最終話 真由美と香織 元の世界へ?
十時頃。
「香織ちゃん、考えたんだけどあたし達、ずっとここにいていいのかなって。大輝お兄さんや琴音お姉さんにも迷惑がかかるし」
「そうだよね、アタシも元の世界のことも気になるし」
真由美と香織は大輝のお部屋でテレビゲームをしながらこんなことを話し合っていた。
「元の世界に戻りたくは無いけど、あっちの世界があれからどうなってるんか気がかりや。でもノートから物が取り出せるんだから、元の世界にも戻れるんじゃないかって思ったけど、戻れんかったからね」
「確かにアタシ自身が入り込めてもおかしくないよね」
香織は例のノートを手に取り、自分がいたページをじーっと眺める。
「あたしこの間乗っかってみたけど、入れんかったよ」
「真由美お姉ちゃん、逆転の発想だよ。乗っかるんじゃ無くて、頭から入ってみれば行けるかも」
「そっか、香織ちゃん天才やっ!」
真由美もノートに手に取り、自分のいたページを開いて頭に被せてみた。
すると、
「おう、入れた」
真由美の顔だけがノートに埋まった。手をパッと離すと重力に従うようにさらに体がどんどん埋まっていき、終には完全に姿が見えなくなった。
「真由美お姉ちゃん、大成功だね。アタシもあとでやってみようっと」
それから約三分後、
「あれぇ? まだ戻ってこないや。どうしたんだろう?」
不思議に思った香織は、真由美のノートを手に取り真由美が入ったページを下にしたままバサバサ振ってみた。
そしたら、
「うわっ! ぎゃんっ!」
真由美がノートから落ちて来た。床にビターンと顔面を打ち付ける。
「いたたたぁ。どうやらあたし、完全に絵に戻ってたみたい。ノートに完全に隠れてからの記憶が全くないし。自力じゃ戻れないみたいや」
「そうなの? じゃアタシも絵に戻っちゃうのかな?」
「きっとそうやろう」
「じゃぁ戻りたくないな。なんか怖い」
「けどいつもお世話になるのは悪いから、大輝お兄さん達が学校行ってる時くらい絵に戻って過ごそう」
「そうだねぇ、その時は大輝お兄ちゃん達に出してもらおう。男には男の、女には女のふるさとがあるし、アタシと真由美お姉ちゃんにとって、ノートもふるさとだもんね」
真由美と香織はお勉強もしつつテレビゲームやマンガやインターネットを楽しんだのち、正午頃に琴音が用意してくれたお昼ご飯を食べるためキッチンへ。
高菜チャーハンが二皿並べられていた。レンジでチンしてリビングに運び、四八インチの大画面液晶テレビでバラエティ番組を見ながら食べている最中、
「真由美お姉ちゃん、大輝お兄ちゃんや琴音お姉ちゃんにお世話になったお礼に、アタシ達が晩ご飯作ろうよ」
「それはグッドアイディアやね。きっと喜んでくれるよ。究極のメニューを作ろう!」
こんなことを思いつく。
二人は午後からも引き続き午前と同じようにして過ごし、午後三時半頃。琴音が用意してくれたおやつのプリンを食べ終えると、お目当ての料理に必要な材料を探し始めた。
「これだけあれば作れるね。よぉし、やるぞぅ!」
「あたしも気合入って来たよ。香織ちゃん、こねるの、あたしも手伝おうか?」
「大丈夫、アタシ一人で出来るもん♪ 世界ジュニア小麦粉こねこね選手権優勝のアタシの実力見せてあげるよ」
香織は自信満々に言い、戸棚から出した小麦粉、さらに砂糖と冷蔵庫から出した卵とバターをボールに移し、ヘラで混ぜたのち手でこね始める。
「香織ちゃんめっちゃ手際いいねぇ。あたしはいなり寿司作ろうかな? それともカレーにしようかな? ……カレー作ろうっと」
真由美は冷蔵庫から玉ねぎとニンジンとじゃがいも取り出した。きちんと洗ってからまな板に置いて、包丁を手に持ちザクザク切り始める。
その最中に、
「ただいま。なんかいい匂いがするなぁ」
大輝が帰宅した。キッチンの方へと向かっていく。
「おかえりーっ、大輝お兄ちゃん」
「大輝お兄さん、おかえりなさい」
「二人とも、お料理してたのか」
「うん、アタシ料理得意だよ。いつもクッ○ングパパのレシピで練習してるから」
「あたしもけっこう得意や」
「そっか。それは期待出来そうだ」
