決断のとき(太陽のほうを向いて咲く)
早いもので暦は11月へ変わった
カレンダーも薄く寂しくなり今年の終わりを察している
「柊哉よ、話がある。」
「なにー?今、勉強中なんだけど。」
「では明日は雪が降るな。」
「あぁん?なんだって?学生の本分は学業なんだけど。」
教科書とノートにかじりついて何やら呪文のような異国の言葉をひとりでぶつぶつと唱えていた柊哉は仕方ないといった風に立ち上がり、葵の傍に座った
「なに?話って。」
「その・・・、お迎えの話だが。」
月はすでに上弦の月へ変わり、厚みを日々刻々と増していた
夜空に浮かぶ青白くおぼろな姿は、やつらがまたお迎えに来ると約束した次の満月の日までもう日が迫っていることを示している
「わらわな、向こうへ、行こうと思う。」
柊哉は葵が自分で答えを出すのを待って、この話題には触れないようにしてくれていた
残れとも行けとも言わない、柊哉の配慮に感謝しよく考えて出した結果である
「そっか。わかった。でも、いいの?」
葵は黙って視線を落とす
良いわけがない。
一番大切な人に会わずして違う土地へ行くなど、決して良いはずがないのだ。
だけど
「向こうにはわらわを待ってくれている人が必ずおるのだ。ここにはもうおるかどうかわらぬ。どうして探せば良いものかも、どうして出会えばよいのかも、さっぱりわからん。それならばもう、迎えてくれる人がおるところに行くほうが良いのではないかと思ってな。」
じっくり考えて出した決断だというのに、やはり口に出してしまうと心が痛む
やはり、待っていたいのではないか
待った先が一縷の望みであっても、絶望であってもよいから
柊哉はしばしの沈黙のあと
「うん、じゃあ古典のテストだけノー勉でいくつもりだからよろしくね。」
と爽やかに笑った
「は・・・い?」
「いやぁ、葵が古文読めるなら聞けばいいじゃーんと思ってさ、まじ楽勝だわぁ。」
葵は予想外の展開に目を丸くする
「言いたいことはそれだけか。」
「止めてほしいなら止めるけど、でも、葵が一生懸命考えて出した答えでしょ?俺に何か意見する権利はないよ。」
「さ、続きしよう」と柊哉は立ち上がり、自室へ戻って行く
もっと何か言われるかと思っておったのだが。
テーブルの上にぽつんとチョコレートロールケーキとふたりで残されて安堵したのか、しばらくの間ぼぅっと立ち尽くした
行くのか、本当に、それで、いいのだろうか
決断したつもりだったのに。覚悟を決めたつもりだったのに。
心はプリンのように揺れて柔らかく震えている
「あ、葵もやる?英語。」
柊哉の部屋から葵を呼ぶ声がして、はっと正気を取り戻す
「えい?」
「外国の言葉だよ。月に行ったらいるかもしれない。」
柊哉はいたずらっぽく笑った
うそつけ、とも思ったが柊哉なりの気遣いであろうと、葵は柊哉の部屋へ向かう
「うむ。では少し見てみるとするかの。」
11月の夜は少し肌寒く、次第に更けていった
令和の世の
夜の
「柊哉よ、先ほど申しておった『のーべん』とはなんだ?」
「あぁ、勉強しないってこと。」
あっけらかんとした表情で柊哉は言った
「なぜ勉強しない?」
「だって、葵に聞けば答えわかるじゃん。」
「それは不正というものではないか。ちゃんとやらねば身につかんぞ。」
「あー、はいはい。お堅いこと言わないでよ。」
眼下に広がる教科書には見たこともない文字が並んで珍妙な羅列を作っている
これを使う国もあるということか
わらわが思っている以上にこの世は広いものなのだな
この世の中からたったひとりの愛おしい人を探すというのは、だだっ広い大草原の中からひとつだけある四つ葉を探すようなものだ
わらわの出した答えは間違っていないと信じたい
会えぬのだ、もう、おそらく
どれだけ待ったとて藤臣は来んのだ
ならばわらわも先へ進まねばならない
どうしてわらわが話せるようになったと思う
どうしてわらわが文字を読めるようになったと思う
全部藤臣が教えてくれたからだ
たとえもう会えぬとしても藤臣からもらった多くのものを抱えておればきっと寂しくない
きっと、そう、きっと
こころのなかでずっと一緒におるゆえ
わらわはそなたを、そなたのみをずっと想っておるゆえ
そなたもずっとわらわのそばにいてくれ
のう、藤臣
わらわはそなたと出会えて本当に幸せである
お迎えの時は刻一刻と迫っている
どこかであきらめなければ
期待ばかり抱いていたところでどうにもなるものでもあるまい
分かってはいても、どこかに置いてこなければならない想いは
会えない時間とともにさらに大きくなってゆくばかりで
比例して寂しさも積もっていくばかりで
今がその時なのだ
わらわが過去にとらわれず先へ進む
「向日葵はね、いつも太陽のほうを向いて咲いているんだよ」
藤臣が葵と名付けてくれたから、上を向いて歩いていこと思う
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