襲撃(一波乱だね)

桜色一色の世界の中に、巫女装束姿のひとりの少女が鋭いまなざしで柊哉しゅうやを、いやあおいを見ている

白の上衣に緋色の袴が純日本風の顔立ちにマッチしていて凛とした美しさを際立たせる


彼女の黒く光る瞳は殺気に満ち溢れ敵を射ぬかんとしてきゅっと細められた


柊哉と小さな妖怪が来るのを待ち構えていたかのように30メートルほど向こうで仁王立ちする少女の手には弓道部さながらの本格的な弓が握られており、背中には数本矢がストックされている

制服を着ていた時とは全く雰囲気が違い気迫のこもった出で立ちだが、この少女こそ柊哉がこそこそ後をつけてきていた西園寺椿さいおんじつばきその人である


西園寺はゆっくりとしたモーションで矢の先をの柊哉のほうへ向けて弦をぎりぎり引いた


意図せずストーカー行為のような行動をしたことについて御狂乱なのであれば心からの謝辞を申し上げたいと柊哉は慌てる

「待って。ごめん。違うんだ。今日は御守りを買いに・・・」


たじろぎながらも弁解の余地を求めて、言い訳を並べてみたものの西園寺は聞く耳を持たず弓を引く手は止まろうとしない

今にもはじかれるのではと思われるほどいっぱいに引かれた弦はその限界を超えてまだ大きく引かれ続ける


西園寺の腕が邪魔してはっきりとは見えなかったが矢の後ろに青紫の火が灯った気がした

それを皮切りにぼっという発火の音が連鎖的につながっていつの間にか引手のいない宙に浮いた弓と矢が円形上に広がり柊哉を囲む


西園寺が手に持つ弓が転写されたようにひとりで浮く弓も同じ動きをする

10か、いや15はありそうな弓はいまかいまかと弾かれるのを待っている


西園寺の口角が少しだけ上がった

続けて呪文のような言葉を次々と口にするたび矢の炎は勢いを増してゆく

ついに矢の炎はごおおと火炎の轟音となって俺を取り囲み

「は!」

西園寺の鋭い掛け声とともに青紫の炎をまとった矢が弾かれて一直線に柊哉へ向かってくる


驚きと絶望で俺の身体はぴくりとも動こうとしない

矢の切っ先がずんずん近づいてくるのをスローモーションのごとく客観的に眺めて死期を悟り無抵抗に眺めていた


四方八方からめちゃくちゃに刺さったら痛いだろうなぁ・・・

炎まであがってるし燃えて熱いかもしれないなぁ・・・

自分の身に迫っている危機でありながら、映画でも見ている傍観者の感覚に包まれ体中に痛みが重くのしかかるのを待った


鋭い痛みに襲われる直前の一瞬、めまいに襲われて目の前が暗転し思わず目を閉じた

ふたたび目を開けるともうすでに約1メートル手前まで矢の数々が迫る


しかし矢はそこで障壁に阻まれているように前進を静止しさらに矢の切っ先を黒いものが押し返す


カバンに入れていたはずの葵がいつの間にか柊哉の前に飛び出して西園寺のほうを見ていた


葵を中心にして広がる黒い禍々しいものは波紋状に広がって、猛者のごとし炎の矢の侵入を阻み先から朽ち落としていくではないか

赤黒くにじんでいくそれは矢の姿を侵食して金属を熱したときのように矢を赤黒い液体に変えぼたぼたと落としていく

矢をすべて呑み込んでしまうと赤黒いものの侵食がやんだ

柊哉の足元に広がっていた桜の絨毯も侵食とともに黒い灰と化して春風と共に散っている


「こんなものでわらわを射抜けると思うたか」

葵は灰と桜の狭間に立って、その約30メートル先で悔し気に唇をかんでいる西園寺に大きな声で問いかける


葵が一歩、桜色のほうへ足を踏み出した

積もり薄紅色に輝いている桜の絨毯が灰色に姿を変える

葵の踏み出すところから花びらがしおれ灰と化し爽やかな春風とともに黒い粉塵となって宙を舞った


