西園寺家の役目(『楽しい』ことを楽しめないわけ)
俺は、
今度はつけてきたのではなく昨日の道順を思いだしながら先回りし、朱色の鳥居の手前に座って西園寺を待った。
鳥居の向こう側に見えているのは荘厳な神社のみだ。
正月の活気はないが、10カ
境内に生える木々は秋へ向かう季節らしく少し元気をなくし、深く茂った重そうな木の葉を抱えきれなくなっているように見える。
無理やり連れてきた
「よう。」
5分としないうちに西園寺が階段を登ってきた。
「なに。」
クラスでいる雰囲気とは全然違う。「はい。」とか「うん。」とか水をかけたら流れていきそうな薄い声で華奢な笑顔を見せるのに
「なに。」って。
どっちが本性だ。女って恐ろしいな。
「いろいろ、詳しく聞きたくてさ。」
「そ・・・、葵だっけ?渡してくれたらなんでも話すよ。」
「事情も分からねえのに渡さねえよ。しかも葵本人が嫌だって言ってんのに、はいそうですか。っていうわけねえだろうが。」
「じゃあ、用はないから。」
鳥居をくぐろうとする西園寺を止める。
さっきはかっとなってとげのある言い方をしてしまったけど
「まあ、そういわずにさ。スイーツでも食べに行こうよ?」
とびっきりさわやかな笑顔もおまけして、女子を誘うときの鉄板文句だ。
「スイー・・・。」
お?目が泳いだ。冷静沈着な椿様も甘いものの誘惑には勝てないか?
?
「何が好き?ケーキ屋もパンケーキ屋もマカロンもおいしいところいろいろ知ってるからさ、一緒に行こうよ、ね?」
考えているのか?
・・・・沈黙。ですか?おーい。
ね?と差し出したこの手をどうしていいかわかんねえだろうが。
せめて「うん。」か「いや。」か言ってくんねえか。
「・・・すいーつは行ったことがないからわからない。」
え?うそやろ?ほんまかいな。ねえちゃん。
スイーツ食べに行ったことあらへんて、まじですかい。
「じゃあ。俺のおすすめのとこでどう?」
西園寺の目が少し輝く
けれど、すぐに下を向き
「だめだ。私には、
「桔梗?昨日のあの子?双子、だよね。」
西園寺はひとつうなずく。
「それなら一緒に行けば・・・」
「桔梗はここからほとんど出られないんだよ。」
うつむき気味に、申し訳なさそうに西園寺が言った。
「鳥居の向こう側の『桜の世界』は妖怪と人間のはざま。こちら側は『
「当主はこっから出れねえの?」
「違うの。私がいるから。」
西園寺の瞳が申し訳なさげにうるんだ。
当主の血を濃く引いた子、その子が次の当主になる。
妖界と人界を結ぶ扉の門番である。
時に人間へ悪を働いた妖怪を封印し、封印された妖怪を見張る
逆も然り、刑期の終わった妖怪の封印を解いて妖界へ帰す
それが西園寺家の役である。
しかし。
椿と桔梗は双子だった。
生まれてきたとき血を濃く受け継いでいたのは間違いなく桔梗で、けれどすべてが桔梗へ受け継がれたわけではなくその一部は椿へと受け継がれた。
精神を保ち、結界を乱すことなくはりつづける。
体力や気力が桔梗には欠けていた。
身体の弱い桔梗は自由に人界へ出て友達を作ったりしたことが無い
椿は桔梗の作った呪符を使い妖怪を統制する弓を引く
けれどそれは桔梗の作った呪符があるおかげだ
「あんたなんかが一緒に生まれたから桔梗の能力が不完全なのよ。」
「呪符のひとつも満足に使えないなんて西園寺家の子ではないわ。」
母親から浴びせられる批判は常に椿へ向けられ、家の中では小さくなっているよりほかない。
せめてものつぐないにと体の弱い桔梗の身の回りの世話をかって出てなんとか居場所を確保している。
「桔梗の体が丈夫だったら、あの門から出られないなんてことは無かったのよ。だけど私のせいで、私が桔梗の力を奪ったから、桜の世界から出ると力を保ち続けられないの。長くこちらの世界にいて、誰かと話したり、出かけるなんてできない。そんな状況だから、私一人自由に外で楽しくしているわけにいかないの。」
と西園寺は必死に涙をこらえようと、作り笑いを浮かべる
「じゃあ買ってくるから、好きなもん言えよ。椿ちゃんと桔梗ちゃんの分。」
「え・・」
「甘いもの嫌いってわけじゃねえんだろ。後ろめたい理由が桔梗ちゃんなんだったら桔梗ちゃんの分も買ってくればいい。」
