ストーカーからの出会い(10月なのに桜が咲いてる)

昨日のスマホ置きっぱなし事件から一夜明けた、今日。

始業10分前。全体の9割ほどが埋まった教室の引き戸を開ける


がらがらっと音をたてて扉を開けた正体は誰かと全員が一瞬こちらを見やる

爽やかな笑みと共に「おはよう」と誰へともなく声をかけた。


「おはよー。柊哉しゅうや。」

ばらばらと声をあいさつを返してくれる横を抜けて、自分の席を目指した。

すでに到着していた西園寺さいおんじはとくに俺へ反応をみせる様子もなく通常運転で読書に耽っている。

昨日の視線は、やっぱりあおいの思い込みだろう


授業が始まっても彼女はいつも通りまじめにノートをとるばかり

葵も西園寺を気にしているのか、カバンの端から頭だけ出して様子をうかがっている


「別に普通じゃん。」

「うむ。そうだの。わらわの思いすごしであったかの。」


あてられたときに小さく返事をして答える以外はほとんど声を聴いたことすらない。

女の子らしくグループをつくってかたまってるわけではなく、いつもひとりでたたずんでいる

ハブられてではなく、ひとりでいるほうが好きだといった風だ


ぼんやり西園寺の端正な横顔を眺めながら、考えにふけっていると突然背中を何かでつつかれて一気に現実へ戻された気分になる。


「柊哉?柊哉ってば、当たってるよ。76ページの5行目からだって。」

「ええ?」


真後ろの席からひそひそ声で教えてくれたクラスメート武田草真たけだそうまは「俺の西園寺ちゃんみつめてんじゃねぇ」と一言添えた。


そんなんじゃないって

いつも西園寺を笑わせようと馬鹿をやっては冷たい視線を浴びせられている、ひょうきんものの彼ならもう少し彼女に詳しいかもしれないと休み時間に話をふってみた


「柊哉、西園寺ちゃん狙ってんじゃねぇだろうな。今日はなんかずっと見てたし。だったら教えてやんねー。なーんにも!ぜーったい!」

草真は腕組みをして頬を少しふくらませたままそっぽを向いた


「だから、違うって協力してあげようと思ってんだからさ。」

「ほんとに?」

「ほんとに。」

彼はよしっとガッツポーズをし、絶対だぞと念を押したうえで話し出した


「正月に初詣行ったの覚えてる?」

「あぁ覚えてるさ。草真が西園寺ちゃんの巫女装束が見たいって行ったとこだろ?」


まだ葵に出会う前のことだ


実家が神社だという情報を得た草真が俺を大晦日おおみそかの朝っぱらから誘い、西園寺の巫女装束を一目見たいというこの男の執念に付き合わされて寒空の中手足が凍り付きそうになりながら3が日毎日、神様ではなく巫女様みこさまを拝みに通わされたのはいい思い出だ


「草真、おみくじ大凶だったじゃん。」

「いいんだよ。恋人の欄、『待てば海路の日和あり』だったんだから。しかもあれは西園寺ちゃんから手渡しされた記念すべきおみくじなんだ。」


大凶だったにもかかわらず、神社に結んでこずに財布にしっかり仕舞い毎日持ち歩いているらしい

運気さがるんじゃねぇのか


「早く告れば?」

「う、うるせぇ。待てば、海路の、日和ありだって西園寺ちゃんからの思し召しだ。もうちょっと、待ってる。」

草真はふてくされた顔でうつむいた

西園寺ちゃんが書いたわけじゃねえっつの。それを言うなら神様からの思し召しだ


まぁ、今のままじゃ確実に玉砕だもんな

「連絡先とか、知らないの?」

草真は首を振って

「西園寺ちゃん、スマホもってねぇんだって。」

「はぁ⁉今どき?JKがガラケー?」

「いや、ガラケーも持ってないって。」


なんだそれ、スマホ持ってませんなんてしょうもないナンパ男蹴散らすときに使う言葉じゃなかったのか


「でも、代わりに?なんか、お札みたいなのいつもいっぱい持ってる。」

「お札?」


草真がいうには封筒サイズぐらいの白地に模様か文字か何かが書かれてある代物がいつも胸ポケットに刺さっているらしい

新しいタイプの御守りか何かだろうか。神社の家の子なら持ち歩いていても不思議はない、かな。いや、どうだろう。それよりもスマホを持っていないというほうが、に落ちない


けれど、葵の言うほど危険な人物ではなさそうな気がする。

草真はもう一度俺に頼むぞと念を押して、チャイムの音とともに自分の席へ戻っていった


秋の澄んだ日差しは高々と上がり、夏の疲れをみせない太陽がさんさんとしている

ようやく授業から解放され、部活動へ精を出す運動場を横目に校門を目指した


「柊哉ー。帰んの?」

サッカーボールを片足に携えたまま声をかけてくるのは同じクラスの二階堂樹にかいどういつき

元ジュニアユースだったというだけあって、サッカーのセンスはほかのメンバーの群を抜いている。成績もトップクラス、整った美しい顔立ちに加え気づかいもうまい彼は誰からの人気も高い。


