君を探すための奇跡と軌跡
男は「わかった」とうなずくと藤臣の心臓の上に手をかざした
「望み通りちゃんと供養してやるから心配するな。」
「はい。ありがとうございます。」
藤臣は瞳を閉じて静かにその時を待った
男の人差し指と中指の間に先ほどの呪符が挟まれ、紙は意思を持っているかのようにすっと背筋を伸ばして張っている
男が藤臣の心臓の上に掲げた手はわなわなと震えていた
男は押し出すような声で静かに告げた
「妖怪の命は長い。待ってたら、帰ってくるかもしれないぞ。」
絞りだすように続ける男の言葉を、部下らしきほかの者が遮った
「ちょっと、隊長。なに応援してんすか。封印しないとあぶねえっすよ。」
「だって、だってよぉ。人間だろうが妖怪だろうが、好きなもんは好きって言わしてやりてぇだろう。守り抜いてついに墓まで持っていきやがったんだぞ。応援してやりてぇだろう。」
「隊長・・・。」
他の男たちはそれ以上言及せず静かに押し黙った
藤臣は沈黙を続けている男たちへ声をかける
「待っていたら帰ってくるって本当ですか。」
「気まぐれな妖怪のことだから断言はできねぇけどな。そんなに思い入れが強ぇんだったら、もしかしたら、もしかするかもしれねぇぞ。」
もう一度会えるかもしれない
枯れはてていた藤臣の心に小さな希望が芽吹いた
「封印はどうするんですか。あきらめるっていうんですか。こんな災害級の妖怪、ほっといたら今後どうなるかわかったもんじゃないっすよ。」
部下の男たちが詰め寄るのを男は一蹴する
「うるせぇな。こんなになる前に封印なり保護なりできてりゃ兄ちゃんだって死ぬことなかったんだ。こんな風になったのは俺たちの仕事が遅くて不十分だったせいだ、違うか。」
「それは・・・。」
『封印』と聞いて藤臣は焦った
きっと葵はわたしのために怒ってくれたんだろう
であれば、原因はすべてわたしにあるということになる
別れ際、すごく泣かせてしまった気がするのに涙をぬぐってやれなかった
せめて君に償いをするのであればきっとこれくらいしかない
藤臣は男たちに詰め寄った
男たちの白い衣装を藤臣の両の手でしっかりと掴み、身体を揺らして頼み込んだ
「お願いです。わたしがやったんです。妖怪なんてはじめから居ませんでした。すべての原因はわたしなんです。やってもいないことを詰問されて、怒りが爆発して、こんな風にしてしまいました。ですから、どうか、わたしに罪を。」
男は藤臣の手を静かに握ってゆっくり引きはがした
「わかった、わかったって。兄ちゃんがなんとしてでも守ってやりたい気持ちはよく分かった。」
男は「ここからはこの場にいる俺たちだけの秘密だ」と前置きしてから続けた
「兄ちゃんの守りたいやつは、今後もこういうことを起こしそうな危険な奴か?」
藤臣は首を横に振って続けた
「いえ、全くです。想像もつきません。可愛らしくて、食いしん坊で、泣き虫で、とても寂しがり屋な子です。」
男は安堵したようにうなずいて
「愛の奇跡はとんでもない力を生むな。」
と言った
「これは兄ちゃんがやった。そうだな?」
男は一面を埋め尽くす黒い荒野を見渡した
「そうです。」
「じゃあ俺は兄ちゃんを封印しなきゃぁいかん。ちょうど半妖にしちまったことだし、このまま、そうだな、500年くらい眠ってもらおうかな。」
「500年、ですか。」
藤臣は想像を超えた長さに驚いて絶句する
「これでも短いほうだぞ。こんだけのことをしでかしてるんだ。ほんとなら、妖力が尽きるか俺の術が効力を失くすまで永遠に眠り続けてもらっても妥当なくらいだが、まぁ、今回は墓を荒らしたお詫びと、許可も得ず勝手に兄ちゃんを半妖にしちまったお詫びということで特別出血大盤振る舞いだぜ。」
男は親指をピンと立てて、胸を張った
「大丈夫だよ。妖怪は大抵500年くらいじゃ死なねぇ。それから探したって時間は十分ある。」
「あの、なんでそこまでしてくれるんですか。」
ここにいる誰もが、キツネをかばっているだけの虚偽だと分かっていることだろう
わたしがそうまでして、彼女を愛していることも、きっと伝わっていることだろう
男は一呼吸置いた後、優しい瞳で思い出すようにして話し出した
「実はな、俺の嫁さんも雪女なんだ。俺にはもったいないくらいの美人でさぁ、飯もうめぇし、優しいし、人種なんて関係なく待っててくれる人がいるってのはいいもんだよなぁ。」
男は少しはにかんで、頬を染める
「隊長、あんまりいうと奥さん、溶けちゃうんじゃなかったですか。」
「あ、いっけね。」
男は頭を掻いて、照れ笑いを浮かべた
「ま、そういうことだ。ちょっと眠って身体休めたら、ゆっくり探してやるといい。」
葵はわたしのことを待っていてくれるだろうか
たくさん泣かせてしまったことを許してくれるだろうか
「わかりました。ありがとうございます。」
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