「大輝お兄ちゃん、アタシは今、何を作ってるんでしょーか?」
香織は楽しそうに問いかけると、
「テッテレテレテレテッテレテレテレテッテレテレテレテー、テッテレテレテレテッテレテレテレテッテレテッテレテー、ジャンジャン♪」
こんなメロディーを口ずさみ始めた。
「これ、カルメンの闘牛士の歌?」
「うん! 正解だけど、大輝お兄ちゃんに今訊いてるのはお料理の方だよ。アタシ達、何を作ってると思う?」
「うーん、パンかな?」
大輝は自信無さそうに答える。
「ブッブー。正解は、クッキーだよ」
「そっか。作り方最初は同じだから迷ったよ。俺も手を洗ったら夕飯作り手伝うね。お米はまだ炊いてないよね?」
「大輝お兄さん、あたしがお米炊こうか?」
「頼んだよ」
「えっと、お米は?」
「コンロ下の棚にあるよ」
「そっか」
真由美はそこの扉を開け、中からお米が入ったバケツ型の透明容器を取り出す。
「これ、無洗米だから、洗わなくても大丈夫だよ」
「そうなんだ。二十一世紀ではお米を洗わなくてもいいようになってるんやね」
大輝から伝えられ、真由美は感心していた。
真由美は計量カップで六合を量り炊飯器の内釜に移し、水を六合の位置まで入れて炊飯器にセット。このあと三人一緒にクッキーの型を抜いていく。
その最中に玄関チャイムが鳴り、
「こんばんはー大輝くん、真由美ちゃん、香織ちゃん。今夜はおば様がいないので、夕飯作り手伝いに来たよ。わぁー、すごくいい匂い」
七海も訪れて来た。彼女もいっしょにクッキーの型抜きを楽しんだのち、
「お野菜、けっこういびつだね」
まな板に載せられた、切りかけの野菜に目が留まった。
「細かく切るのは無理やってん。じゃがいもは皮ついたままやろ」
真由美はてへっと笑う。
「それじゃ、あとは私がやるね。天ぷらも作るよ」
「俺も手伝うよ」
「ありがとう大輝くん」
冷蔵庫からさらにレンコンやなすび、さつまいもなどを取り出し、大輝と七海は並んで一緒に野菜切り作業。
「大輝お兄さんと七海お姉さん、こうして見ると、新婚夫婦みたいやねー」
真由美はその様子を微笑ましく眺める。
「こらこら、真由美ちゃん」
大輝は苦笑い、
「真由美ちゃん、恥ずかしいよ」
七海は照れ笑いした。
「いったぁ。よそ見した隙に指切れた」
「大丈夫? 大輝くん」
「大丈夫、大丈夫」
「ちょっとだけ血が出てるよ。バンドエイド巻いて上げるね」
「ありがとう七海ちゃん」
「お二人さん、頑張ってね」
真由美は温かくエールを送る。
「大輝お兄ちゃんちって、たこ焼き器もあるんだね。アタシ、たこ焼き作りたーい」
香織は食器類が入っている下側の戸棚扉を開けた。
「いいけど、肝心のタコは無いよ」
大輝は冷蔵庫を確認しに行って伝える。
「えー」
香織は不満そうにタコのごとく唇を尖らせた。
「私が買ってこようか?」
「いや、それは悪いよ。そうだ、姉ちゃんに頼もう」
大輝は琴音のスマホに連絡し、帰りにタコを買って欲しいとの旨を伝えた。
「緊急時にいつでも連絡が取れるってのは、二十一世紀の文明の利器の賜物やね」
真由美は感心しながら、星型やハート型、動物型などに抜かれたクッキーをクッキングシートに並べていく。
七海がレンコンなどを揚げている最中、
「七海お姉ちゃん、これも天ぷらにしたら美味しいよ」
香織は横から何かを放り込んだ。
「香織ちゃん、これは何かな?」
七海はにこやかな表情で質問する。
衣がたっぷり付けられ、細い棒のような形をしていた。
「鉛筆だよ。えんぴつの天ぷらになるよ」
香織は得意顔で伝える。
「香織ちゃん、鉛筆を粗末にしたらダメだよー」
七海は菜箸でそれを掴み、にこっと微笑みかける。
「うん」
香織はそう答え、くるりと回ってリビングへ戻っていこうとしたら、
「待って香織ちゃん」
七海に肩をガシッと掴まれ阻止されてしまった。
「なぁに? 七海お姉ちゃん」
香織の表情はやや引き攣る。
「悪いことしたから、お仕置き♪」
七海は香織をサッと抱え上げた。
そしてお尻をむき出しにして、ペチーッンと一発叩いたのだ。
「ごめんなさーい」