「く、来るな!来たら、」

西園寺は呪符とみられる封筒くらいの大きさの文字が書かれた白い紙を取り出して、次の矢を背からとり矢の先でその紙を貫いて何か呪文のような文言を発した

今度は白い炎に包まれた矢を葵のほうに向けて構えすぐに弦を弾いた

矢は鋭いスピードで葵へ向かって虚空を切った

しかしまた矢は葵まで届かぬまま何かの障壁に阻まれるように前進を止め矢の先から赤黒く溶けていく


「何度やっても無駄なことよ」

葵が彼女に近づくのを止めて勢いよく左手を掲げた

今にもふりおろさんとした時、


「だめっ」

どこからか少女が現れ西園寺をかばうように覆いかぶさった。現れたもう一人の少女は西園寺とうり二つの顔をしている。


しかし西園寺よりもいちだんと透き通るように肌は白く髪の色もほぼ白に近い銀色、意思のある目で西園寺を背にかばう少女の瞳も色素の薄いグレーだ

少女は体制を立て直して葵へ向き直ると呪符を取り出すと呪文を唱え自分たちの前に結界とみられる障壁を張った

少女の背後でもう一度矢を放とうとする西園寺の手を止め、少女は必死の形相で首を振る


葵は追撃は無しと判断し掲げた左手をゆっくり下げると、足元に広がっていく灰色の波紋を悲し気に見つめて

「危害を加える気が無いのであればよい」

といって後ろへ下がってきた


ふうと一息ついた葵の足元からは、さらに桜の絨毯が灰に変化する様子は見られず赤黒いものの侵食も今は見られない


「柊哉、けがはないか?」

柊哉の足元まで引き返し、見上げて尋ねる葵は、スマホを勝手にいじってゲームをしながらスイーツばっかりむさぼっているいつもどおりの安穏極まりない姿だ

柊哉は腕や足を少し動かしてどこにも痛みを感じないのを確認したうえで大丈夫だと答えた


息が詰まるほどの桜の香りに、陽だまりのような温かさ

誘われるように俺がここへ来たこと

そして突然の襲撃

何か因果関係があるのだろうとしか思えない



「葵は、大丈夫?」

「うん」

葵は首を縦に振って首肯する

何かすごいものを発したような気がしたけれど、彼女はいたっていつも通りで疲労感の欠片も見えない


「さっきのは、」

柊哉の問いかけに葵は言い出しずらそうに視線を落とした


「どうしてお前がそれを所有している。」

警戒を解かないままこちらを鋭くにらみつけている西園寺が声を張った

「それって、なに?葵のこと?」

西園寺が小さくうなずいた


「えーっと、うーん。拾った。」

もっと良い言葉は無いかと探したが見つからずそっけない表現になってしまったことはあとで葵に謝ろう

「ではこちらに渡してもらおうか。」

突然襲撃を仕掛けたあげく謝罪もなく、偉そうに葵を渡せだなんて冗談じゃない

罵倒のひとつでも浴びせてやろうかとは思ったが平和主義な俺は西園寺の態度に怒りたくなるのをぐっと我慢して

「事情ぐらい聴かせてくれてもいいんじゃないの」

と言った


葵をにらみ続けている西園寺に

「まずその危ないものしまってくれないと俺はどっちにしてもそっちには行かないよ。武力じゃなくて話し合いで解決しない?見たとおり、俺は丸腰だ。はさみひとつすら持ってない。」

降参のしるしに手を挙げて戦闘の意志がないことを示すと西園寺と少女は顔を見合わせてうなずき、西園寺は手に持った弓を離して床にゆっくりと置いた


西園寺の隣にいる少女が姿勢を正して口を開いた


「ここは、人間と妖怪のはざま『桜の世界』。私たちはそこを守る看守をしているの。罪を犯した妖怪を封じ、刑期が終わった妖怪は封印から解放する。この向こう側『妖界』では妖怪が幸せに暮らせるところがある。だから、お前もこっちに呼んであげるんだよ。おいで?」


