独壇場

青木 海

第1話 日常

 4月22日月曜日 早朝。

 ベッドのマットレスをめくると大量のゴキブリの死骸があった。

 それを一つ一つティッシュで取ってはゴミ箱に捨てる。たまに、まだ生きていてポロッと手から落ちるやつもいた。だけど僕は吐き気を我慢して一匹一匹ゴミ箱に捨てた。あと一匹を捕まえようと手を伸ばすと、そいつは内臓と6本の足を目一杯蠢かせて体をうつ伏せにしたかと思うとゴキブリ特有の素早さで壁を走っていった。

 俺が、あっと口に出した時上の歯が全部抜けた。痛くはなかったがあまりにも急だったので口を押さえる。鉄臭さとつるつる、ごろごろとした歯の舌触りが妙にリアルだった。血液が喉に突っかかったのか、俺は我慢が出来なくなって口の中身のものを吐き出した。それは紛れもなく自分の歯と血液、唾液だった。どうやら下の歯まで全部抜けてしまったらしい。嫌気がさして壁を見やると、さっきのゴキブリがこちらをじっと見つめていた。



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 夢から覚めた俺はひどく頭痛がしたが、よくあることだと自分に言い聞かせてキッチンに水を飲みに行った。きっと昨夜ゴキブリのグロ動画を見たからそれが夢に出たのだろう。SNSは自分が見たいと思ってないものが回ってきたりするので大抵そういう時はスルーするが、昨日はなんだか怖いもの見たさで見てしまった。でっけえゴキブリが五六匹いて何かの肉を食べてる動画。2分ほどあったが俺は30秒くらいでやめた。

 水を飲んで少しすっきりした。親父はまだ寝てるようだった。昨日の米と味噌汁が余っていたのでそれを温めて、冷蔵庫にあった材料で適当に朝飯を作った。なんだか今日は弁当を作る気にはなれなかったので、購買で買うことにする。

 俺は朝出るのが早い。俺の高校では三年生になると大体のやつが部活を引退して受験勉強に励むのだ。朝練をしないかわりに朝の時間で自分の志望校の過去問を解いたり、応用問題を取り扱った朝補習を受けたりしていた。今日は朝補習がないので、静かに教室で赤本が解けると思う。鞄を部屋から持ち出すときに、マットレスを上げてみようかとも思ったが本当にゴキブリがいたら嫌なので辞めた。靴紐を結び終えると俺は家を出た。外はまだ薄暗い。



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 俺の家から学校までは電車徒歩含めて30分くらいかかる。1時間半もかけて登校するやつよりかは比較的マシだ。学校に着いた時はまだ誰もおらず、教室はがらんとしていた。

 早く着きすぎてしまったと思いつつ自分の席に座りぼーっとする。赤本を取り出してみたがまだやる気が出ずにいた。何か飲み物でも買いに行こうと校内にある自販機まで歩くことにした。自販機は1階にあるので第3学年の教室がある4階からは距離があったが時間もあるのでいい事にする。

 自販機でカフェオレを買って教室に帰ろうとしたとき、目の前に車が通っていった。新任教師の稲場だ。細身で美人だから男女問わず人気がある。自販機の横に車を停めると彼女が降りてきたので挨拶を交わした。

「牧田おはよう。これ持っていくの手伝って。」

 彼女はトランクを開けるとそこには段ボール箱が2つ入っていた。なんでも授業で使う薬品だから気をつけろと言われたので俺はしっかり段ボールの底を持って運んだ。確かにタプタプと水っぽい振動が腹部に伝わってきた。職員室は2階にあるので階段を上がる。稲場は俺の前を歩いた。スカートから細身の足がチラチラと見えるので俺はそれを凝視した。

「ありがとね、牧田。」

 俺は多分、うっすとかなんとか言ってその場を後にしたと思う。すこし汗ばんだ稲場の首元がやけに目に焼き付いて離れなかった。あの首元にあった印はキスマークってやつなのか、上手く髪で隠れていたがさっきちらっと見えた。稲場も教師である前に一人の若い女だ。きっと昨日男を家にでも連れ込んでSEXしたんだろう。あいつ、どんなSEXすんのかなあ。俺が今から戻って稲場を犯す想像をしたらたまらなくなってきたのでトイレに駆け込んで自己を慰めるとすぐに射精してしまった。時間はまだ8時前だった。



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 俺は何食わぬ顔で教室に戻り赤本を解いていると、続々とクラスメイトが集まってきた。俺と同じように勉強してるやつもいれば、もう弁当食ってるやつとか話してるやつとかいた。いつもと変わらない日常という感じ。

 しばらくすると鐘がなり、担任が入ってきてHRを始めた。

「牧田、お前保健委員の仕事忘れてたぞ。今日はちゃんとしとけよ。」

 HRの終わりかけに声をかけられたんではいとかなんとか言った。委員会なんてとりあえず入っときゃいいみたいな認識だったんで、仕事があるのは面倒だったが今日は休みも遅刻もいないし仕事も楽だ。保健委員の仕事というのは、自分のクラスの欠席者、体調不良者、遅刻者を記録して保健室前の掲示板に書き込みしに行くという仕事である。これだけなのだが、せっかく勉強しようと思うのにHRが終わったあとすぐに保健室まで行かなければならない。全学年で15クラスあるので一気に保健室前に15人が集まると時間が取られるのだ。今の俺には一分一秒が惜しかった。



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 HRが終わって保健室に行くと大体のクラスは書き込みが終わっていた。

 今日は欠席している者、遅刻している者が1人もおらずみんなつまらないくらい優秀だなと思った。

 教室に戻り赤本を解こうとしたが一限が始まるまであと3分も無かったので授業の準備をしようと机の中をまさぐった。教室はいつもと変わらずガヤガヤしている。すると、一鈴ではなく校内放送のチャイムが聞こえた。


「緊急です。全職員、用務員は職員室に集まってください。生徒は1限目を自由時間とします。繰り返します。緊急です…。」

 教室は歓喜の声であふれた。お喋りを再開する女子や寝始めるやつもいた。俺も30分くらい赤本解いたら寝よう。

 また、ゴキブリが出ないといいけど。



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 あと1分30秒で一限が終わる。結局寝れなくて俺はぼーっとしたり、ぬるくなったカフェオレを飲んだりしていた。そろそろ担任も戻ってくるだろう。緊急とはいえ一限を自由にするってなにがあったのだろうなどぼけーっと考えていたが、どうせ不審者情報の類だろうと思っていた。それか誰かが何かしらやらかしたか。

 すると、校内放送のチャイムがまた鳴る。


「全校生徒に連絡します。全校生徒の皆さんは、至急講堂に集まってください。繰り返します。全校生徒の皆さんは…」


 授業をやるんじゃないのか。2限目を潰してまで全校生徒を集めるなんて何事だと思ったが俺達は不安の色を残して教室を後にした。




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独壇場 青木 海 @dramacoffee18

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