瑞獣

二月 ロク

虹の獣


 その虹色の瑞獣ずいじゅうが姿を表すのは天運の変わり目の頃、つまりは国を治むる者の代が移り変わる頃を示すのであり、ならば伝承好きの例の国王が気にしないわけはなく、これらは東方に伝わる逸話でありながらも我が国でも起こりうるやもしれぬと調査員を集められた。

 居並ぶ調査員へ、王、訊ねて曰く。

「して、その瑞獣の名は?」

 一人の調査官が二歩前へと進み、答えて曰く。

彩虹老爬ツァイホン・ローパと。言いましょう。

 それは、虹のごとく彩られた空飛ぶ蛇のような存在であったと聞きます。羽は無く、腕は無く、趾は無く、角は無く、顔は無く、首は無く、胴は無く、尾は無く、毛は無く、肉は無く、骨は無く、腑は無く、血は無く、生は無く、死は無く、魂は無く、果たしてそれは獣であるかも定かで無く、存在すら確証は無く、黙って耳を傾けていた他の調査員の姿は無く、宮殿は無く、国は無く、問うていた王すら無く、語っていた者すら無く、世界すら無く、ディスプレイすら無く、その向こうの現実なんてものは最初から無く、終わりも無く、始まりも無く。

 けれども、おや、一つ忘れていたようだった。

 鱗だけは、残っていた。

 そう、虹色の鱗だけの、そんな生き物なのです」

 既にここには耳を傾ける者はいなかった。

 鱗まとった空白そのものは調査員の姿を脱ぎ捨て、遠く天の向こうへと飛び去っていった。

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