第6話 血を吸う傀儡

 主人と息子をほとんど同時に亡くされた奥方でしたが、主人の様な骨董品を鑑賞する様な、謂わば「変わった」趣味はございませんでしたから、屋敷中に散らばっている残されて片付かない我楽多がらくたとも云える遺品たちなど綺麗に売りさばいてしまわれました。

 あの行商の親爺はと申しますと主人の訃報とそれにまつわる考えるのも忌まわしい因縁を聞きつけてか、この家へやってくる事は二度とございませんでした。

 残されたのは旅先で病に倒れただの、老衰で死んだだの、この一件で気を病んで自殺しただの、音も葉もない様な噂ばかり。

 あのお人形はどうなすったのですって?

 ご想像なすってください。

 あのお人形は大切な主人と息子を奪った、謂わば仇的でございます。もしも奥方が貴方様であれば如何なさいましょう?

 焼き捨てる、壊す、埋めてしまう。誰かへ押し付けてしまうかもしれません。まあなんにせよ、我が目に当たらぬようどこかへ消し去ってしまいたいでしょう。しかしながらそれは到底無理な話でございます。

 このお人形を下人に焼かせようとなすったのですが、火の中へ投げ込もうとしたとき、焚き火の火が着物へ移り、気を狂わせた下人は燃え上がる腕を傍にあった鎌で切り落としてしまいました。

 このお人形を出入りの大工に鉈で切って捨てさせようと致しますと、切り込んだ鉈の柄が折れ、大工の首を切り落としてしまったのです。

 この様にこの人形をどうにか始末しようとした者たちはまるで災いが降りかかるようにことごとく血を流し、命を落としてしまう者もございました。

 結局お人形は暗い蔵の奥へ閉じ込めてしまうことにまとまり、近所の僧正に頼みこんで悪いことが起きぬように供養させ、蔵の一番奥へ蓋を閉ざしてしまう事となりました。

 血に汚れましたお人形は、使用人たちによって綺麗に洗濯されたのですが、血は洗い流せども存外にもびっしりとこびりついた手垢は落ちず、着物に描かれた白牡丹に染みついた血痕は落ちることを知らぬように、幾度洗えども血を吸ったまま、赤い牡丹へと変わり果ててございました。

 また非情にも数多くの血をすすった赤牡丹が又、白い着物によく映えておるのでございます。

 このお人形はと云いますと、その肉体とも云える肢体は首に切り込みが入っているだけで、艶めかしさを醸し出しておりました。

 以前と変わらぬと申しますよりも、以前よりと申しました方が良いのでございましょうか。それはまるで人の血肉を糧としてこのお人形は一層自分の美しさに磨きをかけているのでございましょうか。

 恐ろしい話でございましょう?このお人形は魔性の魅力を兼ね備えた、良くも悪くもまさしく精魂の籠った最高傑作と云えるのでございます。

 

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