梅の折り紙(キーポイントです、ここ)

「柊哉、紙は持っておらぬか。」

まだ瞳の端を涙で光らせながら葵が聞いた

「あぁ、ノートとかプリントとかでよければたくさんあるけど。あと教科書も。」

「いらぬものでよいから一枚欲しい。」

「じゃあ教科書あげる。」

俺は一番嫌いな数学の教科書を取り出して、一枚といわず全部ちぎってやらんという勢いでページを引っ張る

「ちょ、それは大事なものなのではないのか。」

「いやぁ、ねぇ。たぶん社会に出て使わねぇし。」

「そういう問題では・・」

葵が青い顔をしてあたふたしているのでそれに免じて白紙のノートを一枚ちぎることにした


紙で何をするのかと様子を伺っていると、全身を使って自分の大きさよりも大きい髪を器用に折りたたんでいく

5分と経たないうちに出来上がったのは立体的な花の形

「なに、それ。」

「梅の花である。」

5枚の丸みを帯びた花弁が特徴的な花の折り紙が咲いている


「藤臣は梅の花が一番好きであったのだ。藤臣がわらわを放さんと抱いてくれているのであれば、わらわはかの者を笑顔にするものを贈りたいと願う。」


葵は出来上がった梅の折り紙を見つめて愛おしそうに笑う

「うん、いいんじゃない。」

柊哉は正直、葵になんて返すのが正解なのかわからなくてついそっけない返答になってしまった


藤臣さんが作ってるわけじゃないんじゃないかとか

絵柄なんてただの偶然じゃないのかとか

後ろめたいことばかり浮かんで

かといって、

きっと葵のこと待ってるよとか

何かのメッセージだよとか

確証のない期待を抱かせたくもない


「それ、御守り作ってる人にあげてくださいって渡しておこうか?」

俺にできることはそれくらいかな

「うん」

葵の目が輝くのに、俺の心はすこし痛んだ


「ごめん、お待たせ。」

草真が頬を紅葉させて柊哉のもとへ寄ってきた

「いや、全然。もうよかったの?」

「ドーナツすっげぇ喜んでくれて、すっげぇ可愛かった‼」

言葉の情報量と身体から湧き出る情熱の情報量の差異がはなはだしい

「あぁそう。よかったねぇ。」

草真の息は炎を吹くドラゴンくらい荒い

「もうね、すっげぇすっげぇすっげぇ可愛くてね、俺ね、惚れた。」

「知ってるよ、それは。」

あまりの勢いに少し苦笑しながら答えた

「普段髪おろしてるじゃん。今、くくってたでしょ。後ろに、ひとつに。巫女装束からさ、首筋とうなじのラインがもうなんかすんばらしくって、好き―ってなった。大好きーってなった。こう、抱きしめ・・・」

草真は腕を胸の前で抱え込むエアハグの動きをし先ほどの感動を表現していると後ろから

「草真くん。」

椿の声がした

びくんっと肩、といわず全身が飛び跳ねて、驚いて思わずむせこむ草真の背中を撫でる

「つ、つ、つ、椿ちゃん。き、聞いてた?今の・・・」

エアで抱いてた相手が急に現れたものだから、目は泳ぎ行き場を失くした腕はわたわたと宙をかいている

「いや、何も。」

「そ、そう。なら、いいんだけど。」

「これ、言ってた御守りね。」

草真の手に、販売されているものより1.5倍大きい同じデザインの健康促進御守りが3つ置かれた

「あ、りがとう。いくら?」

「いいよ。ドーナツのお礼もこもってるから。・・・あと、ケーキも。それと、樹くんの分ね。」

椿はちらっと俺のほうも見る


「椿、もういっこいいか。こっちのやつ。」

俺の手には葵の涙で散々濡らされた御守りが乗っている

ひとつくれるなら最初から言ってくれれば、こんなになる前に返品しといたんだけどな

こうなってはさすがに元の場所に戻しにくい

姿も見えないならこうやって濡れてるかどうかわかるのも俺だけなのかもしれないけど、確認するわけにもいかないしな

それより何より葵が気に入って離しそうにないから

柊哉は椿に千円札を一枚とさっき葵が作った梅の折り紙を渡した

「なに、これ。」

椿が折り紙を見ていぶかしげに柊哉をにらみつける

「お前ら待ってるの暇だったから作ったんだよさっき。価値ある御守りを作っていただいてありがとうございますの意を込めて、御守り作ってる人によろしく。」

柊哉は努めて明るく言って、胸の前で親指を立てた

「ふーん。まぁ、もらっとく。」

「ちゃんと伝えといてくれよ。」

「はいはい。」

椿はめんどくさそうにもうどっかいけと手をふった


「じゃあ、また。」

草真は名残惜しそうな顔で椿に手を振っている

「俺、また来てもいい?」

「神社の参拝はいつでも開放してるよ。」

「いやぁ。そういうことじゃないんだけどなぁ。椿ちゃんに会いに!なんちゃって。」

草真は頭を掻きながら照れ笑いを浮かべた

「うん。」

椿が小さく肯定の返答を示した

「い、いいの⁉やった。明日ね。明日も来るから。好きなおやつ考えといて!明日学校で聞くからね。」

草真は全力笑顔で手を振りながら、椿が家に入るのを最後の最後まで見送っていた。


家の扉が閉まった途端、サルのように飛んだり跳ねたりして喜びを表現しているこの男を怪我をさせずにどうやって石段の下まで運ぼうか、またクスリをキメていると事情聴取されずに家まで送り届けようかと考えあぐねたのは言うまでもない











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