第7話 目覚めさせたもの
しかしながら、こうしてようやくこの家に降り掛かった災いは鎮まったように思えました。
実際、幾人もの血が流れたこの家で、再び血が流れることがふと無くなったのです。
そんな平穏な日が五年ほど続いた頃でございます。
この家には三年前に奉公に来た嘉助と云う、歳九つばかりの少年がおりました。嘉助は奉公人の中で一番若く、いつも皆から弟のように可愛がられておりました。
中でも嘉助に目をかけ可愛がっておったのが奥方だったのです。それは亡くなってしまった息子の姿を嘉助に重ねておる様にも見えました。
しかしながら、実際奥方は息子以上に嘉助に愛情を注いでおったのです。それはまるで一人の男を愛するが如く、親子とはまた違った愛情だったのです。
奥方にはそういった一種の趣向がございました。寝食をともにし、時には夜伽をさせ、それはそれは異常なくらいの愛情の深さ、これもまた狂った愛だったのでございました。奥方は嘉助を一人の男として、かつての夫なぞ比にならぬほど愛しておったのです。
嘉助は外の世界を知りませぬ。云えばまだ恋もしたこともないような無垢な少年でございましたし、家には年の近い、恋心を抱くような女中もおりませんでしたから、なにも不思議に思うことなく、小さな体でふたまわり以上もも離れた奥方の愛を受け止め、愛し合ってたのでございました。
ある年の暮れ、嘉助は蔵の掃除を任されておりました。
蔵にはまだ先代の遺品とも、我楽多とも云える品物の数々が数多押し込められておりました。
嘉助は素直で真面目な性格でしたから、手を抜くことなく一つ一つ丁寧に片付けておりました。
しかしなんと云おうとまだまだ好奇心旺盛な子供でございますから、たまたま見つけた、まだ綺麗な桐箱の中身が気になってしまったのです。
嘉助も蔵に山積みにされておる我楽多などひとつも興味はなかったのでございますが、その箱だけには子供の感性ながらになにか気になることがあったのでしょう。
そんな嘉助の性格が返って彼に災いをもたらすなど誰も思わなかったのでございます。
その箱にまるで引き寄せられるように手をかける嘉助の手元を見ますと、それは何やら理解できない漢字の羅列が書かれた札が貼られている、異様に真新しい金具が取り付けられた桐箱でございました。
エエ。定めしお気づきのことでしょう。それは正しくあのお人形が封じ込まれておる箱なのでございます。
見ればツラツラ呪詛の書かれた御札は綻びて、もう開けてしまえば破れてしまいそうにございました。それに固く閉ざされているはずの留め具も、何者かの手によって外されていたのです。
誰か他に開けたものがいるのか、もしくはお人形が勝手に開けたとでも云うのでしょうか。そんな考えなぞ嘉助の頭にあるはずもなく、嘉助は思いのままに蓋を開き、出会ってしまったのです。
かつてと何一つ変わらぬ艶めかしさを醸し出す、あのお人形を。
展覧会の夜 正保院 左京 @horai694
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