藤臣に、もう一度、会いたいです
そんなおり
奥の大きな桜の木の陰に動くものがあった
影はすうっと伸びて大きくなりやがて姿を現した
細身で中性的な体格をしているその者は、藤色の着物を着用し、地面に擦れるかと思うほど長い一枚の布を腰のあたりで向日葵色の帯が支えて保っている
そう広くない肩幅と白く長い手足
シャープな顎ラインに少し横にとがった耳
濃い紫色の切れ長な瞳、そして特徴的な胸まで垂れた薄紫色のストレートヘアー
一見、男か女か見分けがつかないその者は女性のものよりもワントーン低い音で
「葵!」
と呼び胸の前で腕を大きく広げた
葵は引き寄せられるようにその者へ向かって飛んだ
その者は葵の姿をしっかりと追い、向かってくる葵に自らも近づいていく
二人の距離はだんだんと近づいてやがて触れられる距離にまで達した
ぽんと軽い音がしたかと思うと葵のまわりにかすかな消炎が上がり、煙が晴れたそこには身体の大きさを高校生の女の子くらいへと変えた葵の姿があった
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