結局、俺と西園寺はスイーツ店まで一緒に歩くことになった
西園寺は夏よりもやや柔らかくなった紫外線が肌を焼くのも気にせずに軽快な足取りで俺の隣を歩く
「なんで急に名前呼びなんだ。」
恥ずかしそうに言う西園寺の目は昨日より少し柔らかい
「双子って聞いたから、どっちも西園寺だなぁと思って。嫌なら戻すよ。俺のことも柊哉でいい。」
「べ、つに、やじゃない。私も呼び捨てで良い。」
恥ずかしそうに下を向く。そういう可愛いところもあるんじゃないか。こんなの椿ちゃんラブの草真が見たら悶えるぞ。
他愛もない雑談を交えながら、椿は初めて駄菓子屋さんにいく小学生みたいに目を輝かせてケーキ屋に向かっている
―ほんとに出かけたりしたことないんだろうな
「今日も持って・・いや、連れてきてるのか。あいつは。」
「あいつって、葵のこと?」
”それ”から”あいつ”になった。まぁ良しとしよう。
「無理やり連れてきたから機嫌損ねちゃってずっと黙ってるけど、カバンの中に入ってるよ。葵?いるよね?ケーキ買いに行くよ。」
カバンの中からいつもの能天気な返事はない
「あはは、ダメみたい。いつもケーキって聞くと目を輝かせてるんるんしてるんだけど、今日はそうとう怒らせちゃったみたい。」
「ケーキ、なんて食べるのか?」
椿は驚きの表情を浮かべている
「ああ、うん。あ、体に悪いの?控えさせたほうがいい?ってかちょっと控えたぐらいじゃもうどうにもならないくらい食べてると思うけど。」
「妖怪っていうのは何も食べなくてもしばらく生きていける生き物だぞ。それに、とくにそいつが食べるのは―」
「いやだ、いやだ、いやだー!わらわはけえきが良いのだ!」
椿の言葉を遮るように葵がカバンの中から飛び出してきて言った
「そろそろやめろってさ、太るぞー」
「うるさいっ。おいしいものいっぱい食べたいのだ。今日はフルールのいっぱいのったやつの気分っ!」
葵は腕組みをしてふんっと鼻を鳴らす
「はいはい、わかりましたよ。お姫様。機嫌直してくれた?」
「直らん!」
葵はふんっと小さなほほをめいいっぱい膨らましてそっぽを向く仕草をみせる
「あーそー。じゃあケーキ買ってあげなーい。」
「わかった、わかったのだ。もう直ったのだ、だから、な、いちごのしーとけえきも頼む。」
「もう。糖尿病になっても知らねぇぞ。」
俺と葵とのいつものやり取りを椿が目を丸くして見つめていた
「なに?変?」
「いや、変というか、その、怖くないのかそんなのと一緒にいて。」
「怖い?葵が?全然、めっちゃ可愛いけど。」
葵のマシュマロのようなほっぺを突っついて、むすっとした可愛い変顔を拝む
「しろ・・しゅっ、柊哉、お前はそれが何かわかっていて所有しているのか?わかっていないのであればなおさら、早くこちらに渡すべきだ。被害が及ぶ前に。」
「だから、昨日も言っただろ。それとか所有とか、渡す渡さないとか、物みたいに言うんじゃねえって。なんだよ、被害って。」
椿はまだ都を丸ごと消し滅ぼしたのがそれだという確証が掴めず、自分の中でうずまく疑念でしかない不確かな情報を柊哉に話すべきか迷った
「柊哉は、私がなぜそれを求めるのかと聞いたな。それは、妖怪だ。妖怪というのは人とは違う大きな力を持ち、人や物をも滅ぼしかねない。本来であればすぐさま捕らえ滅するか、それがかなわなければせめて石の下に何千年も封印するべきものなんだ。どこにも被害が及んでいない今のうちに早くこちらで預かりたい、それが答えだ。」
結局本質的なところは突かず、ふんわりとした説明になってしまった
「人や物を滅ぼす妖怪?葵がか?いや、嘘だろ。ケーキ食ってゲームしてぐうたらしてるだけだぞ。そんな力、葵にあるわけが」
柊哉は昨日の情景を思い出して最後の言葉を飲み込んだ
葵は肯定も否定もせず、ただじっと黙って下を向いている
「葵にもそんな力があるっていうのか。」
柊哉は下を向いてうなだれている葵を見る
「わらわは、かつてこの手ですべてを滅ぼした。なにもかもをな。」
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