不死の御守り(物言わぬ伝言)
ほぼ睡眠時間に費やした午前中の授業が終わり昼休みの開始を告げるチャイムが鳴った
陽は高く昇りサンサンと教室に差しこんでいる
寝てただけでも昼が来れば腹も鳴る。食堂へ行こうとイツメンの草真と樹を誘い教室を出ようとしたその時、
艶のある黒髪のポニーテールが振り向いてすれ違いざまに
「昨日はありがとう。
と小さな声で
「椿さえよければまた行こう。」
椿は小さくうなずいて自分の席へ戻って行く
椿との会話をダンボさながらの大きな聞き耳ではっきり聞き取った
「おい、柊哉。昨日はありがとうってどういう意味だよ。また行こうじゃねぇよ。」
殺意のある目が俺をにらんで光った
ロングライフルを構えたスナイパーのごとし鋭い
「俺が西園寺ちゃん狙いなの知ってるよね?協力してくれるって言ったよね?」
さあ、どういうことか説明しろと言わんばかりに詰め寄る草真へどう言い訳をすべきかと思案する
柊哉は草真あまりの勢いにたじろぎながら
「いや、なんか、昨日ケーキ屋でばったり会っちゃってね。そのままおごっただけだよ。も、もちろんテイクアウト。一緒に食ってない。」
「ふぅん。」
草真の目は殺意から疑いに変わるが、多くを語って地雷を踏まないようにまずは戦地に
俺のカバンの中には今も誰にも言えない秘密が入っているんだ。
葵のことがばれてしまたったら、いや決して見えるわけはないのだが
「今日、西園寺のとこの神社に御守り買いに行こう。
話を別の方向にそらそうとあがいた結果の一言である
「あそこの御守りほんとに効くって草真言ってたじゃん。」
「うん。」
ちら、と樹を見て助けてくれと訴えた
「うちのチームの試合も近いから早く治したいし、そういうのがあれば俺も嬉しいかも。」
「ほら、樹もそう言ってる。」
「じゃあ今日学校終わりな。」
と、強引に話を切り上げた
草真はまだ何か言いたげだったがなんとか乗り切れたようだ
葵のことを誰かに話すわけにもいかないし、椿と学校で話し込むようなことがあれば草真に絶交されかねない
ちゃんと本当の柊哉の姿をみてくれる友達ができたんだ、大事にしないと。
椿に学校であんまり話しかけないでって言おうか、いや椿が草真とも話すようになれば問題ないんじゃないか
入学当初から椿一筋で思いを寄せているこの男にも花を添えてやりたい
ではなんて椿に声をかけたら協力してやれるんだろうか、なんてひとり
終業のチャイムが鳴って俺が帰り支度をしていると、草真が椿のほうへ歩いて行って声をかけていた
「今日、西園寺ちゃんとこの神社に御守り買いに行こうと思ってんだけどさ。いいかな。」
椿は小さくうなずいている
その横顔に嫌悪感は見えず、むしろ嬉しそうでもある
「柊哉から聞いたけど、ケーキ好きなの?もっていこうか。何ケーキがいい?」
「いいよ。わざわざ。」
「いや、西園寺ちゃんが喜んでくれるなら、俺、なんでもするから。」
おおお、なんて男らしい一言だ
あんなにアピールしまくってるのになぁ、椿っていっつもさらっとかわすんだよな
気持ちに気づいてない?いや、まさかな、あそこまでされて気づかないってことは、ない、いや、あるかも。
頑張れ、草真。
俺は心の中でエールを送る
「じゃあ、ドーナツがいいな。」
「ドーナツ?おっけ、了解。100個ぐらい持ってく。」
「100個は、いいよ。食べきれないよ。」
椿が笑うのを見て草真はかなり嬉しそうだ
なんかあそこの空間だけ小春日和だなぁ
草真が椿と会話を楽しむ様子がほほえましい
「じゃ、あとで。」
「うん。またね。」
互いに小さく手を振って草真が俺のほうへ駆けてきた
「やっっっっばいわ。俺の手汗。なんかもう可愛すぎて心臓飛び出すかと思った。」
かなり興奮したご様子で息が荒い
草真の興奮は冷めやらぬまま饒舌に椿への愛を語るのを黙って聞いた
葵といい草真といい、愛情の重たいやつばっかだな
俺たちはドーナツ屋へ寄った後、椿の神社へと向かった
ドーナツを二箱も手に下げて神社に向かう