白色の髪の少女はか細い声で、しかしはっきりと葵を誘う。今度は強引にではなく、葵から自主的に行くのを待つようにして手のひらをひろげた。


「いやじゃ。」

葵は全く迷うことなく首を横に大きく振った


葵が誘いを拒絶したのを少女は不思議そうな顔見やって

「どうして?お前は妖怪だろう?仲間に会いたくはないのか?」

「こっちも、あっちもないわ。わらわに仲間などおらぬ。」

「でも、昨日椿がお前を見たとき、はっきりとお前から感じられる妖気があったと言っていたのに。」

少女は困惑した表情を浮かべ差し出した手をどうしたものかと迷っているように思える


やっぱり、昨日葵が目が合った気がすると言っていたのは当たっていたんだ

なら今日俺がここに呼ばれたのも、ただの気まぐれではなくて洗脳やら誘導やら、もしかするとあの呪符みたいなもので操作される形で必然的にたどり着いた結果というものか


「言いたいことはそれだけか。」

葵の問いに西園寺も少女も返事をしない

「では、わらわはそちらには行かぬ。帰るぞ。」

葵は柊哉の手を引いて無理やりに向きを変えさせた


柊哉はまた背後から矢が降り注いでくるのではないかと心配になって振り返ってみたが西園寺が再び弓を構える様子は見受けられない

西園寺は苦虫を嚙み潰したような顔をして葵をにらんでいるように見えるが、銀色の髪の少女は西園寺の追撃を許可しなかった

本当にあきらめたのだろうか

「いや、でも。」


柊哉は目の前に広がる光景をぼんやり眺めて肩を落とす

「でもなんだ。気になることがあるのであれば申してみよ。」

「帰り方、わかんない。」

俺は目の前に広がる薄紅色一色の情景を眺め悲壮な声を出した


くぐってきたはずの鳥居の姿は見当たらなかった

どこまでも桜並木が広がり一点の闇さえない

追撃を止めた理由はこれだったんだ。もしも射抜けなかったとしても逃げのびられることはない。入ってきた時点で相手の術中、檻の中の箱庭。

柊哉は悲嘆にくれ、望みを失くした。


しかし、葵は桜並木を右、左、と見渡すとあっちと指さして俺の手を引いた

葵は一本の大きな桜の木の前で止まって俺に桜の幹に触れるように促す

恐る恐る幹に手を伸ばし、老齢の貫禄ある幹に触れたと思った途端

秋の冷風が身を刺して、俺の眼下には長い石段が続いていた

甘ったるい桜の香りは消え陽だまりのような日差しもない

かすかに香る金木犀の香りが10月であることを思い出させた


柊哉は無事、元の世界に戻って来れたことに安堵しながら葵に尋ねた

「なんで、わかったの」

「あの木だけ花が舞い散ってなかったから、だな」

なにも難しくないよと言いたげに肩をすかしてみせた


いや、ぱっと見ただけでそんなこと普通わかんねぇぞ

「帰ろう。あ、樹の御守りを買うんだったな。」

「あ、あぁ、そう、だったね。」


追っ手の姿はと振り返ると先ほどまでいた異様な桜の景色は花びらひとつも顔を見せず、代わりに。初めにくぐった鳥居がすぐ背後に建立して、奥には正月にも通い詰めた荘厳な境内と賽銭箱、鈴や手水場といったお決まりの風景が広がっているが

とてもまた入ろうという気にはなれない

「やっぱり、いいかな。」



俺は正月に草真と引いたおみくじを思い出した

待ち人:来る。ひろい心で受け入れよ。

失せ物:出る。こころせよ。


待ち人は来たよ。俺が人生をかけて大好きだと訴えているフィギュアのガチリアルバージョン。

もちろんひろい心で受け入れたよ。

その証拠に今めちゃくちゃ仲良しだし。同居中だよ。

でもさ、でもさ、失せ物は、

こころしたぐらいじゃ無理じゃん。あんなの。

規格外、キャパオーバー、脳の容量不足により只今よりスリープモードに入ります


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