満月の夜に君を想う(目に見えない大切なもの)

柊哉しゅうやは、吸引力の変わらないただひとつのあおいの胃袋にケーキが吸い込まれていくのをぼんやりみつめながら

「なぁ、あいつ、あきらめたと思うか?」

と尋ねた。


夜は更けて蛍光灯の明かりがフルーツタルトの上に塗られたアンズジャムをテカらせている


葵はピンクグレープフルーツをフォークで刺しながら言った

「おそらく、また捕らえにくるであろうの。」


さっき食べてたショートケーキのクリーム、口の周りにいっぱいついてるし

すべてを消し去る大妖怪とは地球がひっくり返っても結びつかない


「だよなぁ。どうすりゃいいと思う?」

「わらわに聞かれてもわからぬ。」


フォークに刺さったグレープフルーツを横から奪うとと甘酸っぱさが口いっぱいに広がった


「素直にわらわを差し出せばよかったのではないか?」

「なんで?」

椿つばきの言った通りだ。柊哉がわらわを傍に置いておくことに、なんの利益もなかろうよ。」

消沈した声で言う葵の表情は暗い


「葵のこと抹殺しようとするような奴に渡せるわけないだろ。それにまだ着てほしい服だっていっぱいあるし、動くんだよ、話せるんだよ、価値をわかってないやつに取られるわけにいくかよ。」

「フィギュアオタクの執着心しゅうちゃくしんというのは本当に粘着質ねんちゃくしつなものよの。」

「自分だって好きな人のために1000年も待ってるんでしょ。お互いさまというか、葵のほうがずいぶんメンヘラだと思いますけど。」

「なんだ、めんへらとは。」

「恋は盲目ってことだよ。」


葵との出会いは本当に人形と勘違いして拾ったのがきっかけだった。

けれど今では人形として着せ替えたり、眺めたり、写真を撮ったりして楽しみたいだけではない

葵と一緒に暮らしていることこそが楽しいと思っている


そして、もしも叶うのであれば奇跡のような確率でも構わない。俺の運をすべて葵にあげたってかまわないから葵の恋人、藤臣ふじおみさんに会わせてやりたいと願っている。


「その・・藤臣さんに会うために俺にできることないかな?」

葵は手を止めて少し考えてから

「もう十分世話になっておるよ。」

そう言って葵はやわらかく笑った


*****


夜空には青白い満月が堂々と輝いている

葵は柊哉の寝息を聞きながら寝付けない夜を過ごしていた


昼間聞いた言葉がぐるぐると頭の中を回って眠気を妨げる

もしかしたら本当に藤臣はあの門の奥にいるのやもしれぬ


藤臣と過ごした平安の世から約1000年。普通の人間がそのような時間生きていけないことくらいわかっている

かといって藤臣のそばに行く方法はわからない

ではわらわはどうすればよいのかと、何度も夜空に問うたものだ


今夜も少し夜風に当たろうかの


少しだけ窓を開けて外へ出た

10月の夜は少し肌寒く、人恋しい葵の心を写したようである

ベランダの欄干らんかんに座って、ぼぅっと大きく青白く輝く月を眺めていた


何をしていたって思い出すのは藤臣と過ごした日のことばかりー


「あれはね、月っていうんだよ。」

「つ、き?」

「そう。綺麗でしょ?」


まだ言葉もおぼつかなかったわらわにいろいろなことを教えてくれた

話し方も、文字も、お箸の使い方も、感情も、すべてが藤臣からもらった大切なものである


こんなに立派になったのだ。藤臣。お前のおかげで

一人で窓を開けて、月を見上げておるのだ

かつてお前と一緒に見たものと何も変わらない


今はな、人差し指ひとつで暖かいお湯が出るのだぞ。それでわらわは自分でお茶も入れれるようになった。

火は危ないから。とか言って、お茶のくみ方は教えてくれなかったであろう

今度はわらわがお前に教えてやるから


一緒に飲もう


わらわは自分で入れた暖かいお茶を手にしゃくりあげた

会いたい。一緒にいたい。

どこにぶつけていいかわからない感情が涙となって溢れて止まらない


朝起きたとき藤臣が隣にいたらと毎日思うんだ

あたたかい藤臣の胸の中の特等席はまだ空いているだろうか

藤臣もわらわを想って同じ月を見上げていてくれてはいないだろうか


そのとき、

月から金粉きんぷんのような月の欠片がこぼれ落ちて振ってきた

それはだんだんとこちらへ近づいてきているように思う

なんだ?

箱のような、いや、かごのような物体が黄金の光を帯びながらこちらへ向かっている


わらわは涙を拭くのも忘れて慌てて部屋の中に入り窓を閉めた

間一髪というタイミングで窓はしっかりと閉められ、それの侵入を阻んだ


どがっという勢いよく飛び込んできた鳩が窓にぶち当たるような衝撃音のあと金の籠はよろめきながらベランダに転がっていった

ガラスにヒビが入っていないのが驚きなくらい大きな音がガラスを伝って部屋に響き渡り、いまだにサッシが小刻みに震えている


「な、なに?」

大きな衝撃音に起こされた柊哉が慌ててあたりを見渡した

「な、なんか、月から飛んできた。」

「え?」


転がった金の籠は動かなくなったかと思われた

しかし、ヒヨコが生まれ出るかのごとくゆっくりと中央からヒビが入り金色の光があふれ出し、蛍光灯を一気にまとめて割ったような強い光が真っ暗だった部屋の隅々までもを白金色に照らした


葵は強い光におもわず目を細め手で顔を覆う


光の暴力はいかづちのごとく一瞬カッと光ってやがて収まったが、金の籠だけがそれでもなお強い黄金色を放ち続けている

ぱかっと中央から割れたそこから出てきたのは葵と同じくらいの背丈、手のひらサイズの3人の女官にょかんである


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