古典のテスト勝確(趣味が仕事になったら嫌になるでしょうか)

畳張りの部屋に真っ白な布団が一つひかれている

これは藤臣ふじおみと暮らしている部屋の中だとあおいは気づいた


ふすまの隙間から見える庭の紅葉もみじはまだ青みがかっているようだが、部屋の奥に飾られた掛け軸には真っ赤に染まった紅葉谷を写した様子が描かれた絵が飾られており季節感を醸しだしている


早朝の空気は澄んでいて美しい

いつの間にか布団から半分はみ出した体が寒気を感じで、まだ起床には早いというのに目が覚めてしまったらしい


愛しい人は葵の目覚めに気が付いて寝ぼけ眼のまま白くて細長い指を伸ばした

「葵、おいで。まだ早いよ。もうちょっと一緒に寝よう。」


優しく葵の冷めた体を包んだ指を胸元に持っていって、宝物を抱きしめるように小さな体を自分のほうへ寄せた


藤臣ふじおみの香りがする

花のような香しい香りが鼻腔をくすぐってこころを温める

葵はたまらなく嬉しくなって首筋に優しく口づけをした


「なぁに、くすぐったいよ。」

ありがとうと言わんばかりに頭に添えられた指が葵の長い髪を撫でた


そして額にさっき葵が藤臣に贈った愛情が返ってくる

心が跳ねる。葵はもっと、と藤臣の唇に手を当てた

薄紅色の唇は薄くて柔らかい


もう何度も、昨夜も散々もらった愛情表現を葵は飽きもせずに欲しがって

「あーとーで。」

たまに煙たがられる


仕方なくしばし我慢して藤臣の寝顔を拝顔することにした

トクン、トクン、と脈打つ藤臣の鼓動を感じるうちに、体温で温められたお布団に誘導されて葵の瞼は重たくなっていった



こんな朝が毎日続くと思っていた。毎日続けばいいと思っていた。

平安の世も、令和の世も、朝の空気は変わらない。

ピンと張り詰めた澄んだ静けさが広がっている


いや・・・五月蠅い。

聞き慣れない電子音がけたたましく鳴っては止まり、鳴っては止まりを繰り返した

もう5,6回、いやもっと続いただろうか

もういい加減静かに寝させてくれと思ったそのとき


「葵‼やばい‼起きて‼遅れる。なんでアラーム鳴らなかったんだろ。」

「お前がとめたのだろう。」

「はぁ?止めてないよ。だって聞いてないもん」


わらわは何度も聞いたけどな。

犯人はあなただ。と眠ったまんまの迷探偵が言ってやりたい


いや、あのまま覚めなければよかったのだ

起きたとき藤臣がいてくれたらどんなに嬉しかっただろう

幸せなまま眠れていたらどんなに楽だったろう


感慨かんがいに浸っているのも束の間

布団は乱暴にはがされるわ、脱いだ寝間着は飛んでくるわの大騒ぎで

ふぁぁ、と大きなあくびをかました途中でむんずと掴まれカバンの中に投げ入れられた

姫様を手荒に扱いやがって、帰りは絶対甘味を買ってもらおうと誓った


姫様。姫様だったのか、わらわは

昨夜の話を振り返りながら暴れる自転車の籠に乗せられて学校へ向かった


******


やっぱり変な時間に寝たツケが回ったと俺ー柊哉しゅうやは思った


自分で止めたのか鳴らなかったのかわからない目覚ましは、定時のより30分も針が進んでいて、競輪選手もびっくりな速度で自転車を漕ぎ、なんとか教室に滑り込んだ


「セーフ!おはよー、柊哉。ギリなんて珍しいじゃん。」

「お、おう。」


いつきが涼しい顔で手を振る

乱れた呼吸を整えるのが精いっぱいで「おはよう」を返す余裕はない

なんだか一仕事ひとしごと終えた気分だ


さぁ、1時間目は爆睡するぞと意気込んで、どうすれば先生の立つ位置から自分が見えにくいかというのを必死に研究する


「おはよう。みんな朝は眠いと思うので、眠気覚ましの小テストをしまーす。」

