待って、伝えたい思い(最愛の人との最後の思い出)

いつしか都はあたり一面焼け野原のように黒い更地と化していた

見渡す限り人も建物も草木もすべてが枯れはてて黒いばかりの地面に溶けて消えている

藤臣が好きだった草花も、一緒に住んだ離宮さえ、すべて灰に変えてしまった

残ったものは、着ていた着物と、この身ひとつ

そして、

砂利から黒い灰へ変わった地面に横たわったままの姿で残っていた、葵が護りたかった人


「藤臣ー。」

葵は胸にその人を抱いた

呼びかけには何も反応はなく、響いていた鼓動はもうすでにこと切れている

それでも、わかっていても何度も名を呼んだ


戻ってきてほしい、さっきあんな奇跡を起こしたんだ

もう一度、なにか奇跡を起こしてはくれないか

なんだっていい、自分と引き換えにしてくれていい

何度も、何度も、呼んで、それでも、戻ってはこなかった

眠ってるだけみたいなのに、全然目を覚まそうとしてくれない


わらわは今日おはようの口づけをもらっていないのだ

まだ柔らかい唇に触れて、身体を揺らして、頭を撫でて、抱きしめる

お前がいなくなったら、わらわはどうしたらいい

置いていかないでほしい

それならせめて、わらわも一緒に連れて行ってほしい


「藤臣、藤臣、」

葵がすすり泣きながら、呼ぶ声だけがその場に響いている

あたり一帯、誰の姿もなく

夜空に光る星と月だけがその様子を静かに見守っている


葵の涙は枯れることなく流れ落ちて藤臣を濡らしていた

それは、空がやがて白んでいってもずっと、ずっと


胸に抱いた藤臣の身体からやがて体温が消えていく

温度が徐々に無くなっていくのを、腕の中に感じながら、それでも葵は抱き続けた

離せなかった、あきらめられなかった

身体が硬くなって、蝋人形のように動かなくなっても

まだ奇跡を信じて抱き続けた


泣いて、泣いて、泣き続けて、ようやく、疲れ果てて、永い永い眠りに落ちた

藤臣と過ごした幸せな日々を回顧して

夢の中を歩き続ける


1000年。

雪の日に柊哉に拾われたあの日まで

存在すらも夢の中に溶かして藤臣を想い、待った

待って、待って、待ち続けて

それでもあきらめられずにいる

もう一度会いたい

名前を呼んで、わらわに触れて、花のように美しい笑顔を見せてほしい


藤臣に「ありがとう」と「ごめんなさい」を直接伝えたいのだ


いろんなことを教えてくれてありがとう

一緒に過ごしてくれてありがとう

愛してくれてありがとう

大事にしてくれてありがとう

最後の最後までわらわを守ってくれてありがとう


そして


痛い思いをさせてごめんなさい

苦しい思いをさせてごめんなさい

わらわを愛したばっかりに辛い思いをさせてごめんなさい


こんなことになるのなら藤臣に甘えるべきではなかった

もっと他に幸せになれる道があったろうに

わらわのわがままに付き合わせ、一番幸せになってほしい人を一番不幸せにしてしまった


心からの「ごめんなさい」を藤臣に直接伝えなければわらわは死んでも死にきれないのだ

だから今望みがどれほど薄くとも

待って、待ち続けて今の時代を生きている


君に会いたい

この思いを伝えたい

許してもらおうなどとは思っていない

それほどわらわは君を苦しめたのだ

でも

「悪いことをしたら『ごめんなさい』だよ」

と藤臣は教えてくれたから

わらわはそれくらいしか君に返してあげられるものを持っていないんだ

「ごめん、藤臣。」



終業を告げるチャイムの音が響いた

机に突っ伏していた柊哉ははっと頭を上げて自身が寝ていたことに驚いている

そして涙ぐむ葵をみて小声で尋ねた

「どうした?お腹痛い?俺が寝てる間になんか拾い食いした?」

柊哉の目はいたって真剣だ

わらわが本当に拾い食いをして腹を壊したと思っておるのか

「そんなわけなかろう」

葵はふいっと顔をそむけた

「いやぁ、どうかな。」

柊哉は「ほらみろ」と言わんばかりににやりと笑っている


教室に吹く秋風はまた教科書をめくる

鎌倉、江戸、明治、昭和と綴られたページは時の長さに比べいやに薄っぺらい

藤臣と過ごした日々もほんの少しだけめくった先にしかすぎないのだと己に言い聞かせ、葵は平安の空に想いを馳せた


見上げる空はあのころと全く変わらない

澄んだ水色と、淡い白色

昔と今、何が違うっていうんだ

きっと、もうちょっと待っていたら藤臣の笑顔も変わらず戻ってこないだろうか









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