桜の香り(大切な人が傍にいなくなったらどうする?)
息が詰まるくらい桜が咲き乱れていたあの空間とはかけ離れた寂しい風景に寒気を覚えながらも石段を下りようとそっと足を延ばした。
「
「おおおお。」
いきなり後ろからぬっとあらわれて声をかけられたんじゃたまったもんじゃない。
しかもあの怪奇現象の直後だ。縮み上がった心臓がさらに絞られていく感覚がする。
「平和主義だから、俺は。暴力なしで頼む。」
驚きに、おもわず顔がこわばっていないか不安にもなる。
さっきの巫女装束のままの
「今日は手を引くが、それはいつかこっちに渡してもらうから。」
西園寺が葵を指さして言った。
「わらわは行かぬぞ。」
「やけにしつこいな。葵になにかあるのか。」
「それは・・・、
凍った表情で紡がれる言葉の刃はあまりにも鋭い。
それでも
「渡さねえよ。葵が行かないって言ってる以上渡せない。それと、葵のことそれとか物とかいうのやめてくれる?」
俺の言葉の刃は反旗を翻した。
柊哉は一切後ろを振り返りもせずに石段を駆け下りてまっすぐ家に向かう。
日は落ちて外灯には光がともっていた。
西園寺をストーカーしてきた道をたどりながら、あの言葉を考える。
『人間と妖怪との間』
『妖界のもの』
だとすれば、葵は妖怪ということか。
人形が動いているんだもんな簡単にいえば
飯も食うし、睡眠もとる、笑ったり怒ったり人間みたいに
でも容姿は人形のそれと同じでやはりそれは異形だ。
「なあ、葵。」
「なんだ。」
「本当に行かなくて良かったのか?俺は、葵が幸せなほうを選びたい。会いたい人いるんだろ?」
葵の表情が悲しみに曇った。
「会いたい人は、」
それは昔、葵が話してくれた
約1000年前
俺と同じ、葵のことが見える人
名を、
「藤臣はわらわの恋人だ。わらわは、藤臣を待って眠っていた。
そこにそなたが現れてわらわを起こした。
いや、わらわが間違えたのだ。藤臣が来てくれたのだと勘違いして、起きてしまった。」
葵は少し悲し気に笑った。
「わらわは藤臣をずっと、ずっと待っているんだよ。」
「そんな1000年も待ってたってもう
その人、人間でしょ?
生きてるはずないって」
「そんなことは、わかっておるのだ。でも、わらわにはこれ以外どうしてよいのかもわからぬ。」
葵は大切な人を想って秋空の高い雲を見上げた
「藤臣は何もわからぬわらわにいろいろなことを教えてくれたのだ。言葉も、知識も、行動もすべて藤臣から貰ったものである。だけど、最後に、藤臣がいなくなったらわらわはどうしたらよいのか聞きそびれてしまってな。」
深い青色の瞳から綺麗な透明のしずくがほろりと伝って落ちた
「・・・・だから、もう少し待っていたいのだよ。」
必死に、小さな身を震わせて、大粒の涙を流した。
喪失感をどこにぶつけていいのかもわからずに、葵はひとり眠っていたのだろう。
会いたい、ただそれだけで、1000年も待ち続けられるだろうか
そしてこれからも待っていたいといえるだろうか
俺はこの小さな少女を救ってやりたくて、柔らかい黒髪を撫でた。
「会いたい人は、藤臣はあそこにはおらぬ。」
「どうして?」
「藤臣は
葵は何かを悔やむように唇を噛んでいる。
「藤臣は、梅の花が好きでな。あそこに咲いておったのは桜だったであろう?だから、違うのだ。桜では、気に入らぬのだ。」
「でも、1000年生きられる人間はどうしたって不可能だし。もしかしたら妖になって藤臣さんも葵のこと待ってるかもしれない。それにお花全般的に好きだって言ってたじゃん。」
「違う!おらぬのだ、あそこには。藤臣なら、わらわを自分で迎えに来てくれるはずなのだ。あのような少女たちに頼らず。でも、もしかしたら、。もういい!早く帰るぞ。」
葵はぶんぶん頭を横に振って強く反論する。
勝手に浮気を疑っておいて、全く弁論の余地さえ与えないめんどうな彼女のようだ
「はいはい。」
俺は、姫君にこれ以上波風を立てないよう家路を急いだ。
*******
桜の世界に引きずり込むことさえできればあとは時間をかけてでも呪縛の呪いをかけあれを捕らえるつもりだったのだ
昨日、誰もいないはずの教室に呪符がほんのすこし反応を示している気がして慌てて戻ったのが功を奏した
たまにふらっと現れる妖怪の類が道に迷ったか、人の気に誘われて教室まで迷いこんできたのだろう
それならば本来の場所に帰っていただこうと呪符を密かに用意し扉を開けたときには驚いた。
城田がいたことに。いや、もっと城田の手にもっていたものに。
あれは約1000年もの間、ついに誰も捕らえることができなかった大妖怪ではなかろうか。
かつて京の町を一瞬にして破滅しつくしこつぜんと姿を消した
書物にはその後捕らえられて長きに渡って封印されたとあったが、信ぴょう性は軽薄だ
しかし、逃げるところはおろか妖気すらも感じられずどこに潜んだのか、死に絶えたのかすら誰にも知り得なかったため封印説を受け入れるよりほかなかったのだ
大昔から伝わる伝承でしかない情報。安穏とただの高校生の手に落ちるような代物だろうか。
私は双子の色の白い少女-
疑惑は確信へ変わった
私の渾身を込めた15基の矢を指一本触れずに滅して見せた
あの力は本物だ。涼しい顔をして妖力に満ちた矢だけではなく空間そのものを破壊しつくすかのごとくすべてを灰に変えて見せた
「必ず、あれを捕まえてみせる。私の力で。」
城田はいつからあれを所有していたんだ
毎日のように同じクラスで顔を合わせているというのに全く気が付かなかった
生まれつき妖力の弱い自分に腹が立ち、情けない自分を悔やんだ
だから桔梗の呪符をずっと持っているというのに
桔梗の分を奪って外の世界で生きているというのに
私は本当にダメだ
もっと強くなりたい
誰かに認められたい
神様からの試練かもしれない
逆境でしか生きてこなかった私への転機になりえるかもしれない
半ばあきらめかけていた心に火が灯る思いで、使い慣れた弓をぎゅっと握りしめた
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