40代くらいの着慣れた茶色のスーツに身を包んだ国語の先生が、にこにこしながら手に持ったテスト用紙と見受けられる紙の束を掲げる


これは、絶対寝られない案件じゃんか

あぁー、最悪

せっかく眠気をそこまで呼んでおいたのにしばらくお待ちいただくしかないようだ


前の人から順番に用紙が回ってきて全員にいきわたったのを確認した先生が

「じゃあ、いまから20分です。はじめ。」

と声をかけた


ひっくり返して目に飛び込んできたのは先日授業やった枕草子の一節だ

ところどころにかっこで言葉が抜かれてあったり、文章の隣に線が引いてあったりする


「春はなにがおかしいか?知らねえよ。んなもん。わからん。次、ようよう白くなりゆく山はどのような状況であるか・・・。わからん。次、かっこに入る言葉は・・・知らん。誰が文章暗記しとると思ってるんだよ。くそ。」


なにもひらめかないまま問題は飛ばされていく。こうなったら適当になんか書いてみるか。もしかしたらって可能性はあるだろ。


問題に苦戦する様子がおかしいのか葵が隣でクスクス笑っている

「なんだよ。馬鹿にすんな。高校の勉強っていうのは結構難しいんだぞ。」


おかし、なんだよ、おかしって、おかしいのは葵だろ

おん?


「あーーーーー!!」


俺はシャーペンが紙を叩く音しか聞こえないた教室にそぐわない大きな声を上げた


「城田、どうした。」

先生は怪訝な表情を浮かべ、教室にはこらえきれなかった笑いがどっと沸き起こった


「いや、すんません。急に答え思い出しただけです。」

「そうか、なら100点目指して頑張りなさい。」

「はい。」

俺は何度か頭を下げ、笑いの渦はだんだんと沈下されていった


「葵さぁ、これ読める?」

「当然であろう。」

「意味、分かる?」

「誰に聞いておる。」


よっしゃあ。これは勝ち確いただきました。

なんで、もっと早く気が付かなかったんだろう。


「これはの・・・・」

葵大先生様の助言のおかげで俺は易々と小テストを終え、おまけに余った時間で睡眠までとれるというボーナスまでついて1時間目を終えた


「葵がいたら俺、将来古典研究の大学教授とかになれそう。」

だって研究もなにもそこにいた人が傍にいるんだからこれ以上のチートスキルはない


「今は家業を継がぬのだな。」

「あぁ、そうだね。比較的自分の意志でやりたい職業に就きやすい世の中にはなってきたかな。」

「そうか、良いな。」

葵は大きくうなずいた

「なんで?」


「藤臣のお父上はまつりごとをしておる方でな。それに、男は蹴鞠けまり流鏑馬やぶさめとかといったものがうまくなくてはならなかったらしい。藤臣はうたとか笛はうまかったのに、あまりまつりごとにも運動にもけておらんかったゆえ、ついに離宮に追いやられてしまったとわらわに話してくれたのだ。人にはそれぞれ得意、不得意があるのにの。だから、この世に来たら藤臣の目は輝くだろうなと思ってな。わらわにおくってくれるうたも聴かせてくれる笛の音もそれは見事で、」


長くなりそうなのろけ話は軽く受け流しながら、そういうもんだったんだのかと考えさせられた


好きな職業な。

趣味を仕事にすると、そのうち嫌になるからやめとけって、誰か言ってたっけか。


葵が月に帰ると言ってしまったら、俺の天才大学教授計画もなくなってしまうんだ。

次の満月まではあと一か月弱。

中間テストの国語の時間割が早ければテストで100点の夢がかなうかもしれない。


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