想いの伝え方(大切なことは直接、言葉で)

藤臣ふじおみは着物の袖に入れた梅の折り紙を手に取って見つめた

薄く線の入った白い紙で作られた5枚の花弁が藤臣に笑いかけている

御守りを作った人に、と、これを渡す人を藤臣はひとりしか知らない


どこかであおいが生きていてくれたらと、彼女なら気が付く仕掛けを施して御守りを作っていた

向日葵色ひまわりいろの生地に藤色の文字で『健康促進御守』と記入し、『私は貴方を放さず待っていますよ』と意味を込めて藤の花の刺繍を巻き付けるように入れた


それに対して、彼女は『貴方の一番好きな花を贈ります』と梅を折ってくれたのではないだろうか

わたしの好きな花が梅だと知っているのはごく少数でしかない

それに、梅の折り紙の花弁のうちの一つが少し小ぶりになる癖も直っていないらしい


葵はどうしているだろうか

まだわたしを想ってくれているのだろうか

今すぐにでも会いに行きたい

長く待たせてしまってごめんと伝えたい


葵と出会う情報が手に入ればと思い半妖として西園寺家に仕え出したのだ

妖界を治癒能力を使って、妖を治療しながら旅して探し回って良い知らせは受け取れなかった

治癒を施した妖怪たちに葵を知らないかときいても皆一様に首を振るばかりでたったひとつの種さえも見当たらない


では人界にいるのではないか

封印させられたのではなかろうか、それなら解呪に長けた西園寺家に仕えていればそのうちに出会えることもあろう

そう思って使役させられているふりをしている


西園寺家としては呪符によってわたしの身体を支配し、思い通りに動かしていると思っているだろう

だが実際はそうではなく利用し合っているにすぎないのだ


梅の花の折り紙だけではまだ確証には至らない

本当に葵に出会い、腕の中に抱きしめるまでは、下手な動きをするのは避けたい

逆に封印でもされればこの好機を失ってしまうことになる

それだけは断じて許されることではない


そういえば梅の折り紙をくれた人は椿のクラスメイトと一緒に来ていたのではなかったか

では割と近しい人なのかもしれない

人、なのだろうか

封印もされず人界じんかいにいるのであれば、その可能性も高い

生まれ変わって人に成り代わった、のか。


以前はわたしが人で、彼女が妖怪、いや妖精だった

いまはその逆か

なんというすれ違いだろう

きっと美しい人になっているだろうな


せっかく得た機会だ

慎重に、大切にいかなければ

絶対に葵に会うと決めたから半妖となり彼女を待つことを選んだんだここを逃す手はない

慎重に、けれど、確実に

不穏な動きをして西園寺家の呪縛の波に飲まれる対象とならないように

もう少しで会えるから、お願い、もう少しだけ待っていて、葵。


あれ、ちょっと待て。

もし葵に新しい想い人ができてたらどうする。

どうしよう。そんなこと考えてなかった。

まぁいいか、もう一度惚れ直してもらえば

え、でも、てことは、葵の肌に別の男が手を・・・

うへぇ、うわぁ、信じられん

あぁぁ考えただけで寒気してきた

絶対嫌だ。絶対、早く取り戻さないと

どうか、どうか、葵が別の人の手で汚されてませんように


祈りを梅の折り紙に捧げながら葵との日々を思い出す



平安の世で人として生きていたときのことだ。


わたしが用事を終えて自室に帰ると丸められた紙の屑が、そこかしこに散らばり、その中央には葵がちょこんと座っていた


「藤臣!おかえり!」

目をらんらんと輝かせ、文字通り飛びついてくる小さな物体が藤臣の胸の中に勢いよく飛び込んで収まった

「ただいま」

といいながら部屋の惨状にため息がこぼれた


「誰が掃除すると思ってるの、紙を無駄使いしてこんなに遊んで。」とわがまま姫を少し叱っておこうと口を開きかけたとき


「これな、一番上手にできたやつ。藤臣に、あげる。」

腕一杯に抱えたそれは何度も折りなおしたのであろうくしゃくしゃになった紙で作られた梅の花だった


「昨日教えてくれたであろう?藤臣の一番好きな花の折り方。ひとりで藤臣の用事が終わるの待ってるあいだにやってみたけどうまくできなくて、ごめん。お部屋も散らかしてしまった。でも、喜んでほしかっただけなんだ。」


それはあまりにも不格好でかろうじて花とわかる程度の出来栄えではあったがわたしは葵の気持ちが嬉しくて胸が熱くなった

部屋に散らかりまくっている丸まった紙の屑もおそらく梅の花の出来損ないなのだろう

何度も失敗して、やり直して、あきらめずに、わたしに贈ろうとしてくれたことに胸がいっぱいになる


「ありがとう。嬉しいよ。大切にする。」

藤臣は葵の髪をなでた


散らかった紙を拾って伸ばし、もう一度葵と一緒に梅の花を作る

「これをね、そうそう。綺麗に折って、」

葵の顔は真剣だ。


「で、できた!上手にできたぞ!わらわ、ひとりで上手にできたぞ!」

きゃっきゃと花を片手に踊る葵の可愛さといったらこの上ない

そんな葵を見ていると自然と口角が上がっている


「なんだ?上手であろう?」

葵は得意げに胸を張った

「いや、可愛いなぁと思って。」

「かわっ、かわいくは・・・・うん、ありがと。」

照れて真っ赤になって下を向く葵も愛おしい

たまらなくなって葵を呼んだ


「おいで。」

わたしは小さな彼女を胸に抱えその額に口づけをする

「そこじゃなくて。」

「はいはい。」

葵のご命令どおり、柔らかい唇に触れる


葵はにぱっと笑い喜びを抑えきれんとばかりにわたしの胸に強くしがみついた

「葵、好きだよ。愛してる。」

毎日繰り返し詠むこころの詩を葵に伝える

「そんなこと、もうわかっておる。」

「葵は?」

「好きに決まっておろう。藤臣はこの世で一番愛おしい、わらわの恋人だ。」

「よかった。」


返ってくる答えがわかっていたとしても、言葉にして伝えてもらうのはやはり嬉しい

葵を抱きしめる腕に力がこもった

「く、くるしい、藤臣。」

葵はわたしの腕の中で足をバタバタ動かしもがいている

「あ、ごめん。」

「もうっ。」

ほほをぷくっと膨らませたその顔も可愛らしい

藤臣の目じりは下がり、目じりのしわが深くなった



あれから1000年。

上手に折れるようになったね

大事にするから

わたしは貴方ともう一度あの幸せな日々を送りたい

また折ってよ

今度はわたしに直接渡してほしい

あのときみたいにね

「ありがとう。大好きだよ。」ってきちんと顔を見て言いたいんだ

そして「わらわも藤臣が好きだ。」って、葵の声が聴きたいよ


わたしの目から涙が伝う

葵に会えるかもしれないという喜びか

それとも、長く会えない寂しさか

どちらかわからないけれど

せっかくつながった梅の花が見えなくなるほど

大粒の涙があとからあとからあふれ出て止まらなかった



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