葵の過去(外面で決めつけないで内面を見て)

日陰のない路地のド真ん中で柊哉しゅうやは稼働率が急に下がった脳を無理やりに回転させて言葉を紡いだ


「何もかもを滅ぼした?ほんとか?大犯罪人みたいな言い方だけど、それがほんとならなんで今捕まえないんだよ。」

「捕らえられぬのであろう。昨日の力はあの空間であったゆえ、出せた力なのではないか。ここには桜の一つも咲いておらぬ。彼女一人が持ちうる呪詛と能力では今わらわを捕らえることはできぬと思って、腰がひけておるではないか。」


「わらわは柊哉のただの着せ替え人形のままでよかったのだ。他人には知られたくないことのひとつやふたつあろう。」

葵はがっくりと肩を落として、いつにも増して小さくなってしまったように見える


「それで、柊哉。どうする。わらわをあちらに差し出すか?良いのだ、別に。ここにいてもできることは無い。」

「いや、でも、」

柊哉は椿のほうを見て尋ねた

「渡したら、葵をどうするつもりなの?」

「こちらの全勢力をもって消滅させるか、それがかなわなかった場合は呪力がかなう限りの封印を施す。再び被害が及ぶことがないようにな。」

椿は妖怪が自分の手に落ちると確信し鼻をふんと鳴らした


しかし、柊哉の答えは違った

「じゃあ、渡せないな。」

葵と椿が驚いて目を開く


「なんで。そいつと一緒にいてなんの利益があるの。危険に身をさらすだけじゃない。」

「だって、今そんなことされたら1000年も待ってた意味ないじゃん。」

「待ってた?なんの話?」

「葵はさ、待ってんだって。言いたいことがあるって。」

「何を?」


「すーきーなーひーとー。」

「好きな人?」

「そう、好きな人。ね?」

手の上でちょこんと座っている葵の顔を見ると

大粒の涙をぼろぼろこぼしながらこくんと大きくひとつうなずいた

気丈に「あっちに差し出すか」なんてかっこつけておいて内心は不安でいっぱいだったんじゃないか


「それに、俺になにかする気ある?」

「あるわけがなかろう。けえきが食べられなくなってしまうではないか。」

葵は涙声で大げさにかぶりを振る

「だそうだから、危険もなさそうだし。渡しません。」

涙をこぼし続ける葵の髪をなでながら椿の申し出をはっきりと断った。


「そんなものの言い分を信じるというのか。でまかせかもしれない、気が変わるかもしれない、私はお前を守ってやりたくて、お前のために言ってるんだぞ。」

椿は目を吊り上げて俺に訴えかける


「俺は、あんたのほうが信じられねえよ。目の前のものも聞いた言葉も何も信じようともせずに、危険だの守るだの、少しくらい葵と向き合おうとしてみたらどうだ?

妖怪って外面ばっか見てないで本人のこと知ろうとしてみたらどうなんだよ。」


決めつけてばかりで何も変わろうとしない椿に腹が立ってつい語気が強まった

「な・・・」

椿は言葉が見つからなかったかのか唇をかんでいた


「家で居場所がないって言ってたな。桔梗ばっかで自分は見てもらえないって。だけど、桔梗には頼りにされてんだろ。部屋もあれば名前もあって、学校には椿の席だってちゃんとあるだろ。」

「それは、そう、だけど。」


「葵はこの世界で今、俺にしか見えないんだってよ。つまり世界中の誰からも相手にされないってことだ。見えも聞こえもしないんだから、当たり前だよな。それを1000年だぞ。俺が葵を拾うまで、ずっとひとりで会えるかどうかもわかんない好きな人待ってたんだぞ。話相手も、笑いかけてくれる相手も、触れてくれる相手も、誰もなにもいない世界だ。それがどんだけ辛いか、椿ならわかるんじゃないのか。」