香織は涙目に。すっかり反省したようである。
「香織ちゃんへのお尻攻撃は、本当に効くねぇ」
真由美はにっこり微笑む。
それから三〇分ほどして、
「ただいまー。タコさん買って帰ったよー」
琴音が帰ってくる。彼女も一緒に夕食作りを手伝い始めた。
「ぐちゃぐちゃになっちゃった。ひっくり返すの、思った以上に難しいわね」
「琴音お姉さん、大阪生まれ設定のあたしに任せてや」
「真由美お姉ちゃん、すごーい! まっつぁんみたーい。アタシだって負けないよ」
琴音、真由美、香織の三人がたこ焼き作りに励んでいる最中、大輝と七海は他に出来上がったメニューをお皿によそっていく。
みんなで協力して六時半頃に全て完成。カレーライス、クッキー、天ぷら、たこ焼きがキッチンテーブルに並べられ、五人での夕食の団欒が始まった。
「真由美ちゃんと香織ちゃん、明日は何が食べたい?」
琴音はたこ焼きを頬張りながら、向かいに座る二人に問いかける。
「あの、琴音お姉さん達に伝えたいことがあるんだ。あたしと香織ちゃん、元の世界にも戻れることが分かってん。せやからあたしと香織ちゃん、これからはなるべく絵に戻って過ごすことにするよ。ずっとおったらご迷惑やろうから」
「アタシ達がずっといると、家計に響くもんね」
「それはべつに、気にしなくてもいいんだけど。元の絵に戻っちゃうと、自力では出られないってことになるのかな?」
「そうなんよ琴音お姉さん。だから、あのノートのあたしがおるページ開いてひっくり返して出してな。その時はなるべく柔らかいベッドの上がいいわ。顔から落ちるから」
「アタシもそのやり方でやってね」
「分かった。気をつけて出すわ」
「私、香織ちゃんが絵に戻っちゃってもすぐにまた出しそう」
七海は少し寂しそうにする。
その時、予期せぬ出来事が。
「ただいまー」
玄関から母の声が聞こえて来たのだ。
「えっ! もっ、もう帰って来たのか?」
「ということは、私のお母さんも帰って来てるね」
「予定よりずいぶん早いわね。香織ちゃん、真由美ちゃん、早くカーテンに隠れて」
「うん」
「分かった」
香織と真由美は小声で返事し、すぐさま焦り気味な琴音の命令に従う。
それから約五秒後に、母はキッチンへ現れた。
「おば様、お邪魔してます」
「お母さん、おかえり」
「母さん、ずいぶん早かったな」
三人とも冷静に振る舞う。
「嵐山は回るの止めたから、予定より早く帰って来れたの。お料理、母さんと利川先生の分も作ってくれてるみたいね」
「うん、ついつい作り過ぎちゃって。ほとんど七海ちゃんが作ってくれたけどね」
琴音は苦笑いを浮かべて伝えた。
「やっぱりそっか。毎度悪いわね、七海ちゃん」
「いえいえ。私、お料理大好きですから」
落ち着いた様子の七海に対し、
(香織ちゃんと真由美ちゃん、どう隠し通そう)
(このままだと絶対見つかっちゃうわ)
大輝と琴音の心の中は、こんな心配でいっぱいだった。
都合良く、母は手を洗うため洗面所へ向かってくれた。
「香織ちゃん、真由美ちゃん、今の内にワタシの部屋に逃げて」
その隙に琴音は囁くような声で指示を出し、香織と真由美を二階へ上がらせようとした。
二人はカーテンからそーっと出てすり足で廊下へ。
あと二、三歩で階段へ差し掛かろうとした時、
「きゃっ!」
真由美は思わず悲鳴を上げてしまった。大きなクモが這っていたのだ。
「何かしら? 今の声」
母に聞こえてしまったようだ。
さらに悪いことに、確認しに行ってしまった。
「おっ、お母さん」
琴音は叫んで呼び止めるも、
「あら? 誰? この子達?」
間に合わず。母に二人の姿をばっちり見られてしまった。
「しまった。見つかっちゃった」
「どっ、どないしよう」
焦る真由美と香織。
「……二人とも、どこかで、見たような」
母はきょとんとなる。
「そりゃそうでしょう。お母様があたしの作者なのですから」
真由美は開き直ったのか堂々と主張した。
「えっ!?」
母は口をパカリと開く。
「あたし、お母様が描いたイラストから飛び出してきてん」
「アタシは七海お姉ちゃんのママのイラストから出て来たの」
