椿の過去(銀世界に咲く一輪の紅い花)
それはまだ私が小さかったころの話だ
私には能力がないと分かって、だんだんと私への態度が冷たくなってきていた
子供ながらにも嫌煙されているのはよくわかって、まだ受け入れがたかったその反応は私の心を深くえぐっていった
桔梗の体調が急に悪くなったと聞いて桔梗の部屋に駆けつけると
母が桔梗の傍に座って背中をさすり、治癒の呪術を施していた
「桔梗、大丈夫?」
青白い顔でくったりとしている桔梗になにかしてあげられることはないかと、傍に寄ろうとしたとき
「あなたはどこかに行っていなさい。」
母の叱責が飛んだ
結局部屋にすら入れてもらえず、「はい」と弱弱しく返事だけして踵を返し玄関さえ飛び出した
私への呼びかけが”椿”ではなく”あなた”になった
目もまともに合わせてくれなくなった
呼びかけても返事をしてくれなくなった
何も教えてくれなくなった
私はいらない子になってしまった
家にいても居場所がない
帰る場所なはずなのに私の帰るところはない
疎外感を感じながらこの家にいるのが辛くて、かといって出ていくところもなくて
少しでも認められたいと呪術を利用した体術を身に着けて弓の腕もかなり上がったと思っていた
でも、見てくれる相手も褒めてくれる相手も、結局得られなかった
だからもっと頑張らないと、もっと上手になったらもう一度椿と呼んでくれるかもしれない
もっと頑張って、頑張って、頑張って、
もう、疲れた。
桜色一色の世界が私を包む。薄紅色の絨毯の上に腰を下ろして体育座の姿勢で頭を垂れてすすり泣いた
春の陽気の陽だまりが私を慰めてくれても、なにも温まってくれようとしない
辛い。辞めたい。
何をだろう。呪術の練習かな。
違う。もっと、深いもの
自分を辞めたい
誰も私を探さないから
誰も私に声なんてかけないから
ずっとここで無くなっちゃうまで泣いてようかな
そんな風に思っていた時だ
「どうしました?お嬢さん。どこか痛みますか?」
涙でぼやけてよく見えなかったがその人は朗らかで美しかった
「わたしでよければ看て差し上げますが、いかがでしょう。」
誰だろうか。ここで私に必要もないのに声をかける人なんていないはずなのに。
「お嬢さん。聞こえていますか?私は治癒術師です。遠慮なく症状をおっしゃってください。」
わざわざ視線を合わせるようにしゃがんで熱心に話かけてくれる
まだ10も満たない子供にずいぶん丁寧な言葉遣いをする人だなと思った
「あ、の、痛くない。」
「そうですか。それは良かった。では何かありましたか?」
私は視線を落とし口をつぐんだ
今会ったばかりの知らない人にこんなこと言っていいものなんだろうか
「少し込み入ったことを聞いてしまいましたね。すみません。わたしは
「つばき。西園寺椿です。」
「椿。良い名前ですね。」
その人はにこりと笑った
「椿のお花、知ってますか?見たことあります?」
私は首を横に振った
「冬の寒いときに咲くお花です。一面雪の白い世界で、どの木も葉を落としたり、濃い緑色に染めてじっと冬が去るのを待っているのに、堂々と赤や白の花を咲かせている木があります。それが椿ですよ。」
わたしはぽかんとその人の顔を見つめた
「銀世界のなかに一つだけ紅いお花があったら素敵だと思いませんか?」
「うん・・・?」
「それがあなたです。」
わたしはますます混乱してただまじまじとその人の顔を見つめていた
「立派で優美でかっこいいと申し上げています。あなたは誰にも目につかないこんな場所でひとりで泣いていました。誰にも頼らず誰にも弱いところを見せず、耐えて、私が声をかけても泣きついてきませんでした。とても芯の強い方だとお見受けした次第でございます。」
それからその人はは私の相談相手となり傍に寄り添ってくれた
少し後に桔梗の治療をしにきた新しい治癒術師の先生だということを知ったが、出会った時の印象が鮮明でときどき心がいっぱいになっては話を聞いてもらって涙を流した
「先生さ、あの時なんで私に声かけたの?」
「泣いてる女の子ほっとけないでしょう。」
当然といえば当然の理屈だ
「待遇知っても態度変えなかったじゃん。なんで?」
私が先に思いを吐露してしまったから、変えにくかったのだろうか。だとしたら、私はあの時先生に甘えるべきではなかったのかもしれない。
「わたし個人に、椿への恨みはないからね。椿も桔梗も、みんな大切な人だよ。だからね、辛くなったらいつでも話においで。」
「うん。」
先生のおかげで心がまた温かくなった
「本当に大丈夫?もっとゆっくり聞こうか。あっちまでくる?」
先生は桜の向こう側、
「私には無理だよ。呪力のかけらもないの知ってるじゃん。私、桔梗のお札が無いと妖怪の姿ひとつ十分に見れないんだよ。ほんと、情けないよなぁ。」
せっかく収まった涙がまたあふれ出んと目頭が熱くなった
「情けなくないよ、椿はすごいと思うよ。不運な中でも努力して、ちゃんと使いこなせるようになってるんだから、誰よりも偉いとわたしは思うよ。」
そんなに素直に褒められたら嬉しくてまた泣いてしまいそうだ
「先生、優しいし、イケメンだし、モテるでしょ。」
私は涙をはぐらかすように明るい話題へと変えた
「いや、椿ほどではないよ。ほら、ドーナツの彼。」
先生が含むようににたりと笑う
「だから、違うって。」
「出会いは大切にしたほうがいいと思うよ。」
「それ経験談?」
妖怪のように長生きだといろいろな経験をするのかもしれない
「うん。」
先生は自信ありげに首肯した
「いるの?大事なひと。」
「うん、いるよ。」
確かに女性の扱い方が手慣れている、といったら失礼かもしれないけど、随所にこなれ感があふれ出ている
頭ぽんぽんってしてくれるところとか、さりげなくこうして家まで送ってくれるところとか、触れ方にしても、話しかけ方にしても、大事な人にずっとしてきたんだろうなって感じが溢れている
「へぇー。」
「ちょっと待たせちゃってるけどね。でも、もうすぐ会えると思う。」
先生の顔は以前より心なしか明るい気がする
それほど大事な人なんだろう
こんなに優しい人に想われてる人はきっと幸せなんだろうな
先生は椿に合わせた歩調でゆっくりと桜並木をくぐり、椿が走って追いかけてきた道をたどった
桜吹雪がちらほらと舞って頭や肩に降った
ハート型の可憐な花弁が二人を包んで特別な雰囲気を醸し出している
「じゃあ、またね。玄関まで送ってくれてありがとう。」
椿は先生にお礼を言って、別れた
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