友達以上恋人未満(決意した気持ちを押してあげたい)

待ちに待ったテスト週間が始まった

本日の第一発目は期待のこもった古典のテストである


城田柊哉しろたしゅうやは白いA3の紙に描かれた不可解な文字の羅列と格闘していた。大きくあいた空欄と見つめ合って愛をささやいてみたが何も返ってくる言葉はない。答案用紙の黒い四角の枠の上でシャーペンを持つ手が止まった


教室のあちらこちらでカタカタとシャープペンシルの走る音が聞こえるものだから、何も走ることのない俺のシャーペンは困り顔だ

「葵、これは?」

ひそめた声で腕の傍に立っている葵に問う

「少しは自分で考えなさい」

「ちょ、そんなこと言わないでよ。」


あれから椿つばきの攻撃はなく、台風の前の静けさのような日々が続いている

なにも仕掛けてこないし、なにも言ってこないというのが余計に恐ろしさを極める

御守りの効果かいつきの足は病院の先生も驚くほどの回復力を見せて、次の試合には選手として参加できそうだと樹は嬉しそうに言っていた

ちなみに俺の悩みの種だったニキビも最近なりを潜めていて、これも御守りの効果か?だとしたらすごい効力だな

いや、たぶん、教科書見てるとすぐに眠くなるから、睡眠時間が長くなっただけだろう


白い紙にならぶ意味の分からない日本語を前に、うなり、頭を掻き、ペンをまわす

葵はそんな俺を見て何も言わず口をつぐんだままだ

どうやら本当に教えてくれないつもりらしい


お前をあてにして、俺はしっかりノー勉で古典のテストに挑んだというのに

あぁ、終わったなこれは・・・


ノックアウトダウン終了の合図が脳内に響き渡ろうとしたとき

「だから、勉強しろと、わらわは忠告したのだぞ。」

はぁやれやれと首を振っている

「あい、すいませんでした。次からは頑張ります。」

「最初で最後だからな。」

葵は的確にーか、どうか俺にはわからないけど、答えを口に出して読み、俺にそのまま書き落とせと示した


「柊哉には伝言を頼もうと思っておるのに、これでは先が思いやられるな。」

「え?伝言?」

「そうだ、もしも藤臣に会えたらな。あやつは平安の人間であるぞ、これくらい読めねば会話にならぬであろう。」


葵が遠くにいってしまうのだと改めて思い知らされて、まだそこにいるというのに寂しい気持ちにさせられる


やっぱり行くの辞めたら?一緒にいようよ。って言葉をようやく呑み込んで俺は乾いた笑いを浮かべ葵を見た

少しうつむく葵の顔は神妙で、ほんとうはまだ少し迷っているんだと言わんばかりだ

きっと俺が今止めたら答えを変えてしまうのだろう

だから寂しい顔は見せられない

笑顔で背中を押してあげなくては


「さて、問二にとりかかるぞ。」

「あ、はい。」

俺は背中を正し、葵大先生様の答えを待った


「はい、そこまで。」

先生の合図で答案用紙が回収されていく

これほど自信満々のテストはほかに例を見ない

したり顔でテスト用紙を前に流す俺に椿が殺気のある視線を向けた


「机の上に乗っているものはなんだ。大胆に不正を行っているのを私は確認したぞ。」

椿の目はそう語っている


しまったぁ。椿には見えるんだった。

なんて言い訳しよう

得意を活かそうと思って、違う

葵が見たいっていうから、違う

なんかこうぴしゃーっと言い負かせられるような決定的な文句はないものか

俺は気まずさから視線をそらした


「柊哉、テストどうだった?」

声をかけてきたのはすっかり快調そうな樹だ

「うん、まぁまぁかな。」

「珍しいじゃん、柊哉がテストの手ごたえ感じてるなんて」

「ほら、最近、毎日学校来てるから。」

「仕事減らしてんだっけか。」

仕事と聞いて俺の胸はちくりと痛む

「あぁ、うん。ちょっとね。」


「一回しかない高校時代だもんな。一緒に楽しもうぜ。」

樹は俺の背中を励ますようにぽんと叩いた

「そうだね。」

「ほら、あっちで青春を謳歌してるやつもいるし。」

樹の指さすほうには、椿の机の前で頬を赤らめながら話題を提供しようと躍起になっている草真がいる


以前のドーナツを皮切りにぐっと椿と距離を縮めた草真そうまは今じゃクラス全員が温かい目で応援している公認カップルだ

あちあち新婚カップルさながらの様子にもかかわらず、まだ付き合っていないらしい

