深緑とほむら

6


 翌朝。

 今日の目的は、《森の終わり》に潜入し、獣が狂暴化した原因を探ること。昨日、女王と約束をしたことだ。

「さて……静かな朝だ」

 煉斗は大きく伸びをした。隣のアイリスはまだ寝顔を晒している。その頰をつんと突ついてから、寝台から降り、青年はいつもの白衣を身に纏った。

 宿を出ると、早朝の涼やかな空気が頬を撫で、身体が冴えてゆくのを感じた。

 辺りを見回しても、人影はない。どうやらエルフにとっても、この時間は早朝にあたるらしい。

 民家の前で待ち伏せしたら、一向に姿を見せない彼らを驚かせるだろうか、などと不埒な思考を巡らせていると、耳に飛び込んできたのはカン、カン、という、規則的なサウンドだった。何かを打ちすえるようなその音の方へ向かうと、そこには見覚えのある顔があった。

「よう、あんたも早起きだな」

「びっ……くりさせないでよ」

 振り返ったライラの背後には、金床やふいごが並べてあった。どうやら、そこは鍛冶屋のような店らしい。金床の向かい側には、ハンマーを握ったエルフの少女が、怯えるようにこちらを見ている。

「やあ。元気? 昨日はよく眠れた? 俺はあんまりだけど──たった今、目が覚めたよ」

「ねえ、あんた、口説いてんの?」

 ──どいつもこいつも。

「なんでだ?」

「あんたの話し方、鼻につくのよ」

「そりゃどうも……」

 などとやっている間も、店主の女の子は身じろぎもせずにいたので、煉斗は話題を変えることにした。

「それは……武器の手入れか?」

 喑灰色の台の上には一振りの短剣と、その脇に数本の矢。

「ええ。大事な戦いの日だもの。そういうあんたは準備しなくていいの?」

「俺が出来ないことは、相棒がやってくれる」

「さいですか」

 そこで煉斗は、ふと疑問を抱いた。

「なあ、エルフが炎を嫌がるってのは本当か? 鉄を打つには、炉がいるだろう?」」

「そうね……森を燃やしてしまうから、いい印象は無いわね。あなたもそうでしょ?」

 鍛治師はこくこくと頷いた。

「でも……」

 と、可憐な店主は初めて口を開いた。

「それを扱う技術を持つからこそ、我ら鍛治職人なのです……。うまく《共存》しているのですよ」

「へえ……」

 なら俺ともうまくやってくれないモンか、という感想は、そっと胸の内にしまっておいた。


 寝ぐらに戻ると、アイリスが起き出していた。

「ん、煉斗、こういう日は寝覚めがいいですよね」

「楽しみがあるとな。

 おはようアイリス。コーヒーいるか?」

「いただきます」

 煉斗がコーヒーを淹れる間、アイリスはいつものエプロンドレスに着替える。毎日のことなので手際良く、腰のリボンを結び終えるのと、煉斗がそれを完成させるのがほぼ同時だった。

「お待ち」

  水と火の魔術の合わせ技で作ったコーヒーは、金属のスキットルに入れてあった。

「豪快ですね……あ、それに、エルフの街で火を使って良かったんですか?」

「モノは使いようだとさ」

「?」

「いや、なんでもない。それで……」

 その時だった。

「あんたたち!」

 ノックもなしに飛び込んで来たのは、だれあろうライラだった。

「どうしたんだノックもな──」

「とにかく来て‼︎」

 半ば呆気に取られていたふたりだったが、ただならぬ形相のライラに、取るものも取りあえずについていった。



「こりゃあ……」

 森の広場には、実在を疑いたくなるような怪物たちが、大挙として押し寄せていた。噴水も石畳も無惨に破壊され、住宅地に届くのも時間の問題だろうと思われる。

「ゴオオオオオ‼︎」

「ガ……グ、グ……」

「──キュイイイィ‼︎」

「行くぞ! 俺が突っ込む、あんたとアイリスで援護してくれ!」

「了解!」

「御意っ!」

 煉斗はモンスターの群れに突撃した。まず抜きざまの剣で一撃。続く一太刀で背後を薙ぎ払う。次の瞬間、弓の乱射と魔術が一帯をまとめて殲滅する。

  即席のコンビネーションで、戦闘を続けること数分。

「だいぶ片付いたわね……」

 だが、途端に森の奥からはわらわらと新手が湧き出てくる。

「これでは、きりがないです……!」

 多勢に無勢、街の被害がまったくのゼロというわけではない。このままではジリ貧だ。

 すると、ライラが意を決したように叫んだ。

「ここはあたしがなんとかする、あんたたちは《森の終わり》に行って!」

「でも……」

「元凶を断たなければ意味がないわ! 急いで!」

 一瞬、心の中に生じた強烈な葛藤。その迷いを振り切って、煉斗は応じた。

「……死ぬなよ!」

「そっちこそ」

「健闘を!」

 後ろ髪を引かれる様子ながらも、人族の戦士たちは、森の奥に消えていった。

 ──女王様がいてくれたらな……。

 ティターニアの力はエルフのなかでも強大だ。彼女がいれば、この戦況にも勝機を見いだせるだろう。だが、彼女を戦場に引っ張り出すわけにはいかない。もう《力》の使いすぎで、体がぼろぼろなのだ。 

  ──弱音を吐いちゃいられない……。 

  ライラは覚悟を決めるように瞼を閉じ、深く息を吐き出した。

「さて、と……」

 ゆっくりと目を開ける。

 広がる光景は、最悪としか言いようがなかった。一撃でももらえば即死級の怪物たちが暴れまわる。木々はことごとくへし折られ、地面には巨大なクレーターができている。そんなやつらを、自分ひとりで相手しようというのだ。

「燃えるじゃない……‼︎」

 見開いた瞳に強烈な闘志の炎をきらめかせて、妖精の戦士は力いっぱい矢を引き絞った。

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主従旅団 鈴木3号 @suzuki3gou

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