「・・・うん。」

椿は聞こえないくらい小さな声で返事をし黙って下を向いた。


「椿よ、ひとつ、よいか。」

沈黙を破ったのは葵だった。


「なに?」

「わらわは、妖怪ではない。おそらくな。その服の下に隠しておる大量の対妖怪用の呪符では捕らえられはせぬよ。」

「どうして言い切れる?」

「言っておったからじゃ。1000年前、初めてわらわを見ることができた人間がな。」

「じゃあ何者だというの?」

「花の妖精である。」

葵はにんまりとほほ笑んだ


「妖怪と妖精、どちらも異のものであるゆえ呪符を持ち歩いているのであれば姿くらいは見えるようになるのであろうが捕縛することは難しいだろうの。」

俺は思わず噴き出した

「ようっ、妖精?葵が?花の妖精?いやー、ないわー。そんな食っちゃ寝する妖精なんて聞いたことねえもん。」

「なっ、笑うところではない。わらわは妖精ぞ。あやつが言ったのだから間違いないわ。」

「なんで妖精なんだよ。」

「わらわがあやつと初めて会った時ー


時は現在より1000年前の初夏だった

どこで生まれたのか、いつからここにいたのか、名前もなく周りには誰もいなかった。話し相手もなく、ひとり、庭で風に揺れる花を日がな一日眺めて過ごした。

赤、白、橙、薄紅、たくさんの色の花が咲くその場所で一等存在感を表していたのが大きな黄色の陽のような花だった。

どれだけそこにいたのかもわからない。風に揺れる陽が気になってずっとそばでそれを見つめていた。

ある日、傍に見たことがないものが現れて、おそるおそるゆっくりとわらわに近づいてきた。

目が合うと友好的に笑って手を伸ばした。


「私は怪しいものではないよ。ずっとそこで花を見ている君が気になって、思わず話かけてしまった。もしも言葉が通じるようであるのなら、君とお友達になりたいなと思って。」


それがわらわが初めて人と話した瞬間だった

暖かくて大きな手に支えられてわらわはしばしそやつと話をしたのだ。とはいってもまだその頃は話せはしなかったのだが、言葉の意味ははっきりと理解できた。

「君は何者?」

わらわは首を振った

なにもわからなかったからだ。言葉の意味ではなく、自分が何であるのか、まったく何もわからなかったから。


「じゃあ花の妖精さんかな。」

わらわは首をかしげた。妖精とはなにか、と。

「花に愛情を注いでくれる小さな、うーん、小人みたいなものだね。名前は?」

それにもかぶりを振った

「ないの?じゃあ、向日葵の花の傍にずっといたから葵ってのはどうかな。」


ーあおい

胸が躍った。わらわを見て優しい声であおいと何度も呼んでもらった。君にもらった何もかもが嬉しくて暖かくて幸せだった

ずっとその声でわらわの名前を呼んでほしくて、一緒にいたくて、傍にいてほしくて、いつも胸の中を独り占めして抱きついていた

君がいれば何もいらない。この世界で君にしか見えなくても、君に見てもらえていればそれだけで何もかもが満たされていたのだ。


ーだから、わらわは、花の妖精なのである。なんの花かと問われれば、向日葵の妖精であるぞ。向日葵というのはだな、夏によく咲く大輪の美しい花でな、わらわには少し劣るが誠見事な花を咲かせ、立派に陽の光のほうを向いて」


「あぁ、もうわかった、わかったって。名前の由来の話も、のろけ話も聞き飽きたから。」

俺は日が沈んで月が昇ってもまだ続きそうな葵の昔話を遮って、気持ちをケーキに集中してもらうことにする。


「お互いに攻撃しないこと。それが守れるならケーキ屋に連れて行ってあげるどう?約束できる?。」

「うんっ!」

葵が間髪を入れずに返事する


「椿は?」

「はい。約束します。」

「よーし、じゃあ行こう。」

しかし椿は動こうとしない。

「でも、私、」

「大丈夫だよ。何個でもおごってやるって。金の心配なんかすんな。女の子なんだから。」

「いや、違う。」

違うのか、違うのかよ。女はおごられて当たり前か?おいこら。


「男一人でケーキ屋入るの気まずいから、一緒に行ってくれると嬉しいんだけどな。」

「うん。わかった。」

腐るほど入ってるんだ、気まずいなんてのは嘘なんだけどな


「女の子ならここにもおるであろう?」

「彼氏持ちは数にはいりませーん。」

「私ならいいのか?なぜ私に彼氏がいないと言い切れる?」

椿が怪訝な表情を浮かべた

「え、いるの?」

「いたことないけどさ。」

明日、椿のファンの草真に教えといてやろう。いや、それよりこの状況が知られたらぶっ殺されるかな。



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