「えっ! そんなこと、あり得ないでしょ」
「本当やって」
「本当だよ、おばちゃん」
「嘘、嘘」
「本当、本当。お母様、信じてーな」
「おばちゃん、アタシ達の言うこと、信じて」
真由美と香織は母の瞳をじっと見つめる。
「ほっ、本当に本当なの?」
母は念を押すように問いかけた。
「本当だって。あたし、お母様が生み出した真由美っていうキャラクターなんよ」
「まゆみ、真由美……あっ! 思い出したわっ! ワタシが中学の頃に描いたマンガの主人公にした子だ。そしてもう一人の子は、香織ちゃん、ね?」
「その通り! アタシ、香織だよ」
香織は満面の笑みを浮かべ、とっても嬉しがる。
「やっぱり! みっちゃんに昔、見せてもらったのを思い出したわ。まさか、飛び出してくるなんて。みっちゃんに知らせなきゃ」
母はスマホを手に取り、アドレス帳から連絡。みっちゃんとは説明するまでもなく七海の母のあだ名だ。
「姉ちゃん、なんか、予想外のことになったな」
「うん」
大輝と琴音は呆然としながら事の成り行きを眺めていた。
「どうやら一件落着みたいだね」
七海はにっこり微笑む。
ほどなく玄関チャイムが鳴り、
「どうしたん鈴子(すずこ)? そんなに興奮して」
実春が利川宅を訪れて来た。笑顔を浮かべ問いかける。
「みっちゃん、この子、見て!」
大輝・琴音の母、鈴子は興奮気味に指した。
「誰かな? ん?」
実春はじっと目を凝らす。
「……ひょっとして、香織ちゃん?」
十秒ほど見つめたのち、こう問いかけた。
「うん! そうだよ。アタシ、実春おばちゃんの描いたイラストから出て来た子だよ」
「あらあら、本当にそんなことがあるのね」
「あたしは真由美」
「真由美ちゃん……覚えてるわ! 鈴子が小学生の頃に描いてたマンガの主人公ね。懐かしいわ~」
実春は特に驚いた様子も見せず、和んでいた。
「大輝、琴音、この子達、いつからいたの?」
「真由美ちゃんは三日前、香織ちゃんは二日前から」
大輝が恐る恐る伝えると、
「もう、どうして今まで黙ってたんよ」
鈴子はにこにこ顔で言う。
「だってさぁ、説明に困るし。正直に言ったらアニメと現実との区別が付かなくなったのねって言われそうだったし」
大輝は困惑顔で伝えた。
「そっだったの。確かに大輝が言うように言っちゃいそうだったわ。母さんもまだ現実のことだとは思えないもの。でも、現実であって欲しいわ」
鈴子はにっこり微笑む。
「これは絶対現実よ、鈴子」
実春は満面の笑みを浮かべ、自信を持って言う。
「大輝お兄さんと琴音お姉さんのお母様、あたし、これからずっとここに住んでもいいですか?」
「もちろんよ。ワタシのイラストだから、ワタシの娘のようなものだもの」
「実春おばちゃん、ずーっといていいの?」
「当たり前じゃない。香織ちゃんも、今日からはずーっとウチの子よ」
「それじゃ、実春おばちゃんのこと、ママって呼んでいい?」
「もちろん、むしろそう呼んで欲しいわ」
「香織ちゃんのお部屋、私のお部屋と同じでいいかな?」
七海が問いかけると、
「うん、それでじゅうぶんだよ」
香織は屈託ない笑顔で答えた。
「あたしと香織ちゃんのこと、お父様にも知らせた方がいいですよね?」
真由美が鈴子に問いかけると、
「そうね。家計にも関わってくることだし、帰って来たら母さんから伝えておくわ」
「わたしもちゃんと伝えとこうっと」
鈴子と実春は笑顔で言う。
それから二〇分ほどして、
「ただいまー。母さんももう帰ってたんだね」
父が帰って来た。
「香織ちゃん、真由美ちゃん、リビングに隠れといてね」
鈴子は小声で命令する。
「はーい」
「上手くいきますように」
香織と真由美はすぐにリビングへ。
ほどなく父がキッチンへやって来ると、
「おかえり利川先生、ちょっと伝えたいことがあるんよ」
鈴子はさっそくこう切り出した。
すると、
「真由美ちゃんのことだろ」
父は笑顔でこう言った。
「えっ!」
鈴子はあっと驚く。
「じつはぼく、真由美ちゃんがいること、とっくに気付いてたんだよ」
「ええっ! いつから?」
琴音も新たに伝えられたことにびっくり仰天した。