なにしてんねん。はよ告らんかい。とクラス総出の猛ツッコミがさく裂しそうな状況ではあるのだがもうしばらく見守ってやることにしよう


その後も英語、世界史と本日の分のテストが開催され、俺はあえなく撃沈した


まだ日の高いうちに学校から解放された俺たちは、明日も続くテスト勉強のためという名目で部活動も開催されずまっすぐ家に帰るよう促される

「あ、椿、ちょっといいか。その、葵のことで。」

柊哉はまさに帰ろうとカバンを肩にかけた椿に声をかけた


このテスト期間が終わるころには葵は月に帰る

椿には伝えておかなくてはならない気がしてずっと機会をうかがっていたのだ

「なに、カンニングのこと?別に告げ口なんてする気ないよ。」

「ちげぇよ。そんな奴だと思ってねぇよ。」

「じゃあ・・うちの神社で待ってる。」

椿は小さくそういうと足早に教室を去って行った


「あ!椿ちゃん、俺送って・・・い・・・きたかったなのに、なぁ。」

草真の大きな声に椿は振り返りもせず前だけを見て廊下を進み帰宅する同じ制服の学生の中へ消えていった

がっくしと肩を落として涙目でしょんぼりする草真に「元気出せよ」と声をかけひとり、またひとりと教室から出て行く

俺は少し間を開けて、椿の神社へと向かった


11月といえど日中はまだ日差しが温かい

長い石段を上がってやっとたどりついた先には桜一色の情景が待ち構えていた

むせかえるほどの花の香りにつつまれながら、俺は椿の姿を探した

「柊哉、そこに。」

葵の視線の先には巫女装束の椿が、弓を引いた姿勢で待ち構えている


「ずっとこの機会を待っていた。」

椿が言い終わらないうちに矢の先に青紫の炎が灯った


「お前をおびき寄せる呪符はそいつに消し滅ぼされてしまってばかりだったから、どうしたものかと考えていたところだ。」

何も動きがないものとばかり思っていたが、知らないところでそんなことしてたのかよ

葵もこんなの貼られてたよって一言報告してくれてれば、誘いに乗って来なかったのに


「阿呆な主人を持つとお前も苦労するな。」

「柊哉は主人ではないぞ。」

「じゃあなんなんだ。」

「うーん、友達以上恋人未満?」

な?と葵は俺を見上げてにっこり笑う


「お前が自らこちらに来るというのであれば、この弓は引かないでおいてやる。だがそうでないのなら、容赦はしない!」

椿の目はくっと吊り上がった


「あー、そのことについて話にきたんだけど。ちょっと武器置いて聞いてくんない?」

「断る。もう後がない。私はそいつを捕まえる。なんとしてもだ。この命に代えてでも絶対に。」

矢の先の青紫の炎は勢いを増して大きくなる


椿は引く気がないらしいと分かり、俺は仕方なく話を続けた

「葵、月に帰ることになったから。」

「は?」

椿の目に驚きの色が宿った


「実は月のお嬢様だったらしくて、今度の満月の日、お迎えが来るんだ。だから、もう危害を加える心配がなくなるから捕まえる必要もないっていうか。」

「どういう意味だ。」

「いやぁ、驚くよね、俺もいまだに信じられない。けど、葵が出した答えだから、椿も応援してあげてよ。」

椿は声を失い、集中力がそがれたのか矢の先の炎も消え、弓を引く手も弱くなっていった


「じゃあ、話はそれだけ。」

俺は椿に戦闘の意が無いと判断し、くるりと背を向けた

果てしなく広がる桜並木。こんな非日常的な光景を見るのも今日で最後になるだろう


「で、帰り道どれだっけ。」

くるりと見渡したが出口の目印である花の散っていない桜を見分けることができない

「あれだ。」

葵は寸分もたがえることなく見分け俺に出口を指し示した


一面を大満開の桜、桜の大群衆の中でたった一本散っていない桜

言われてみればたしかに、そうかもしれないし、そうでないかもしれないという微妙な差だと思うんだけどな

なんでわかるんだよ。それも葵の特殊能力か?それとも俺の注意力が散漫なだけか


「あー、あと、草真のこと。ちょっとでもいいなって思ってるなら付き合ってやってよ。ほんとにいい奴だから、友達の俺が保証する。」

じゃあ、と手を振って秋の風が吹く世界へ帰った


桜並木の中にひとり取り残された椿が希望を失くし、膝から崩れ落ちたとは知る由もなかった








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