長い階段をもろともせずに上機嫌で上がっていく草真についていくのが精いっぱいで鳥居をくぐる前に制止する暇もなかった
もしかしたらその先は桜が咲いているかも、と
はっと手を伸ばしたがブレザーの裾は俺の腕をひらりとかわして壇上へと駆けていく
俺と違って恋のマジックにかけられた足取りは軽快で爽やかだ
汗のひとつもアイドルさながらにキラキラ煌めかん有様でまぶしく秋空の野外ステージに輝いている
しかし柊哉の心配などよそに鳥居の向こうには正月と変わらない神社らしい
閑散とした境内に他の参拝客は見られず、
古く
神殿に続く石畳の外には白や銀色の砂利が敷き詰められており、砂利の向こうには「桜」ではない木々が植えられている
木々は少しばかり
寂し気な秋風の似合う趣ある神社、ただそのものである
ほっと息をなでおろす
草真はドーナツを抱えながら、神様への挨拶もしないまま、きょろきょろあたりを見回して椿を探している
なんて不謹慎なやつだ
神様の目の前でその態度とはけしからんぞ
柊哉は不謹慎野郎の横を抜け、礼儀として賽銭を入れ鐘をならし手を打った
がらんがらんと大げさな音を立てた鐘は椿にも来訪を示せたようで
彼女はすぐに神殿の裏手から巫女装束を伴った姿で現れ「ようこそお参りくださいました」と軽い会釈をした
椿の巫女衣装を見た草真は
「あ・・・椿ちゃん、あの、なんていうか、雰囲気が違ってすごく・・・その、かっ、いいと思う。え、と、これ、約束のドーナツね。なにが好きかわかんなくていっぱい買ってきちゃった。」
耳まで真っ赤に染まりあがって、放っておけばゆでだこになりそうなこの男を、とりあえずそっとふたりきりにして置いておくことにする
境内の傍に御守り売り場と社務所が一緒になった小さな建物があったので、柊哉はそこに立ち寄った
ふたりの邪魔にならないよう御守り売り場でウインドウショッピングさながらにおみくじや御守り、お札といった類を眺めた
今日の目的の健康守りを手に取る。効果はバツグンだ、という健康御守りだ
たとえ願掛けであったとしても
葵の着物と同じ向日葵色の布に薄紫の字で『健康促進御守』と書かれており、角度を傾けると現れる仕様で刺繍のような模様が御守りを抱くようにして入っている
その模様は、垂れた穂のような、枝垂桜のような、色こそついていないので草木に詳しくない俺には名前はわからないが植物であることはわかる
「葵、これ、なんの植物?」
カバンからひょっこり顔を出した葵に手の中の健康促進御守を見せる
藤臣はお花が好きだったからいっぱい教えてくれたんだという葵の植物の知識は博い
葵はそれを見た途端、はっと目を見張った
「藤、である、と思う。」
葵が物憂げな目をして御守りを見つめた
葵の恋人ー
小さな手は御守りにそっと触れた
「なんだか、藤臣の香りまでする気がする。」
そっと御守りをなでる葵の目に光るものが溢れ頬を伝っていく
押さえている感情が溢れるように愛しそうに御守りを優しく撫でる
藤の模様を、そして藤色の文字を手で沿って触れて、なにも言わずにただ大粒の涙が御守りを濡らしていく
「柊哉、これ、買って帰ってもらっても良いかの。」
「うん。」
俺はまだ草真と椿が話し込んでいるのを見やって、スマホを開く
藤 画像 検索
確かに葵の言う通り藤で間違いないなさそうだ
「なんの奇跡かわからぬがわらわの着物の色と藤色の文字だ。こうして触れておると藤臣と一緒にいる気がするな。柊哉、藤の花言葉は何か知っておるか。」
「いや、知らない。ごめん。」
「『決して離れない』という。藤の蔓が巻き付いて離さんとしているようにも見えぬか。」
向日葵色の御守り袋にくるりと巻くように入っている刺繡はそんな風にも見える
「そうだね。なんか抱きしめてるみたいだね。」
「
葵はつぎつぎに涙を流しながら御守りを撫で続ける
会いたい。
震える背中はそう語っている
俺はなんて声をかけていいのかわからず、すすり泣く葵の背中をさすってあげることくらいしかできなかった
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