第16話🌸話をしよう

 森下と高田の会話を知らずにひかりは、服を着、部屋に戻って来た。高田を直視出来ずに目があちこちと泳いでしまっている。そんなひかりに高田が近付いてきた。ひかりは、自然に後ずさりをしたが、そういう状況経験は数えきれないほどあるであろう高田はひかりがどんな行動を取ろうが動じないのだ。

「レイカ?どうしてそんなに怯えてるんだ?」

高田は先ほど森下を挑発していたトーンとはまったく別の声でひかりに近付いてきた。それでもひかりは高田が怖くて後ずさりをやめられなかった。が、部屋というものは後ずさり出来る限界がある。そう、壁に突き当たってはどうする事も出来ないのだ。壁に当たってしまい今度は横に移動をするひかりに高田はそっと手を近づけて来た。一瞬のすきで、ひかりはその壁から逃れベッドの横にあった自分の荷物を取り、部屋から逃げ出そうとした。しかしそんなひかりの行動パターンなど、高田にはお見通しだった。ひかりのバッグは中身がすべて出され、ご丁寧にテーブルに並べてあったのだ。そうすぐには部屋から出られない状況だった。ひかりは、急いでバッグに荷物を詰めた。しかし、その間に背後に高田の気配を感じた。ひかりは、怖くなり振り向くとそのまま抱きしめられてしまった。バッグは手から落ち、中身も床に散乱してしまった。

「高田さん!ホントにどうしてこんな事を・・・」

ひかりは半ベソ状態で尋ねた。

「どうしてこんな事?レイカを愛しているからに決まってるじゃないか。どうして分かってくれないんだ?」

高田は、優しくひかりを抱き寄せながら答えた。

「だって・・・今日は高田さんの事務所に連れて行ってくれるんじゃなかったんですか?嘘だったんですか?」

相変わらず半ベソ状態でひかりは尋ねた。

「もちろん、明日の朝には連れて行く。そして契約だってする。だから嘘ではないよ。」

高田はひかりを抱きしめたまま答えた。

「明日の朝だったら・・・私、自力で行けました。わざわざ迎えに来ていただかなくても大丈夫だったのに・・・」

ひかりが言うと、高田は

「レイカ・・・俺と付き合ってくれ。レイカを愛してる。レイカを側に置いておきたかった。一秒でも長く置いておきたかった。だから迎えに行った。正直男と一緒に現れた時にはジェラシーを感じたよ。でも、気にしない。これからレイカが俺だけを見てくれるなら今までのことはなしにしてもいいと思ってる。レイカほどのいい女に男が居ないわけないからな。これから俺と一緒に居てくれるだけでいいんだ。」

と、話をすり替えるかのように言った。

「高田さん、離して下さい。こんな格好でそんな事言うなんてズルイです。ちゃんと話をさせてください。」

ひかりは必死に高田の腕の中から出ようとした。高田はそんなひかりを更に抱きしめた。

「高田さん・・・お願いです・・・離してください。」

「イヤだ!離せばレイカはこの部屋から出て行くんだろう?俺の側から離れていくんだろう?やっと気持ちを伝えられたのに・・・」

高田は、さっきまでの強引さとは別人のように弱々しく告げた。

「高田さん・・・出て行きませんから。ちゃんと話が終わるまでは出て行きませんから・・・」

ひかりは、高田の言葉に少し動揺したが、とにかくこの態勢ではまともに話が出来ないと、何とかして離してもらおうと努力した。高田はようやくゆっくりとひかりから手を離した。

「ありがとうございます。」

とりあえず離してもらった事に関して何故かお礼を言わなくてはいけない気になっていたひかりは、深々と頭を下げ高田に礼を言った。そして、

「高田さん。今日は正直に言わせてもらうとショックでした。こんな強引なやり方ってないと思います。高田さんは紳士だと思っていたのでとてもショックでした。」

と、高田との距離を置きながら告げた。そして、自分には恋人が居る事。今回の話はなかったことにして欲しい事。芸能界を引退する事・・・など、自分の思いを素直に語った。高田は黙ってひかりの言葉を聞いていたが、一通り話し終わると、静かに口を開いた。

「どうして恋人が俺じゃないんだ?俺は『マリア』としてのレイカではなく、レイカ本人を愛し始めたことに気付いたから、素直に思いを伝えたんだ。いつでも一緒に居たいと思っていた時にウチの事務所の社長が君を受け入れたいと提案してくれた。これは俺が根回ししたのでもなく社長本人の意思だから、勘違いしないで欲しい。・・・それで、俺も舞い上がった。レイカに告白するのも夢ではなく現実になったと本気で喜んだ。それですぐに電話をしたんだ。レイカに彼氏がいようが、例えば夫が居ようが関係なかった。色んなスキャンダルが出てる俺の言い分なんて信用性がないかもしれないが、今の気持ちは本気だ。信じて欲しい。君と一緒に居たい。仕事でもプライベートでも・・・だから彼氏とは別れて欲しいんだ。セックスもしたことない彼氏を恋人とは呼べないと思う。」

「えっ?どうしてそんな事・・・」

高田の言葉に驚き、ひかりは言った。それに対し高田は、

「俺だって、処女だったなんて知らなかったんだ。知ってればもっと優しくしたのに・・・レイカは彼氏が居るって言ったからてっきり初めての相手はその彼氏かと・・・まさかまだセックスもしていないなんて思いもしなかったんだ。男はね・・・セックスすれば分かるんだよ。相手がどれくらい遊んでいるか、または初めてか・・・ってね。」

と、少し下を向きながら言った。ひかりは高田の言葉の端々に、自分には口に出して言えないような恥ずかしい言葉が飛び出すため、どうしていいか分からなかった。

「レイカは、女優として成功出来る素質を持ってる。それは、レイカと一緒に仕事したやつなら誰もが分かってる事だろう。その素質を手離した事務所に仕返ししたいとは思わないのか?ウチの事務所なら必ずレイカを成功させられる。保障するよ。事務所はレイカを大女優に、俺はレイカを女に出来る自信がある。・・・なぁ、俺と付き合おう。」

高田の言ってる言葉は強引だった。そして何よりひかりは、今の高田の言葉や行動に恐怖を覚えているせいか、何を言われても信用出来なかったのだ。ひかりが黙ったまま下を向いていると、ひかりのスマホが鳴った。森下だと言う事はすぐに分かった。ひかりは、一瞬高田を見、そのまま電話を取った。

「もしもし・・・」

ひかりが電話に出ると、高田はすぐにひかりの側に来てひかりの肩を抱いた。ひかりは動揺しながらその手を避けようとしたが、高田は相変わらずひかりの行動をすべて読んだ行動だった。

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