ひととき

5


 さて、ここに来てようやく、 煉斗とアイリスは平穏な時間というべきものを得たわけである。この森に迷いこんで以来、エルフにボガートと、立て続けの戦闘に気の休まる暇もなかった。

「ふう……」

 煉斗は妙な香りの茶を啜りながら、宵のとばりに包まれた異種族の街並みを見回した。

 木が絡みあうオブジェじみた民家が立ち並び、その間を縫う小径の隅までを、不可思議な灯りが照らしている。

「これも全部、クイーン・ティターニアのしわざなのか」

「かもしれませんね」

 ふたりは今、木のテーブルに座って、晩食後のひとときを過ごしていた。供されたのはエルフらしく木の実や果実を使った料理で、見たこともない色や形をしていた。味も予想に違わず独特だったがけして不快ではなく、刺激的なディナーを堪能できた。

 ただ、その前にひと悶着あったのだが。



「二度目も慣れないな……」

「大丈夫ですか」

「今治った」

 花びらの転移装置を通って樹の根元に戻ってきた一行。ライラは、疑念たっぷりに煉斗に問うた。

「どういうつもりなのよ」

「え?」

「あんな虫のいい話……」

「さっき話したことが全てだよ。俺はここぞという時、正直者なのさ」

 なおも言い募ろうとするライラを引き止めたのは、煉斗でもアイリスでもなかった。

「──⁉︎」

 爆発じみた轟音と。遠くのほうで、土煙がもうもうと立ち昇る。地面が小刻みに震動している。

 それは、元来た方向……つまり、エルフの里がある方角だった。

「みんな──!」

 ライラは反射的に駆け出していた。煉斗たちもそれを追いかける。

 一流の戦士でもある耳長の少女は、嫌な予感、ともいうべきものをひしひしと感じ取っていた。


「これは……」

 ライラは絶句した。うすうす予想していた通り、それは怪物の侵略だった。しかし、嫌な予感の正体は別にあった。

 みなが逃げ惑う中、そこにいたのは、角の生えた狼と、二足歩行の熊。ルナウルフとベアード種である。

「二匹……⁉︎」

 考えられないことではなかったが、今までが単騎ずつであったために、そういうものだと思い込んでいたのだ。

「ほお、今度はツレでお出ましか」

 そう言って煉斗はライラに視線を合わせると、平然とこう口にした。

「じゃあ、俺とお前で一匹ずつな」

「はあっ⁉︎」

「なんだ、これまでもそうやってきたんだろ?」

「それは……」

 今までは女王とふたり、それも矢面に立っていたのは女王で、自分は補助としての役回りばかりだったのだ。

「だいたい、あの子はどうしたのよ!」

「アイリスか? あいつなら今頃へばってるんじゃないか?」


 その頃。

「はあ……はあっ……煉斗、足、速すぎ……」

 侍女の体力は限界だった。


「な……っ、置いてきたっての⁈」

「心配いらないさ。そら、今は自分の身を案じろよ!」

 と叫んで(なんだか楽しそうだった)、キザなヒューマンはルナウルフに飛びかかって行った。

「え、てことは……」

 後ろ足だけで直立した巨大まベアードと、ばっちり目が合ってしまった。

 もう後には引けない。こうなったらもうやけだった。

「やったろうじゃないの……!」

 小さき戦士は、ぎりりと弓を引き絞った。



「だああっ」

 ライラは地面に崩れ落ちた。心臓が未だ早鐘を打っている。

「なん……」 で助けてくれないのよ。

 煉斗は月狼の討伐をそうそうに終え、というのにこちらを傍観するばかりで手助けもしてくれなかったのだ。

「あんたのお手並みを拝見させていただきたかったからな

 やるじゃないか。さすが兵士サマ」

 だからって……。

「なんだか、分かったわ」

「あんた、人間界でも相当変わり者って呼ばれてるでしょ」

 煉斗はからから笑った。

「かもな」

 と、そこにようやく追いついてきたアイリスが、状況を見てまったく見当違いのことを口にした。

「あら、これ、二匹ともおひとりで?」

「ああ! そうだ。こいつがもう、獅子奮迅の活躍で!」

「ちょっ……!」

 しかし、ライラのほうも、だんだん煉斗のやりかたに慣れてきていた。

「はいはい、《シルフ広場》で食事の用意が出来てるはずだから、ついてきなさい」

 まあ、このにやにや面を蹴飛ばしてやりたいのは相変わらずだけど。


「しかし……」

 あたりを見回す。石畳の靴音やひそひそ声。人の気配はするのだが、姿は見えない。

「なんか、不気味だな」

「いつか訪れたゴーストタウンみたいですね」

「あんたらのが不気味なのよ」

 ふたりが座るテーブルに、離席したライラがやってきた。

「何してたんだ?」

「ん、状況をね。あの子達も何も分からないままじゃ不安だろうと思って」

「その割には変わらずつれない態度じゃないか? みんな」

「まあ、ほとんどのエルフにとって、他の種族ってのは、その……なんていうか」

「脳なしのケダモノ? 汚物みたい?」

「いや……まあ……、そうよ」

 煉斗は大声で笑った。

「寂しいねえ。……でも、まあ……」

「ん?」

「お前が、こうしてくれてることだしな」

「なっ──」

 妖精の少女は、耳までを赤く染めた。

「ばっかじゃないの! あ、あ、あんたなんか、仕事でやってるだけよ! 女王様に世話を頼まれたからっ」

「それはそれは、ありがとうございます」

「もう、調子狂うわね……わたしはもう行くから、あんたらも早く寝なさいよ! 宿屋はここをまっすぐ行って左、 コスモスの看板!」

 ライラが足早に去っていくのを見送ってから、ふたりはふっと息を吐いた。

「なんだかんだ、気のいいやつだよなあ」

「ですね……」


 宿に向かう途中からアイリスがいきなり神妙な面持ちになったので何事かと思っていたのだが、唐突にこう言ってきた。

「煉斗、さっきのアレ……」

「さっきの?」

「もしかして、口説いてたんですか?」

「ばっ──どうしてそうなる!」

「だって……」

「俺が色恋にうつつを抜かすには、独りきりになる必要がある。そして、その時は永遠に来ない」

「永遠に?」

「ああ。ずっとだ。

 信じられないかい?」

「いいえ? わたしは貴方様のメイドです。主人の言葉に疑いをたてるなど、あろううあずもありません」

「またそうやって……」

「ふふ」

「ははっ」

 安らかなりし夜──。

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