「うん。」

「また明日な。」

俺に手を振っているにも関わらず、周りにいた女子が黄色い声を上げるのもうなずける

足を痛めてユースクラブからも一旦離れ、調節中と言っていたのにそれでも毎日部活動に精を出すとは、万年帰宅部を謳歌している俺からすれば頭が下がりっぱなしだ


今日はしっかり後ろポケットに入れたスマホを確認しながら門を抜けた

すると前の人に続いてぞろぞろ帰路へ向かう生徒の中に西園寺の姿もあるじゃないか

特に誰かと一緒に帰る様子もなくただまっすぐ前を向いて、後ろに結んだポニーテールがリズムよく上下に跳ねている

漆黒の直毛がさらりと翻りながら凛として歩く姿は、恋というエフェクトをかけずとも美しい


いつのまにか彼女を目で追っていた俺は、いつのまにか、ほんとうに、ただの出来心で

そっと後をつけてしまった


ただ少しなぜか気になっただけだと、その頃は思っていた


学校の最寄から5駅ほどきたところの駅で彼女が降りた

あたりは下町の雰囲気を漂わせる哀愁を抱いた住宅街がひっそりとのびる


あれほど、うようよいた同じ服を着た人間もどこへ散っていったのか、この駅でおりたのはほんの数人

俺は彼女に気づかれることがないように慎重にかつ不審者にならないように堂々とした態度で後に続いた


「おい、柊哉。どういうつもりか?」

カバンの中からひょっこり顔を出した葵はいつもの帰り道と違うことを察して言った


「どうもこうもないよ。なんとなく気になっただけだ。」

「なにが。」


なにが、なんだろう

と、少し考えたが何に引っかかって自分が大胆な行動に至っているのか見当がつかない。


「えーっと、樹に、御守り買ってやろうと思っただけだよ。早くユースクラブに復帰できればなと思って。」

「ほう?友人を想って御守りとは良い行ないだな。でも、草真にではないのか?恋愛成就守りなど今日の話の礼にはもってこいだと思うが」

「いや、なんか、あの神社の健康御守りがすごく効果があるとかいう噂でさ。」


噂といっても草真からきいた情報でしかないが、どっかのばあちゃんの足が良くなっただの、どっかのじいちゃんの目が良く見えるようになっただの、と足しげく西園寺の神社に通う人も少なくないのだそうで

どうやら本当に御利益ごりやくがあるらしい


葵もふぅんそうなのかと納得した様子で再びカバンの中に納まる

そうだ、きっと俺は樹に御守りを買ってやりたくてこんなことをしているに違いない。

自分に言い聞かせるようにして、黒髪が跳ねるのを追った



ずっと単調に道をまっすぐ歩いていた西園寺が急に向きを変え、路地へ吸いこまれていった


すかさず走って曲がり、天を仰ぐ。

そうだった。これだ。超階段。

ざっと100段はありそうな石段が続く先には、ご期待通りの朱色の鳥居がでんと構えている。

西園寺は俺に全く気付くそぶりもなく、淡々と石段を上がりもうすでに終盤に差し掛かっているじゃないか


よし、

と気合を込めたのもはじめだけ

だんだんと足取りは重くなり、なんとか半分。

ようやく最後の3段というころになればもう額からあふれる汗は止まらなかった。


「ふあぁ、ついたぁ。」

自身がストーカー行為をしているという背徳感は疲労感に押しやられすっかり霧散してしまっていたのだ。

立つのがやっとという足取りで鳥居をくぐって


くぐった先に

見えた

それが

あまりにも今とかけ離れすぎていて飲み込めない。


確か季節は10月中旬

まだ紅葉には早く、金木犀の甘い香りがそろそろというころあいだったように思う

そう、さっきまで

吹きかけてくれた風が涼しくて、息を切らしながら石段を上っている俺は秋風に何度救われたことだろう

しかし、今は、どうだ

目の前にある風景は、どうだ


あたりは一面桜並木で薄紅色に染まり、吹く風は生温かい

甘酸っぱい桜の香りが鼻孔びこうをむせるほどくすぐり、胸がいっぱいになる

約半年前に見納めたはずの春の景色が柊哉の前には広がっていた


見渡す限りの桜、桜、桜が広がり、春風が吹くたびに満開の花びらがひらりひらりと花弁を散らしている

踏みしめる足元には桜の絨毯じゅうたんが道が見えないほど敷き詰められ、桜色は無限に広がっている

他の植物は一切見えないのに桜ばかりがどこまでも続く圧倒的な不穏感ふおんかん

あまりの驚きに柊哉は声を失くし、唖然あぜんと立ち尽くしていた


桜並木の先を見据えれば、荘厳そうごんに建立している社風やしろふうの建物が一軒

黒や金が施され豪奢ごうしゃ剣吞けんのんな雰囲気を嫌でも感じざるを得ない


俺は今とんでもないものをみているんじゃないだろうか。

ぼんやり立ち尽くすよりほかなくて、春の陽気で平和ボケした頭はエンジンを切ってしまっている


視界を阻むほどの桜吹雪が舞う、その向こうで、おぼろげながら、西園寺が仁王立ちでこちらを向いて立っているのに気が付いたのは

手遅れ、どころの騒ぎではないくらい遅ればせな判断だった


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