「大輝がぼくに数学の宿題を教わりに来た時だな、なんか変だと思った」
「あの時から気付いてたのかよ、父さん」
大輝もかなりの驚き様だ。
「ちなみに香織ちゃんのこともね。二人は鈴子と七海ちゃんのお母さんが昔使ってたノートから出て来たんだろ」
父からさらにこう伝えられ、
「香織ちゃんのことまですでに知ってたのか」
「嘘ぉっ!」
「利川先生、勘が鋭いわね」
大輝、琴音、鈴子の驚きはより一層増した。
「おじちゃん、アタシのことも気付いてたんだね」
「あたしのこと、お父様にすでにばれてるとは思わんかったわ~」
香織と真由美はリビングから出て父の前に姿を現す。
「やぁ、こんばんは、香織ちゃんに真由美ちゃん。一応、はじめましてかな?」
父はとても機嫌良さそうに愛想よく挨拶し、
「じつを言うと三日前、鈴子が寝室の片付けをしてた時に、ぽんと置かれてた鈴子のノートをこっそり見てしまったんだ。その時いきなり女の子の絵が飛び出して来たんだよ。ぼくは当然驚いて、慌ててその子の頭を手で押して引っ込めたんだ。そしたらまた絵に戻って。絶対夢だろうなと思ってみんなには言わなかったけど、あれは現実だったみたいだな」
こんなことを打ち明けた。
「お父さん、そんな体験してたのね」
「確かに、夢と思うよな。俺だって最初思ったし」
「利川先生、そんなことがあったのね」
琴音、大輝、鈴子は改めて驚いた様子だ。
「父さん、今回の件、すっかり現実として受け入れてるみたいだな」
大輝が不思議そうに突っ込むと、
「そりゃそうさ。今回の現象も、今世紀中には科学で解明出来ると思うし」
父は至って冷静に理科教師らしい考えを伝えた。
「ひょっとして私のお父さんも、香織ちゃんのこと気付いてたのかな?」
七海は疑問を浮かべると、さっそく彼女の父のスマホに連絡して訊いてみた。
『僕もとっくに知ってたよ、実春が昔描いたイラストから飛び出て来た子だってことも』
との答え。
「なぁんだ。お父さんも知ってたんだ」
七海は嬉しそうに微笑む。
「わたしが昔描いたイラストの子だってことは、どうして知ったの?」
実春に電話が代わる。
『じつは僕、一週間くらい前にリビングのテーブル上に置かれてた実春の昔のノートを手にとってちょっと捲ってみたら、イモリが飛び出て来てびっくりしたんだ。慌ててノートを閉じてまた捲ってみたら絵に戻ってて。あれは絶対気のせいだと思ったから黙ってたんだよ』
七海の父も似たような経験をしていたようだ。
「そんなことがあったんだ」
その知らせに実春はちょっとだけ驚いた様子。
『でもどうやら現実だったようだね』
七海の父は陽気な声で電話越しに伝えた。
「あなた、香織ちゃんも、これからずっとウチの子にしていいかしら?」
実春はやや申し訳なさそうに問いかける。
『もちろんさ。香織ちゃんも僕と実春の娘のようなものだし』
七海の父は快く承諾してくれた様子だ。
「いきなり二十一世紀の世界に来たアタシと真由美お姉ちゃんが、すったもんだもなくごく普通に家族として受け入れてもらえるなんて、ド○えもんやコ○助やタル○ートくんになった気分だよ」
「あたし、こっちの世界でもこんな素敵な家族に迎えられて、めっちゃ幸せや」
香織と真由美は喜びのあまり満面の笑みを浮かべる。
※
あれ以降、真由美は利川宅の、香織は光久宅の家族の一員として、心置きなく過ごせることになったわけだ。
「ジェットバスは最高や~。さすが二十一世紀のお風呂やね」
「ジェットバスじゃないおウチもまだけっこうあると思うけどね」
真由美は琴音と、
「香織ちゃん、お風呂にたまごっち持ち込んじゃダメだよ。壊れちゃうよ」
「はーい」
香織は七海と、毎日いっしょにお風呂に入っている。
寝る時もいっしょだ。
真由美と香織は、日を追うごとに二十一世紀の文明の利器を使いこなせるようになっていっているらしい。
(じゃあね)
新元号『令和』の時代だけど昭和と平成な女の子に居候されて困ってる 明石竜 @Akashiryu
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