フィギュアコレクター
授業中しっかり睡眠をとれたおかげで頭はずいぶんとすっきりしている
起きた途端葵が涙ぐんでいたものだからお腹でも壊したかと思ったが杞憂だったらしい
初秋の風を感じながら密集したビル街を抜け柊哉は軽い足取りで自転車を漕いでいつもの帰り道とは違う角を曲がり、駅近くのコンビニへ向かった
「これお願いします。」
店内の商品には一目もくれずレジの店員へスマホの画面を確認してもらい、小包を受け取る。
わざわざコンビニに寄り道をした理由は荷物の受け取りだ
「ありがとうございました。」
「はい、どうも。」
小包を手に店を出るころには自然とほほが緩み笑み、一刻も早く対面したい衝動にかられがら家へ急いだ
鼻歌まじりに自転車を漕き、秋の爽やかさを顔前面に受ける
「おい、柊哉。約束忘れてるのか。ケーキ屋さん通り過ぎているぞ。」
「ん?あ、あぁ、はい。」
寄り道につき合わせた代わりに甘いものをとの仰せだ。また腹壊して泣いても知らねぇぞ。
荷物受け取り先のコンビニで有名なロールケーキではどうかとの問いは
「ぷらすてっくの器なぞ、べにーるの袋なぞに入った代物では嫌なのだ。」
と瞬く間に一蹴されでかわいらしいケーキ屋さんに入ることになってしまった。
「で、なにがいいの」
「ちょこれーとけえき。このまえの黒いピカピカっとしたなんだ、ざ・・・てると、とか申すもの。あれがよいな。」
葵はショーケースの奥でキラキラ光っている数種類のケーキの前で、ガラスにはいつくばって品定めをしている
目をらんらんと輝かせて話す様子が可愛くて思わず眉が下がる。
また嬉しそうに食べるんだよな。無垢で一心不乱に口の周りなんかまっくろにしながら食べてるのを見てる時が可愛らしくて仕方ない。
柊哉は傍でスマイルを浮かべながら注文が決まるのを待っているお姉さんに声をかける
「ザッハトルテと、生チョコのケーキ、モンブラン、抹茶ケーキ、アップルタルトください。」
俺がふたつ、葵がふたつ。なわけないでしょ。
気に入らなかったうちのひとつぐらいは俺の胃袋に入る権利を与えられるだろう
あー、でもチョコレート系は無理だろうな。葵はチョコが好きだから
今日狙えそうなのは、うーん、アップルタルトかなぁ。
いや、全滅フラグ安定回収かもしれない
急な寄り道となってしまったから行きつけではないケーキ屋に来てしまったが、商品の種類も多く、価格設定も高すぎることもなく、なかなか隠れ名店を発掘したかもしれないと柊哉はこころのなかでほくそ笑んだ
指定したケーキを箱に詰めてもらいお会計へと向かう
携帯で払えそうな機械はなさそうなので、カバンから財布を取り出し野口英世を数名召喚する
青緑色の印字のお札を出し、レジは忙しくなさそうだったので小銭を数枚出そうと財布を探った
端に挟まった最後の10円玉がなかなかとれず、しかしここまできて最後の10円玉をあきらめるわけにはいかないと財布の角と男子高校生の短い指のファイナルアタックを開始していると
レジの20代後半と思われるお姉さんがおそるおそる声をかけてきた
「あのー、
柊哉はその台詞にはっとして、財布との格闘でひん曲がっていた顔を瞬時に渾身の満面の笑みへと変え
「そうだよ。」
と答えた
「あー、やっぱり!お店に入ってきたときから似てるなーと思ってたんですよ。えー、大きくなりましたね。でも、昔と変わらず可愛いー。」
お姉さんはしばらく会っていなかった甥っ子を見るように目じりを下げて笑う
「ありがとー。今は少しお仕事おやすみしてるけど、応援よろしくね。」
柊哉はしっかりクセづいた無邪気な笑顔を浮かべて対応する
「サイン、いいですか?」
「うん、いいよ。」
お姉さんは紙とペンを求めて奥へ入っていく
柊哉はそれを待って、一筆書き慣れたサインを書いてから店を出た
「また来るね」と笑顔も忘れずに
住宅街のなかでもひときわ高さを誇るガラスばりの高級マンション。
エントランスで存在感を放っている彫刻品のように美しいオブジェクトに近づく
柱を途中で斜めに切り捨てたような形で
真ん中にくぼみが用意されており、柊哉はくぼみへ手をかざすとすぐ左手にあった扉扉が自動的に開いた
いわゆる指紋認証をパスして次のステップへ。
革靴の音が高く響く大理石の床は常に磨き上げられており、価値のわからない者にはさっぱり悪趣味としか思えないツボや大きいだけの創造動物の石像も鎮座している。
石像わきを抜けてエレベーターへ乗り込み、「23」を押す。
降りてドアの前で8桁の暗証番号を入力したのちやっと「カチャ」という音と同時自動で扉が開いて帰宅となる。
なんて厳重で、手間のかかるマンションだ。
「ただいま。」
ひとりぐらしのため返事があるわけではないが一応の礼儀として一言。
しめきったままの厚いカーテンに遮られて外の光は差さない。
人工的な明かりは俺が手を鳴らすとともにパッと光る
部屋にはいるやいなやブレザーやネクタイを脱ぎ捨てて、さっそく小包の開封にかかる。
緩衝材でぐるぐるに巻かれ、商品よりも肥大化したそれを丁寧にはがして、対面した。
「おぉぉ、愛しのリリィ=ヴァンフォード=マーキュリー。リィちゃーん。」
手に収まる20センチほどのフィギュアに目を潤ませる。
「初回挿入特典のステッカーも超かわいい。思わずキスしたくなっちゃう。」
「やめろ気持ち悪い。」
ぶっきらぼうに睨まれた。
「この前も同じようなもん買ってただろう。部屋もそいつらだらけのくせしてまた増やすのか。」
「前買ったのは制服バージョン、今回のはミリタリーバージョンでレアなんだから。ほらちゃんと見てよ、全然違うでしょ。」
葵にフィギュアを突き付けてみてもあきれかえって返事さえしてくれない。
「そもそも俺がこんなフィギュアオタクじゃなかったら、拾ってなかったんだから、その点この趣味に感謝してよ。」
「そういって、またわらわにも変な布を強制するのだろう。」
「ちょ、変な布って、言い方。あれはコスプレってちゃんとしたお召し物なんだよ。」
葵はそれを聞いているのかいないのか、すでに3つ目となっているケーキへ手を伸ばす
どうやら一口も出資者に与える気はないらしく、どちらから先に手を付けようかと残った2つのケーキの上へフォークがいったりきたり、きたりいったりしている
「わらわは柊哉の部屋にあるような着せ替え人形ではないぞ。」
「他人の大事にしている趣味を馬鹿にするのはやめなさい。」
柊哉は言い返したが、葵は何事もなかったかのようにアップルタルトの先端を刺した
タルトの底が思ったよりも硬かったらしい
フォークはなかなか底まで到達せずに葵は真っ赤な顔をしてタルトと押し問答を繰り返す
「なぁ、柊哉は柊哉ではなかったのか。」
「何が?」
「先ほどのお店のおなごがお前を見て『柚月』と申しておった。嫌なら、無理には聞かぬが・・・」
葵のフォークはアップルタルトの先端に垂直に刺さったままだ
ついにあきらめたのだろうか
「別に、隠すことでもないよ。俺、柚月って名前で子役やってたから、たまに言われるの。」
助けてくれと言わんばかりの上目遣いに根負けしてフォークを借り、底まで押し込んでやった
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