⑦平和

 意識が戻ると、コハクは、拝殿の中で眠っていた。

(あの少女はあたし……あたしが、天使ベルにお願いして、この島を救ってもらった……)

 ベルが夢の中で、コハクの前世の記憶を蘇らせてくれたのだ。

「ダイアン、起きて」

 コハクの右腕を枕に、ダイアンが涎を垂らして、心地よく眠っている。

「エレンさん、イーライ、アルウ、起きて」

 コハクはみんなに声をかけた。

 ダイアンの頬が、ずるっと腕からすべり落ち、目を覚ます。

「もっとお昼寝したいにゃ」

 ダイアンは手を舐め、目元を拭った。

 エレナもマイヤーも、コハクのところにやってきた。

「大天使さまはお部屋にもどられたのね」

 コハクが拝殿の最も奥の部屋に目をやると、白い暖簾が風にゆらめいていた。

「ハイマンさんだ」

 コハクが小さくつぶやく。

 大天使ベルの部屋の入り口で、ハイマンは、蛙のように床にはいつくばって、頭を幾度も下げていた。

「正気にもどったのね」

「大天使ベルの愛の光が、魂を清め、闇を浄化してくれたにゃ」

 ダイアンが、ぺろっと舌をだす。

「愛の光に、悪魔は勝てないということね」

 エレナの言葉に、みんなが大きく頷いた。

「大天使さまは、赦してくれましたか?」

 コハクはハイマンさんと並んで正座した。

「コハクちゃん、ぼくは間違ってた。でも天使さまは、過ちを正し、罪を赦して下さった」

 ハイマンさんはポケットから、ブラッククォーツを取り出した。

「あっ」

 コハクは、驚き、体がこわばる。

 ハイマンがブラッククォーツを手のひらに乗せると、表面がメキメキとひび割れ、ローズクォーツの玉が出てきた。

「天使フィルターの玉だわ」

 コハクの目が大きく見開く。

「大天使ベルの像から持ち帰った玉だよ。この玉をルシニャンの呪いが、ブラッククォーツにした。でもその呪いに悪のエネルギーを与えたのは、わたしの汚れた心だった」

 ハイマンさんは、暖簾の隙間から、ときおり見え隠れする、大天使ベルの像を見上げると、ローズクォーツの玉を両手に乗せ、高々と持ち上げた。

 すると、玉は、ふわっと浮いて、暖簾をすり抜け、ベルの像に吸い込まれるように消えていった。

「わたしは思い上がっていた。ハイマン君、すまなかった。ゆるしてくれ」

「おじいちゃん!」

 コハクは、ぼおっと祖父を見あげた。

「夢じゃないにゃ。ベルが助けてくれたにゃ」

 ダイアンがコハクの足首を甘噛みする。

「い、いたッ!」

 コハクはしかめっ面になり、足を引く、目尻に涙が滲む。

「心の弱さに振り回された、わたしが悪いのです」

 ハイマンが、深々と頭を下げる。

「人間の魂は、一日一日を、懸命に生きることで、自然と磨かれる。夢と希望失わず、生きてこそ、魂は光り輝く。われわれは、また再出発だ。また宜しく頼むよ」

 エジポン博士は、ハイマンさんの手をとり、強く握った。

 するとハイマンさんも涙を浮かべ、

「ありがとうございます」

 と、博士の手を両手で強く握り返した。

「コハク、心配かけてすまなかったな」

 エジポン博士は、コハクを強く抱きしめた。

「平和がもどったにゃ」

 ダイアンは、尻尾をふりふり小躍りした。

「そういえば、ルシニャンはどうなったの?」

 イーライとアルウが声をそろえる。

「ルシニャンだった猫なら、ここよ」

 みんなが振り返ると、エレナが、キュートなメスの黒猫を抱いていた。

「えっえっ!」

 アルウが、可愛いらしくなった黒猫の目をのぞき込む。

「エメラルドのような、美しい緑の目でしょ」

 エレナは自分の愛猫のように自慢した。

「その猫は、飼い猫だったにゃ。でも人間に捨てられて死にかけてたにゃ」

「じゃ、恨みが悪魔を呼んだってこと?」

 コハクの目に涙がこみ上げてくる。

「猫は人間を恨まないにゃ。人間の行いが悲しかったにゃ」

 イーライは目に涙を滲ませ、唇をかんだ。

「悲しみながらさ迷う黒猫に、たまたま、天国をおい出されたルシニャンが、ひょう依したにゃ」

 みんな、エレナの抱いた黒猫に注目した。

 黒猫は眠いのか、エレナの腕の中で心地よさそうに丸くなっている。

「ルシニャンの魂はどうなったんだろう」

 アルウが不安げにつぶやく。

「大天使ベルの、愛の光で清められたにゃ」

「ルシニャンも天使猫に戻ったのね」

 コハクは、ホッと胸をなでおろす。

「ジゲンノ、サケメガ、フサガリマス」

 突然、マイヤーが警告を発した。

「急ぐんだ」

 エジポン博士がエア・カーを神殿に呼ぶ。

「エレナさん、運転をたのみます。みんな早くエア・カーに乗るんだ」

 博士が、先にコハクたちを車に押し込む。

「おじいちゃんも早く乗って!」

 コハクは心配でならない。

「オフタリハ、ワタクシガ」

 マイヤーが素早く乗り物に姿を変えた。

「わぁ、円盤だ!」

 声がいっせいに上がる。

「緊急用に、改造してたんだ」

 おじいちゃんは、いたずらっぽく笑い、ハイマンさんと一緒に、円盤に乗り込んだ。

「さ、行きましょう」

 エレナがアクセルを思いっきり踏む。

 エア・カーが円盤のようにビュンと飛ぶ。その後をマイヤー円盤がおう。

 二機は猛スピードで、閉じかけた次元の裂け目に、次々と飛び込んだ。


 その後、王様もお妃様も救出され、エンジェルランドに平和が戻った。

 心をいれかえたデビルンも、今では、介護施設でお年寄りの世話をしているという。

 コハクにとって、短すぎる夏休みが終わり、二学期が始まった。

 あいかわらず朝寝坊するコハクを、イーライとアルウが迎えに来て、一日が始まる。

 ただ、今までと違うのは、エレナが、エメラルドと名付けた、あのメスの黒猫を連れて、コハクの家に遊びにやって来る時だ。

 なぜか、その日に限って、ダイアンがそわそわと、落ち着きがない。どうやらダイアンは、黒猫エメラルドに恋したようだ。

 

 今日は、いつもよりお月様が大きい、二十年に一度のスーパームーンの日だ。

 ダイアンは、屋根の上にのぼり、空を見上げた。すると、雲を枕に、大きな満月が、心地よさそうにくつろいでいる。

「エメラルドちゃん、可愛いにゃ」

 ダイアンは、ふうっ、とため息をつく。

 すると屋根にエメラルドがあらわれた。

 ダイアンとエメラルドは、寄り添うように座り、夜空を見上げた。すると、まん丸いお月様が二匹のねこに微笑んだ。

                                 

                                  おわり

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インスタント天使 あきちか @akichica

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